3 (裏)語り部ダッチェス
「……話を進めてくれ」
グウィンが手振りと共にうながした。好奇心は押し殺し、グウィンの瞳は危機を脱却する回答を求めている。
グウィンの語り部は、主人より頭一つ小さい老爺の姿をしたベルリオズだ。しかし2mを軽く超えるグウィンと頭一つ小柄といえば、その老爺も、世間ではじゅうぶん大柄な部類ということになる。
胸板はせり出して分厚く、背筋は鉄板でも入っているように真っ直ぐな、護衛のように屈強な老人が、語り部ベルリオズであった。
語り部の姿には主の精神性が顕れる。
だから、ダッチェスは少女の姿をしているし、ベルリオズは円熟も極まった老爺の姿で、ミケは主と同じだけ、幼く未熟だった。
「我々『語り部』が隠し持っている機能を、主家たるアトラス王家にすべて詳らかにしなかったのには、深い理由がございます」
「言ってみろ」
「……もとを辿れば、アトラスの一族は神々にとっての罪人であるからです」
「………なるほど。そこでそれか」
グウィンは、ある程度の予想はしていたようだった。
「アトラス神は、世界を砕く大戦『混沌の夜』を引き起こした戦犯とされました。そしてそれは、まぎれもなく真実でございます。アトラス神は責めを負って幽閉され、その娘たちであるアトランティスの娘たちは、神としての地位を剥奪され、砕かれた二十の海の最下層にあるこの魔界となった祖国に辿り着き、フェルヴィン王家の始祖となり―――――今に至ります。神々は、どうしてもアトラスの子孫を『審判』へと招きたかった。魔女はそんなアトラスの子孫たちを案じておりました。
だからわれわれ語り部に搭載された機能は、大きく分けて三種類。
1、アトラスの子孫たちを監視し、記録すること。
2、アトラス王家の人々の影となり、あなたたちを心から愛すること。
3、審判のあかつきには、二十四のうちの一人が、『宇宙』の任を与えられること。
1の機能は、神々によって与えられました。魔女は神々と念密な意志の擦り合わせを行って、『審判』の準備をしたのです。
その会議の中で、神々は遺されたアトラスの一族を懸念しました。すでに神々は人間の恐ろしさを無視できなくなっておりました。アトラスの血を引く者を恐れたのです。我々語り部は、そのような経緯で生まれました。
しかし魔女は、我々をただの監視のための人形にはなさいませんでした。
『語り部』は一人一人違います。寡黙なものもいれば、息をするように好意を口にするものもいて、幼き姿のものもいれば、老いた姿で顕現するものもいます。
魔女アリスは、我々語り部に『心』を与えました。あえて意匠の違う『意志』と『形』を与えました。まったく同じ人間は二目と産まれません。それぞれが、それぞれに、最も心近く寄り添えるよう、二十四枚の異なる心を持った魔人をあつらえたのです。我々と、アトラスの一族には、無限には少し足りない程度の『選択』が与えられ、引き換えに、いくつかの致命的な制限がつけられました」
ダッチェスはすこし言葉を切って、乾いた口の中を唾液で湿らせた。
「それは『誓約』のことかい? 」
「―――――Exactly! 誤解しないでいただきたいのは、『語り部』は最初から何者よりも王家の人々を愛し、心から仕えてきたものだということ。我々の『愛』だけは疑いようもない真実! それを疑うなんてとんでもない! 皮肉にも、あのミケが、そのことを証明いたしました」
「ミケ―――――。そうだ。アルヴィンはどうなったんだ? あれは何が起こっていた? アルは――――ほんとうに死んでしまったのか? 」
「……順番に申し上げますから、お待ちください。
今回、『審判』においては、いくつかの不測の事態が発生いたしました。ええ、詐称、契約違反、ルール違反の三連続です―――――三つも! あの忌々しい魔法使いめが、触れてはならぬ蓋を開け、領域を侵したのです。今回の混乱した事態の多くは、元はと言えば、すべてそこから端を発すること!
良いですか。グウィン様、ケヴィン様、ヒューゴ様。
今回、『審判』の開始においては、三つのイレギュラーが発生しております。
ひとつ。冥界から死者が蘇っているということ。一度冥府の門をくぐれば、人は『審判』に選ばれる資格を失います。『魔術師』はその当たり前のルールを無視して、死者を『選ばれしもの』へと据えました。
ふたつ。『皇帝』は自らの意志でもって宣誓をしたわけではないということ。あまつ『皇帝』はすでに死者。『審判』は世界規模の魔法ということはお話しました。魔法とはシステム。これでは、魔女の組み立てた一部の隙も無い魔法にどんなエラーが起きるか予想もつきません。
そしてみっつめ。よりにもよって、最後のイレギュラーを我らが『語り部』の一人が引き起こしたということ!
消えゆくさだめであったあのミケが、まさかアルヴィン殿下を救うがために『宇宙』となるなんて誰が予想できましたかしら! 『魔術師』のつくった混乱に乗じ、アルヴィン皇子に与えられた死の運命を捻じ曲げるため、自らも消えなければならない運命であるというのに、重ねてミケは、触れてはならぬ禁忌を侵しました!
冥界に堕ちかけたアルヴィン皇子の魂を引き戻し!
損なった肉体に、根源たる混沌を含んだ自らの本体を宛がい!
幼く、未熟なあの子は、よりにもよって愛する主人を、第十八のさだめ『星』としてこの世へ蘇らせたのです! 」
ダッチェスは今にも文机を蹴り倒しそうな剣幕であったが、次に続ける言葉には気炎を落とし、凪ぐような声で言った。
「この三つのイレギュラーが、この世界全体、人類の生末を左右することになるかもしれません。しかし起こってしまったことはやり直せない。『審判』は始まってしまいました。わたしに出来るのは、限られた時間で状況の改善を促すことだけ。
……良いですか、次代の王よ。このばあやの言葉を、よくお聞きなさい。
詐欺、外法、騙しに不意打ち。―――――不正な方法で交わされた契約には正当なる契約で対抗するしかありません。
『皇帝』とは、この世においての秩序の守護者。我があるじ、レイバーン・アトラスの魂を救い、その意志と役目を継承なさい。
正当なる皇帝として、この世界を救うのです…………! 」
ダッチェスの意志に同意するように、ランプの灯りが明々と燃え上がった。
グウィンは睨むようにその炎を瞳に映し、獣が唸るように尋ねた。
「……私は何をすればいい? 」
「皇位継承の儀式に必要なことは三つ!
ひとつめは語り部の有無!
語り部は正当なる継承者の証明!
ふたつめは先代の致命的な不義、もしくは崩御! もしくは皇太子への継承の意志! それらによって皇太子は資格を得る!
みっつめは、立会人の前での継承の宣誓! それにより、アトラス王家フェルヴィン皇帝にかけられた古えの魔術は継承され、正当なる王として、この世界の法則へと組み込まれます! 」
「兄上にあと必要なのは? 」
「立会人。正当なる血筋、正当なる役割―――――つまり魔女の血を引くもの。魔法使いの立会いによる、継承の儀の完遂ですわ」
「ちょっと待て……この国のどこに魔法使いがいる? 」グウィンは青ざめた。ヒューゴにいたっては膝をついて天を仰ぐ。伝説にとんと疎いケヴィンですら頭を抱えた。
「魔女がアトラスの娘に語り部を与えて王としたのだから、アトラス王家の戴冠式には魔女の末裔である魔法使いがいないといけない……そういうことか? この切迫した事態に、さらに問題が……? もう頭がおかしくなりそうだ」
「うっそだろ! まさか、あの『魔術師』に立会人を頼めってのかよ! 」
混乱する皇子たちに対し、しかしダッチェスはニヤリと笑った。
「いいえ。懸念するべき問題はございません。我々は待てばよろしい」
「……どういう意味だ」
「必要なものは、この国にすべて揃いつつあるということですわ」




