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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
終節【星よきいてくれ】

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5 シリウス②




 ジジを呼び出すのに、少し手間取った。

 サリヴァンが占いや呪術のたぐいを苦手としているのは本当だ。本来なら、そういった術は基本中の基本でありながら、極めようと思っても極めきれない、奥の深い道である。

 祈祷師、霊媒師、巫女、預言者、占師などがその筋を極めた専門家であるし、師である『影の王』アイリーンも、『時空蛇の化身』で『神の声を聴いて予言する』という立場上、巫女という扱いを受けることもある。

 そんな師を持っているのに、サリヴァンはそういった人たちから、「お前には神の声を聴く適性が無い」と言われ続けて来た。しかしその信心深さから「神に愛されてはいる」「声が聴こえないから、力を借りるというよりも、押し付けられている」というのだから、奇妙なものだった。

 だからサリヴァンは、『神の声が聴こえない』のに、シンプルに『火力がある魔法が得意』である。


 そんなサリヴァンという魔法使いに、ジジという魔人の性質は、欠点を補うという点でぴったりとはまっていた。

 ジジは、『意志ある魔法』である。陰に潜み、ときに不可視の微細の粒となり、この世界に潜むことができる。

 ジジの五感は鋭敏で、サリヴァンの代わりに聞き、()、触れることが出来た。


 サリヴァンは、例えるなら、蛇口から流れた水をまき散らすことでしか魔法を使えないが、ジジは、水を溜めたり、シャワーにして広くバラまいたり、湯気にしたり、凍らせたり、それを利用して室温を下げたり上げたりすることが出来る。


 呼べばすぐ来るのが常だったジジは、このときに限っては、数分呼びかけてようやく陰から形を取った上に、ひどく不機嫌なようすだった。どこか疲れてもいる。

 サリヴァンにだけは、ミケとのことだと分かっていた。

 姿を現したジジが、何も言わず小さな黒猫になって膝の上で寝る姿勢になっても、サリヴァンは背中をひと撫でするだけで、指示も懇願もしなかった。

 いるだけでも、十分だ。

 子猫の閉じた目蓋の下で、油断なく五感を張り巡らせているジジの感覚は、サリヴァンにも繋がっている。


 サリヴァンはジジを膝に乗せたまま、両手にそれぞれ小石と、耳から外した黒い石のピアスを指にはさんでいた。目蓋と耳の裏には、山から採った粘土質の土を塗り、てのひらにも擦りつけてある。

 グウィンとヒューゴは、山肌を背にするサリヴァンから少し離れたところで座った。

 時刻は昼を過ぎ、日暮れまであと一時間といったところだろうか。厚い黒い雲がねっとりと空を流れ、ときおり真紅の陽光が斜めに射し込んだ。


(黄昏時はいい時間だ)


 サリヴァンは小さく、呪文を呟いた。

 魔法使いが神に語り掛ける言葉は、自分で組み上げなければならない。借りものではない自分の言葉で、神々にお願いをするのである。しかしある程度の定型文はある。冥界の神ならば、『魂の裁判官』、『平等を敷く者』、『秩序の管理者』、『沈黙の吐息』などがそれだ。

 しかし、思春期が終わりかけた少年には、こうした呪文を堂々と口にするのはいささか恥ずかしい。


 サリヴァンは、自らの内側に流れる血を意識した。

 『深く』、『繊細に』、ふだん意識しない自分を構成するものたちを手繰り、その先に通ずる道を探す。ジジの鋭敏な感覚を借りながら。


 本来なら、牛一頭でも二頭でも生贄を捧げるべきだが、そんな用意があるはずもないので、サリヴァン自身の髪と血で代用する。

 恐れ多くも、冥界の神そのものを呼ぼうとは思っていない。真意を探りたいのだから、それを知っている死者の魂を呼び出すつもりだった。

 血筋で土地との縁は結ばれているはずだから、声を掛けて手を貸してくれる霊がいる可能性に賭けた。


 内側に潜ると、不思議と周囲のことが分かってくる。

 やがて、右斜め後ろで座っているグウィンとヒューゴが、何かに反応して身じろぎしたのが分かった。


 冥界神の使者がやってきたのだ。


 サリヴァンは、呪文が途絶えないようにする。

 最初から、サリヴァン自身には質問はできないと想定していた。質問するのは、ヒューゴに頼んである。神々は芸術家を好むからだ。


 しかし、呼び出せたのは想定外のものだったらしい。

「貴女は……いや、あなた様は……」

 ヒューゴの驚愕する声が聴こえてくる。膝の上で丸くなっていたジジが、パチッと目を開けて身を起こした。ジジの金色の瞳を通じて、その姿が、サリヴァンにも見える。


 古めかしいドレスを纏った貴婦人だった。古い霊ではない。すくなくとも、百年は経っていないだろう。呪文を途絶えさせないよう注意しながら、サリヴァンはジジに頭の中で語り掛けた。

(……失敗ではない、か? )

(呼び出せただけ重畳じゃない? 血筋が仕事をしたね。まあ、これだけ血族がそろってるんだから、使者に親戚が来るのは当然か)


 ヒューゴには、死者の名前が分かっても、決して呼んではいけないと言い含めてあった。生前の名前は、現世へ引き留める(くさび)になってしまうからだ。


 貴婦人は、赤ん坊を抱くように腕に頭蓋骨を抱いていた。

(ヴェロニカ皇女に似ている)

 サリヴァンは思った。しかし皇女よりもずっとやせ細り、禍々しいほどの貫禄と、硬く冷たい美貌を持っている。身長も、皇女よりずっと低いようだった。


『……コネリウスの声がする』

 貴婦人は、ガラスのように震える高い声で言った。見えない瞳が、冥界の青い炎の色に光っている。

『……オーガスタスの血のにおいがする―――――そこにいるのは、誰? 』

 サリヴァンは、ヒューゴに『名乗ってはならない』とも言い含めてあった。名乗るのなら、サリヴァンのほうの名前を言ってくれとも。


「……ここにいるのは、コネリウス・サリヴァン・アトラス・ライト。コネリウス・アトラスの曾孫です」

『……まあ。そうなの……コネリウスの……もうそんな時が経ったのですね』

「……あなた様が亡くなってから、八十年近く経ちました」

『あら……わたくしのことを知っているのね』

「はい。恐れながら……」

 歴史に刻まれている偉人を前に、ヒューゴの声が震えている。ヒューゴにとっては、自分の語り部の前の主の関係者でもある。


 

『では、わたくしを呼んだあなたは、あたくしの玄孫、ということになるのかしら』


 偽りの女帝、大淫婦ユリア・アトラスは、死してもなお、腕にオーガスタス・アトラスを抱いていた。



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