1(裏)サリヴァン・ライト★
さて、基本知識のお勉強のお時間です。
この世界における知的生命たる人類たちの物語は、『混沌の夜』と呼ばれる暗黒時代から始まる。
ことの発端は、二陣営に分かれた神々の戦争。一つの大きな大地だった世界は、二十の地に分割された。
その過程で太陽や光を司るあらゆる神々が幽閉されることになり、途方もなく長い長い夜が続いたのだ。
闇の中では何年も、二十の大地を巡る壮絶な陣取り合戦が繰り広げられ、地上は雨と氷に覆われて、あらゆる作物は枯れ果て、人間の文明はこのときに一度崩壊した。
そんな滅びの道を歩んでいた人類のもとに、一人の魔女が現れ、戦争に一石を投じた。
彼女は次々と神の中に協力者を得ていき、彼らを率いて戦争を終わらせ、地上には太陽が戻る。
神々は、照らし出された地上の惨状に嘆き、大地から天上にある楽園へと帰っていき、二度とみだらに地上を乱すことはすまいと、楽園の門に鍵をかけた。
魔女が最初に降り立った土地。
それがこの『魔法使いの国』。世界で唯一、魔法が使える人種『魔法使い人種』が産まれる地。
国民は魔女の子孫であるとされ、神秘を忘れかけた現代に至ってもなお、世界中が認める聖なる地なのだ。
くわえて、森から成る肥沃な大地と温暖な気候、島国という独立性、そこで育まれた技術―――神話の中の未知の力『魔術』。
そりゃあ鎖国するでしょうってもんで、当時のお偉いさんの判断で、六百年、『魔法使いの国』は閉ざされる。
鎖国してから六百年後、やってきたのは上層世界から押し寄せてくる産業革命。武器の発達。物流の改革。
波に乗る各国に乗り遅れまいとしたかたちで開国したのは、ほんの百二十年前のこと。
開国後の『魔法使いの国』は、好奇心旺盛な国民性を発揮した。
ばりばり留学を繰り返した結果、魔術はもはや『失われた古代の力』ではなく、世界になくてはならない『便利な新技術』となった。
開国百二十年目。
現在の『魔法使いの国』は、牧歌的な歴史ある街並みが、観光客に人気の永久中立国である。
◇
「……ふーん。やっぱり、こいつら外国人だな」
サリーは、下着に縫い付けられていた旅券をボクに差し出した。
「バッチイからいらない。どこの人? 」
「わからん。上層を抜けたときのハンコしか残ってない。こりゃまっとうな旅券じゃあない。最後の入国ハンコは……フェルヴィン皇国」
「おんなじ中立国じゃん。平和だし、テロリストのイメージは無いけどな」
『フェルヴィン皇国』は辺境も辺境、世界の端にある小国で、魔女が最期を過ごした国といわれる隣国だ。
同じく聖地だけれど、ゲルヴァン火山を中心とした険しい自然に覆われていて、辺境ゆえに国交ひとつにも大きな危険と莫大な費用がかかる。そのため、何もしていないのに何百年もほぼ鎖国状態だった国だ。
始まりと終わり。同じ魔女ゆかりの土地ということで『フェルヴィン』との仲は上々のはずだけれど。
サリーは、難しい顔で考え込んでいる。そういえば彼の曾祖父は、大恋愛の末に押しかけ婿となったフェルヴィン人だということを思い出した。
「……きみのひいお爺さんに関係があると思う? 」
「まだわかんねえな。とりあえず店に戻ろう。……店の近くだったらいいけど」
今いるそこは、牧場主が持つような倉庫らしく、ものものしい滑車式の巨大な鉄板を思わせる扉だったが、下の方にひとり出入りできるだけの大きさの、くり貫いたような扉があった。
見張りを警戒して、どんなに星のない夜でも目の利くボクが斥候として外に出た。
外にはだだっ広い丘が広がっている。どうやらあいつらはあれで全員だったようだ。
けれど、ボクの視線を釘付けにしていたのは、外に広がるその光景だった。
目に刺さるのは、赤と金色と黄色の光。肌に触れるのは、とびきり暑い日の雨上がりのような、仄かに温かい外気。
ボクは、指先で瞼を揉む。
「……ジジ? ジジ、どうした。何かあったか? 」
いつまでたっても戻ってこないボクに痺れを切らしたサリーが顔を出す。
「ああ……いや、なんにもないよ。ないない。ありえない……」
諸君。ボクは、語り部として描写を訂正しなければならない。
外には、赤く火口を爛れさせた墨色の尖った火山があった。
ボクらは、その火山に連なるささやかな山脈の丘陵のひとつにいるようだった。
真っ黒なインクを溶いたような雲が幾重にも重なり合い、そのわずかな隙間を縫って朱色を溶かした金色の陽光が帯になって差し込んでいた。光はモノクロの世界を飴を透かしたように、とろりと甘そうな金に色付けている。
輝く輪郭を持った長大なゲルヴァン火山は、さながらこの小さな島国に君臨する王冠だ。なだらかに背の低い木々の梢や、建物の屋根もまた、金色をした永遠の黄昏の陽に輝いている。
「なんじゃこりゃあ! 」
眩い金色と黒の景色に目を剥いてサリーが言い―――――
その瞬間、後ろの倉庫が爆発した。
ボクらは知っている。かつて人々は、その場所に様々な名前をつけた。
第20海層の先。たそがれの地。地底の国。魔界の底。魔女の墓。
魔女の墓守の子孫である『魔法の加護を受けしもの』が治めるド辺境国家。
「……ねえサリー」
……ああ、我が契約者。ボクの間違いを訂正しよう。
「……ボクたち、いつのまにか海を越えてたみたいだ」
「はあ!? なんで!? なんで爆発した!? おいジジ、おまえ何かしたか!? 俺? 俺は何もしてないぞ!? 」
神代の終わり、人々は、神の怒りに沈んだアトランティス帝国の名残りを、奈落を意味する『タルタロス』と蔑称した。世界が切り分けられたあと、奈落の門を開いた魔女が、『奈落』を『出会い』を意味する言葉で塗り替える。
「ちょっとー。サリーうるさい」
その地。名をフェルヴィン。
ボクらの旅は、ここから始まる。
『魔法使いの国』
フェルヴィンの約十倍の国土を持つ。鎖国していたおかげで外海では廃れてしまった信仰と技術が継承された結果、魔術が発展している。
たびたび侵略を受けていたが、魔術のおかげで上陸を防いできた。外海は未知の古代技術に興味津々。
現在は海を拓き、国をあげて科学と魔術の融合を目指して勉強中。
『フェルヴィン皇国』
だいたい四国ほどの国土。湿っている上、蒸し暑くて暗い。山が国土の70%を占めており、それらの山がほぼぜんぶ火山。世界の端っこすぎて秘境スレスレの田舎の小国。
食糧問題で苦労した過去を持つが、温泉だけはどこでも湧くので、風呂には苦労したことがない。
特産は紙と鉱石。発酵食品ばかりの食文化なので、ご飯に癖が強い。芋と、豆と、山羊の乳と、その加工物しか無いし、飲料として加工していない水は鉱山由来のため有毒だったりするため、外国人に不評。




