5 顕現
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ありがとうございます!
クククッ、と喉を鳴らして笑うジジと霧の向こうを、アトラスの兄弟は戸惑うように見た。
「兄弟、やったじゃあないか! アルヴィンはちゃあんとここに来た! 」
手の中の銅板が熱を持っている。
「名前を呼んだ! これでアルヴィン・アトラスの魂は、兄弟たちのいる現世に楔で繋がれたも同然! あははっ! ミケ、賭けの第一段階はキミの勝ちも同然だ! 」
霞の向こうで、皇子たちが戸惑うように何かを言っているが、隔絶されたように聞こえない。
霧はのっぺりと、大きな固定された塊のようになって静寂している。しかしこれは、いわば振り子が一瞬止まって見えるようなものだと、ジジは理解していた。
耳からではなく、頭の中で、サリヴァンの呪文が響く。
(「————……ゥズニルの寝台―――――隠された青―――――海に落ちし陽光の君―――――願い――――……黒き岩壁の……せんとして……————ナナボシの―――――」)
「さぁ~て……」
ジジは銅板をポケットに収め、両手を揉みほぐす。
「……何が出るかな? 」
空気がうねる。一瞬にして霧は渦を巻いて動き出し、空中に無数の模様を描いた。さながら鎌首をもたげた大蛇のうろこだ。
霧の向こうにある祭壇の端、サリヴァンの手元で赤い光が散る。『銀蛇』に火をつけたのだ。
松明をかかげ、サリヴァンは歩き出す。祭壇の横には、おがくずを撒いた薪があった。
そこに無造作にひと塊の肉を放り込み、火をつける。魔力で練った炎は、霧の湿り気を吸った燃料にあっというまに齧りつき、あっというまに大きく成長する。
サリヴァンは次々と、祭壇の上の生贄を放り込んでいった。腰に垂らした髪束だけはそのままに、祭壇をすっかり空にすると、テーブルクロスもまとめて放り込む。
口にする呪文は大きくなり、霧の壁を貫いて響き渡った。
淀みない詠唱は、なるほど、主人として立派だ。胸が張れる。
しかし、その儀式の手際は乱雑すぎた。おそらく手順をすっかり忘れている。ジジのおぼろげな記憶では、降霊の儀式にはもっと荘厳で美しく見える作法があったはずなのだ。
(……そういうところが『向いてない』んだよ、キミは)
ジジは額を掻いた。それでも儀式が成功するあたり、師匠そっくりだ。実力で不備を押し通してしまう。
大蛇がうねり、炎から立ち昇る煙と混ざり合う。
サリヴァンのくべた魔力を吸い込み、蛇は束の間の命を得た。
白蛇の目に炎の『赤』が宿り、上下する舌で祭壇に立つ魔法使いを愛撫しながら、守るように身をくねらせて霧と煙をのみ込んでどんどん肥大していく。
篝火の赤が、おもむろに青く燃え上がった。
ジジは篝火をジッと睨み、黒い霧となって祭壇を囲むように霧散する。白蛇がまとわりつく黒霧に怪訝そうに首を回したが、すぐに白霧の中から顕れつつある、青ざめた火影に興味を移した。
炎から散る火の子が、流星群が帯をつくるように細く跡を引きながら髪の毛になる。黒光りする短冊状の鉄板を脚絆に縫い付けた太い足が、優雅な足取りで地上を踏んだ。
「―――――……おや」
目元が印象的な男だった。
狭い額に細い顎をした輪郭に、密度の高い睫毛に黒々と縁取られた、冥界の青を宿す瞳がある。薄い瞼には紅を一筆差し、細く整えられた髭と太い体躯、腰の下までなびく黒髪は、絢爛な衣装を彩る一つに数えても良い。
しかし、その流麗な顔立ちの上に散る疱瘡の痕、それを塗り替えようとでもするかのような醜い火傷が、美貌の上に痛々しく映えていた。
男は、身を形作る青い炎を歩みとともに振り払いながら、ゆっくりと首をかしげる。
「おや、おやおやおや……? ここは―――――? 」
――――その顔に火炎が落下した。
目にもとまらぬ速さで剣が抜かれる。鉄板そのもののような、幅の広い片刃の直剣である。地面から直角に構えられた剣の柄頭についた房飾りがひるがえり、鈴がリィンと甲高く鳴る。
構えた白刃ごしに睨み合った。
サリヴァンは鋭くその『名』を口にする。
「――――ジジ! 」
「はいよっ! 」
黒霧が無数の『手』となって男に襲いかかる。
同時に、サリヴァンの全身を真紅の炎が包んだ。男の瞼が僅かに見開かれる、その一瞬に鋭く息を吸い――――サリヴァンは『銀蛇』を手放した。
「――――何ッ……! 」
『銀蛇』を消したサリヴァンは、身を屈めて男の広い懐まで一息に入り込む。突進してくる炎に驚き、のけぞり、後ずさろうとした男と、サリヴァンの笑う目が交差する。
――――ボォウ!!
サリヴァンの口から放たれた炎が、至近距離から男の顔を襲った。
獣のそれのような悲鳴が上がる。
しゃにむに振り下ろされた斬撃をかわし、サリヴァンは壁のようにそびえる男の広い胸を蹴ってクルリと後ろへ宙がえりした。顔いっぱいに、意地の悪い笑顔が浮かんでいる。
「――――『蝗の王』、『白の騎士』ときたら、アンタはさながら、『黒の騎士』か? 」
問いかけに、男の悲鳴がぴたりとやんだ。
「…………ふ」
籠手に包まれた手のひらの下で、男が息を吐く音がする。
「―――――ふは、はハ、ハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハ!!! イヒヒ、ヒハハハハ、イヒヒヒヒヒヒヒヒ……
……そうかぁ、なぁるほど……まんまと誘き出された、と……いうわけカァ……冥界からの道を、儀式でここへと誘導したな? 」
丸めた背を、男はすっと伸ばした。
サリヴァンを見下ろす視線にあるのは、軽蔑、拒絶、憎悪、—————そして憐憫。
「……おまえ、今の炎は『鍛冶神の炉』からのものだな? 魂を燃やす叡智の炎だァ。そんなものを使える魔術師が、まだ地上に生き残っていたのか。実に……」
右手でざらりと傷跡のある左の顔を撫で――――男は、左右非対称の笑顔を浮かべた。
「―――――実に、腹立たしい……」
「サリー! 」
ジジがサリヴァンの脇腹にぶつかって強く押し出す。サリヴァンは背中から祭壇に激しくぶつかりながら、ジジに押されるまま倒れ込むように地面に伏せた。
『黒の騎士』の輪郭が融ける。どろりと。
そして、膨れ上がる。
サリヴァンは息を呑んだ。恐怖に一瞬ひくついた喉に一息で酸素を取り込み、ぐっと奥歯を噛みしめ、その名を呟く。
「―――――アポリュオン。『蝗の王』……」
「……なんたる……なんたる矮小な小賢しさ……ふふふ……ははは。アハはははハ、ハハハハハハハハハハハ……ハハハハハハハハハハハ――――!!!!!!!!」
毒の滴る翼を広げ、醜き怪物はサリヴァンに笑いかけた。
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