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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
【第7海層】ネツァフ列島群『海洋国家マールセン公国』

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幕間:邪神狂騒曲4



 貨物船と軍艦と客船では、そのつくりは明らかに違う。中でも、乗員が最初に目で見て実感する違いが、入口の位置と形である。

 貨物船は、荷物の積み入れのために、船の後部、鯨の尻の部分に大きく斜めに落ちる格納ドアがある。

 ゆるやかなスロープになって落ちたそこから、台車などを使って積み荷を鯨の腹の中に収め、人間も荷物に埋もれないよう気を付けて、奥にある窓ほどしかない鉄扉を開けて、ようやく乗組員席へと乗り込むしかない。

 貨物船における主役は積み荷であるから、人間のスペースはどうしても狭く、船員がカスタマイズしない限りは、どうしても居心地のいい空間ではない。


 軍艦の場合、優先される性能は、役目に応じた戦闘性能である。

 機動性や攻撃力のある武器を搭載できる砲台の計算ももちろん大切だが、操る人間が乗っている以上、彼らを守るために、ある程度の堅牢さと頑丈さは必須といえる。

 そのため、『出入口はひとつだけ』『とにかく頑丈で開けにくい』『出入りするようすが分かり易い』ということで、『額部にある小さな縦穴式のハッチ』という形に収まりやすい。(なお、ケトー号も旧式軍艦を改造しているので、このハッチ型の入口の名残りがある。)


 その点、客船の主役は、もちろんお客様だ。

 多くの場合、腹部分にスライドする扉がついている。とうぜん間口は、他の飛鯨船に比べて格段に広くつくられ、膝をつくほどかがむ必要も無く、立ったまま座席から座席へ移動できる。

 内装だって、背骨のようにまっすぐ通路が通り、その脇に座席や客室がある。一本道なので、不審者は不審になった瞬間に、誰かしらの目に留まるだろう。乗客の安全と快適さに注視したつくりだ。



 その壁面に触れるところにまで近づいて、アズマは思わず呟いた。

「……でかい」

 聳えるほどに。そして、やはり派手だ。


 派手だが、近づいてみると、珊瑚色の地の上にターコイズブルーで乗せられた二重丸の模様ひとつひとつに絶妙な濃淡がつけてあって、象嵌細工やタイル張りのモザイク絵のようにも見える。奇抜だという印象は変わらないが、もう一度遠目から見るときは、印象がガラリと変わるだろう。


 さて、ポルキュス号は、表向き貨物船のはずであったはずだが、その入口は、あきらかに客船のつくりをしていた。それも、超大型高級客船というやつである。

 外から見える丸窓は、縦にニ列から三列並んでいる。

 少なくとも、二階建てから三階建てであることは間違いない。


 遠い国の城のような、見慣れない煌びやかさを持つポルキュス号の扉は、前触れもなくスルリと内側に押し込むようにスライドした。

 扉の奥の闇を背負い、一段低い場所に棒立ちになっているアズマに覆いかぶさるようにして、背の高い人物が立ちふさがっている。


 扉のふちに枝垂れ掛かるようにして睥睨へいげいしてくる鮮やかな緑の瞳に、アズマは思わず視線を下に下げた。


「………っあ、あの! 」

「あれェ? おきゃくさん、だあ」

 蕩けたような甘えた男の声だった。

 アズマの後ろ首が、ぶわわと総毛立つ。指が斜め上から降ってきて、フードの内側にあったアズマの髪をひと掬い取り上げ、温かい葡萄酒の芳香が顔全体にかかったかと思ったら、アズマの鼻先に緑色の瞳が弓なりに曲がっていた。


「……っ! 」

「お客さんかな? きみ、可愛いねぇ」

「いいいいいえいえいえいえ! そそそそんな! ことは! 」

「ううん」

 男の美しい貌の周りで、鬣のような黒い巻き毛がふさふさと揺れた。

 アズマの足は、いつのまにかつま先立ちになっている。腰に回っている長い腕が、引き寄せるようにして小柄な少年の身体を持ち上げ、慌てて腕を突っぱねると逞しい裸の胸に手が触れた。

 男の腰元を見ると何もない。


「なななななんっで裸なんですか!? うわっ酒臭い! 酔ってますね!? 」


「酔っているとも。でも障りはないだろうさ。ま、いいじゃあない。そんな小さなこと……」


「小さい!? 小さいかな!? すぐそこが外だけどおれがおかしいの!? ひぃっ! ちちちちがいます! そういうことをしにきたわけじゃあ無いんです! 用事があって来たんです! おれは違います! え、ちょっ、嗅がないで! 舐めないで!? ちょっ……ちがうんですゥウウ! 」


「……ちょっとぉ。なに騒いでンの」


 薄闇に沈んだ船の通路の奥から、声と共に、あらたな人物が現れた。

 その人物を一目見て、アズマは一瞬期待に輝いた顔を、絶望に染める。


 闇の中でも鮮烈な、燃え上がるような赤毛をふわふわと逆立たせ、盛り上がった胸元に真っ赤なレースで飾ったぴちぴちの―――――股間を覆うものと御揃いの紐のようなビキニを着た、逞しい―――――屈強な―――――胸毛が旺盛な―――――その男は、文字通り裸締めされそうな少年を見た瞬間、灰色の目を見開き、ルージュを引いた唇をニンマリと持ち上げて、口を開きかけた。



 そのとき。


「ごごごごごごめんなさぁあああい!!! 」

 叫んだアズマの右腕が跳ね上がった。



 カッと斜光線上に光があたりを白く塗りつぶす。

 アズマは大きく肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。頭の上に上げていた右手の横に、左手も上げる。

 そしてそのまま、右膝、左膝、と床に脚を折り(ポルキュス号には、入口からフカフカの絨毯が設えてあった)、両手を上げたまま腰から体を床に向かって倒置した。



 ―――――これ即ち、土下座という。



「たいっへんっ! もうしわけっ! ありませんでしたっ! どうかっ! 無礼をっ! おゆるしくだしゃいッ! 命ばかりは! 命ばかりはーッ!! 」


 黒髪と赤毛は、ずびずびと鼻をすする音がするアズマの頭の上で、顔を見合わせた。するとそこに、三人目の闖入者が、足音慌ただしく現れる。



「な、なにごとにござりますかーッ! 」



 どこかで聴いたような声である。まるで、つい先日聴いたような声である。



「刺客にござりますか! 曲者でござりますか! 悪漢でもよろしいですぞ! 吾輩がちょちょいのチョイと、圧し伸び広げてご覧にいれ……


 あれぇ? アズマどの? 」





「きぐうでございますな。そんなところで、いかがなされたのです? 」そう訊ねてくる『節制』の声を頭の上にして、アズマは薄っすらと微笑みすら浮かべながら、心の底から(いっそこのまま眠りたい)と、そう願った。



 ◇



 やんややんやと、全裸と褌仮面と裸より酷い恰好の男が騒いでいる。


 背もたれがハート型になったショッキングピンクのソファに埋まり、アズマは紫色の酒が入った冷たいグラスを抱え、(そうだ、現実逃避しよう)と、ふとそう考えた。


 そう。目を閉じれば、まざまざと懐かしい声が思い出される。

 その眼差しが。その姿すらも。昨日のことのようだ。


(アイリさん……)


 《え? なんだシオン、おまえ、またおかしなやつに絡まれたのか? 》

(そうなんだよ……困ったよね。アイリさん)


 《馬鹿め》

(……アイリさん? )


 《いい年をして何をグズグズしているんだ。まだ7海層だって? いつまで私を待たせる気なんだ。くだらんことにばかり首を突っ込みおって》

 《ええ。そうよ。母さんの言うとおりね。しかも何なの? その姿。普通、嫁入り前の妙齢の娘より若返る? わたしの父親が、こんなチンチク……いえ。実の父親だものね。過ぎたことを言いかけました。はしたないことだったわ》

 《いや、いいさ。いいのさ、エリカ。こいつはお前のおしめも替えられなかった放蕩男だ。遅れて来た娘の反抗期くらい、キッチリと受け止めていただかなくては》

 《あら。母さん。わたし自分で言うのもなんだけど、とても良い子で有名だったのよ。この人と一つ屋根の下で育っても、間違っても『ビチグソへたれ大馬鹿男』だなんて口が裂けても言いませんわ。……あら。淑女にあるまじきことを。ごめんあそばせ》

 《ほう? おまえがそこまで言うのなら、私も言わせてもらおうか? 》



(やめてくださいアイリさん。あなたの旦那は想像上の娘の言葉にもう重症です……)



「聞いてくだされぇ~アズマどのぉおお」

 右側に、どっかりとクロシュカが座った。

 丸太のような腕をアズマの肩に回し、雫が跳ねるほどグラスを揺らす。


「ロキロキどのったら酷いんですよぉ~」

「ロキロキ……? 」

「んもぉ~う! そんなこと無いってばァ~じょうだんじゃなァ~い! クロちゃんったら、マジメなんだからぁ~ 」

「……クロちゃん? 」


 アズマの指が一人一人を指す。クロシュカは厚い胸を反らしてどこか誇らしげに、『ロキロキどの』は目を細めてニッコリしている。


 アズマは溜息と悲鳴を一緒に飲み込んで、おそるおそる言った。



「あの……その。『スレイプニルの母君』は、今、下界ではどのように名乗っておられるのですか……? 」


「ロッキー、ロキロキ、ロキちゃん。なんでもいいよぉ。もちろん、ラウウェイの子でも、閉ざす者でも、終える者でも、狡猾の巨神ロキでも、敬意があるならお好きなように」

 ロキは燃えるような赤毛を掻き上げて長い足を組んだ。透明感のあるヌラリと濡れた灰色の瞳の影を、ほのかに赤い炎の色がよぎる。


 アズマは間近に迫るその瞳から目を逸らし、今度は上目遣いに黒髪の男のほうを見た。



「そう……。我々こそが、『ニンゲン大好きな神さま同盟』。死者の王なんてルール違反者に、我々の愛する下界の民たちを、みだりに蹂躙させるわけにはいかない。その一心で集った三柱がわたしたち。だからこのたび下界にて『最後の審判』における人類の監査役を勝手にすることにしたのだよ」

「……では、あなた様はやはり」

「いかにも。農耕神、酩酊の神ディオニュソス」


 絨毯とローテーブルの間にうつ伏せで挟まったまま、ディオニュソスは片手を挙げて名乗りを上げた。

 アズマからの位置だと、尻に腕が生えて喋っているように見える。


 シオンは頭を抱えた。


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