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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
終節【星よきいてくれ】

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5 Light player

 

 ジジはポケットから筒状の箱を取り出して、導火線に火をつけて後ろ手に放った。

 転々と、しばらく坂を転がった筒は、破裂音と共に空に向かって小さな赤い火玉を打ち上げる。


「……仕方ないなぁ。今回限りだよ」

 ジジは誰かに言い聞かせるように独り言を言うと、ため息をついて帽子を取った。


 重ねがけした『知恵ケン』が、『魔術師』にその人物を表わす単語を教える。

「……あなたが、『愚者』? 」


 ジジは視線も向けなかった。ジジのコートの裾がゆらめき、黒い靄になって『魔術師』をくるみ、ミイラのようにきつく拘束する。


 ジジはアルヴィンのほうに顔を向けた。


「皇子サマ、これがわかる? 」

 アルヴィンはびくりとつま先立ちになった。心臓の青い炎が、一回り大きくなる。

 ジジは地面に接着された『魔術師』の身体から軽やかに降りて、たじろぐアルヴィンに歩み寄る。


「ほら。あんたのだ」

 まだ真新しい表面が、アルヴィンの炎に照らされて、金粉をまぶしたエメラルドグリーンに輝く。銅板の欠片は、ジジの手のひらの上で、待ち望むかのように熱を持っていた。


「受け取りなよ」


 青い炎が小さくなる。

 差し出されても、アルヴィンには受け取る手が無い。


「これは、キミの語り部の左手だ」


 銅板の断面と同じ色をした瞳が、アルヴィンを見る。


「―――――この手は、ずっとキミを待ってる」


 ゆっくりと、アルヴィンの足が前へ進んだ。


 強い風が吹く。頭の上に楕円の影がかかる。

 近付く飛鯨船から、ケヴィンが身を乗り出して叫んでいる。


「―――――ゥヴィン! アルヴィン! 」



 青い火影ほかげが、ついにジジの顎にまで届きそうなところまで近づいていく。

 その青い炎を手で囲み、ジジは祈るように目を閉じた。

 姿はかすむように揺らめいていく。

 乾いた地面をこするほど長い黒髪がほどけ、アルヴィンの炎に煽られたようになびいて……―――――。


 ―――――夢のような瞬間だった。


 伏せられた睫毛の上で下がった眉。

 微笑みの漏れた唇が言う。


「『アルヴィン様……』」

(……ああ、こんな顔をしていた)


「『……言ったでしょう? だってミケは、』」

(そう、こんな声をしていた……)






「『—————アルヴィン様のことが、世界でいちばん大好きなんですから! 』」










挿絵(By みてみん)





 『銅板』が赤く熱を持った。

 『ミケ』と、その名を口にすることもできないままに叫ぶ。

 炎が弾ける。魂すら燃やす叡智の炎が、アルヴィンを飲み込んだ。


 ()()()()、地面に落ちる前の銅板の欠片を拾って、今度こそしっかりと握りしめる。


「僕もだよ。ミケ――――――」



 ◇



 《 ピッ 条件を達成しました 》



 《 システムの解凍を進めます 》

 《 93%……94%…… 》




 ◇



「オイ! 何があった!? アルは無事か!? 」

「危ないぞケヴィン! 中に入れ! 」


 巻き上がる熱風に、眼鏡が白く曇っている。

 ケヴィン・アトラスは呆けたように、その赤と青の奔流が空に立ち昇るのを見つめていた。

 今のケヴィンにとって、周囲は無音に等しい。ぐっさりと、心臓に温かな刃を突き立てられたような気分だった。

 痛みはあるのに、不思議と、ケヴィンの精神はそれを受け入れようとしている。

 理屈ではない。

 魂が、この光景を受け入れている。


「ああ…………僕らの弟は……()()()()()()()



 グウィンが操縦する飛鯨船は、やや離れたわずかな平地部分に着陸した。

 ハッチにいたケヴィンを押しのけるようにしてヒューゴがまず飛び出し、収まりつつある光の柱へと、坂を駆け降りていく。


「アルー! 」


 最初に見えたのは、逆光でより黒衣の影が増したジジの後ろ姿だった。白い顔が首を回し、振り向いて片手を振り上げる。

 ヒューゴが、ケヴィンが、グウィンがその場に到着したとき、光は収束を迎えたところだった。


 カチャリと、赤銅色をした鎧のプレートが鳴る。

 流れる水のような意匠の施された鎧だった。

 少年の形にぴったりと沿った鎧は、関節や、首のあたりから、青い光が漏れている。鎧そのものも、炎を編んで創ったかのように時おり陽炎のように揺らめいた。

 頭は無い。

 揺れる青い火玉が、兄たちのほうを見た。


 言葉も無く視線が交わされる。

 アルヴィンは腰を折り、微笑んだ―――――ように、兄たちには見えた。


(……行くね。兄さん)


 アルヴィンは軽く地面を蹴って、赤黒い空へと舞い上がる。

 生まれ故郷を眼下に望み、ぐるりと視線を巡らせると、城へと頭を向けた。

 その空へ張り付く真紅の花は、アルヴィン自身の怒りを種火に、ここまで育ったものだ。


 ―――――キィィイイイイン、と、炎の鎧が清涼な音を立てる。


 あの真紅の花が、アルヴィンの『怒り』を種火にしたのなら―――――この『鎧』のもとになったのは、まぎれもなくアルヴィンが抱いた『希望』そのものだった。

 ミケから手渡された『希望』が、アルヴィンに手足を与えている。


 かつて、アルヴィンは怒りを持つことを恐れた。

 理不尽なものには、感情に蓋をして耐えることを選んだ。

 その結果がこれならば。


(……僕がやらなくちゃいけないんだよね。ミケ……)


 拳を握る。

 この拳は、語り部の手だ。何かを記すこともできれば、『あれ』を殴りにいくこともできる。


 ……こんなとき、物語の中の英雄なら、迷わず『花』を壊しにいくのだろうか。


(いいや、『物語の中』なんて、もう関係ないんだ。……僕がやらなくちゃ)

 陽炎が揺らめく。

 火花が散る。


(これは、僕の結末なんだから)




 夜明けが近い。



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