3 サリヴァン・ライト★
◇
サリーの耳には、両方で八つの穴が空いている。もちろん耳孔を除いて八つである。
出立を夜明けに定めて、一行は残りの短い夜を休息に使うことに決めていた。
「……これで全部かな」
目の前では、ベット脇に腰掛けたヒースが小さな化粧箱をいくつも取り出して、マットレスの上に中身をさらしていく。どれも金属製のピアスや髪留めで、多くが磨き上げられた宝石がついていた。
出立前にオシャレをしようってんじゃない。
ヒースは一つ一つを指差して、サリーに『効果』を説明していく。
「この橙色と水晶のやつは魔力増幅。こっちの水色の丸いのは精神統一系。この黒と赤と青の三つは、ぜんぶ魔除けだとか呪詛そらし。サリーは火の魔法が得意だから、このルビーと磁石とダイアモンドを使った髪留めがいいと思う。水晶とダイヤはなんにでも合うから、数に迷ったらその中から選べばいいよ」
簡易ベッドの剥き出しのマットレスの上でも、ビロード張の化粧箱に収められた宝石の煌びやかさは損なわれない。サリーは気圧されたように、すでに耳にぶら下がっている菱形の石をいじった。
「売り物だろ。いいのかよ」
「売り物じゃあないよ。このヒース・クロックフォードが、こんな時もあろうかとサリーに用意したやつだ」
「いや、でも、こんな高価そうなやつをおれが付けても……」
「こんなところで小市民の貧乏性を発揮しないでよ。デザインに留意しないなら、ほしい効果のやつを僕が見繕ってやるから」
ヒースは笑って、いくつかの化粧箱の蓋を締めてひっこめた。『デザインに留意しないなら』とヒースは言ったが、その装飾も揃いのものだ。明らかに一式セットの誂えであるのだが、サリーはそこに気づいているのかいないのか。
(もしかしてオーダーメイド? )
「ちゃんと天然石を加工してあるからね。どれも一級品だよ。ま、せんべつだと思って受け取ってよ」
サリーは気まずそうに、三つ四つと指定をしていく。そのうち開き直ったのか、より詳しい効果を聞き出して吟味を重ねた。その様子は、あたかも剣を吟味する武器屋と戦士だ。
交渉がノッてくると、ヒースは化粧箱のほかに、黒い小さなトランクと、そこに詰め込んだ水晶の小瓶も山ほど取り出した。香水瓶のようにも見えるが、手書きのラベルが貼られたそれらは、大量の魔法薬である。
魔法薬といっても様々。服薬用のものもあるし、投げて爆弾代わりになるやつもある。
便利になった現代、一般的に、魔法使いは必要最低限の技術しか体得しない。
ガチガチに魔術を磨いて、しかも魔術で戦闘ができる人間というのは、特殊な職業の人か、でなければ鍛えるのが趣味の人に限られてしまう。
『魔法戦士』がゴロゴロしていた時代は、半世紀も前に終わっている。そしてサリーは、時代錯誤の魔法戦士だった。
『魔法戦士』の戦い方にも様々あるが、彼らの強みはとにかく『手数の多さ』だ。
何もない所から火を取り出し、魔法の剣は刃こぼれ知らず。搦め手、罠、不意打ち、呪詛、幻覚。
魔法での戦いは、あらゆる道具を駆使して勝つことを目的としている。
体中に便利な道具を装備するのは当たり前。
サリーの魔力をたくわえた長髪や、特別な宝石をぶら下げる耳に空いた八つの穴も、戦いに備えた日頃の準備である。
魔法使いには『銀蛇』があるから剣も盾もいらないし、サリーには専属の魔人がいる。
だいたいの事態には対処できる手数はそろっていたが、問題になるのはサリー自身の体力と集中力だ。
魔法を使うさいに必要になるそれらを総括して、魔術師たちは『魔力』と意義している。
魔法は技術だ。手順と準備を間違えなければ、魔法は必ず作動する。もちろん『魔法を打ち消す魔法』もあるから絶対とは一概には言えないけれど、そうなってくると技術が優れたほうの魔法が発動するのが当たり前。
万全の備えというには、きっと足りないだろう。でもサリーは、時代錯誤な魔法戦士で、今はそんな時代錯誤な『勇者』が必要な状況だった。
「……十日だ」
ヒースは言う。
「十日以内に、かならずフェルヴィンに戻ってくる。それまで持ちこたえて」
「ああ。ついでに皇子たちを見つけて待ってるよ」
「…………気を付けて」
ヒースは苦笑いして、サリーと握手を交わした。
◇
巨人がどろどろに溶けたのを見届けて、ボクは長ーい長ーいため息を吐いた。
サリーの作る魔法の炎は、原則として命を焼かないよう調整がされている。彼は曲がりなりにも、『世界一の魔法使いの弟子』なのだが、広間の被害はやっぱり凄惨たるものだ。
「……無茶するなぁ。そりゃキミの火は焼けないし、ちょっと楽しかったけどね。溶け始めた鉄の巨人がどれだけ熱いと思ってるの? 焦げちゃったよ」
「悪かったって。一度全力でぶっ放すのが夢だったんだよ。まだレア焼きだろ? 」
ボクは穴の開いた帽子で、サリーを締めあげた。
休息の間もなく、ボクは探索を開始した。目を閉じて、身体の末端を空気の粒よりも小さく広げていく。それは例えるなら、薄暗いなかを手探りで進む感触に似ている。無人のエントランスホール、廊下、食堂、用途が分からないただっ広い部屋、王族の居室、尖塔の屋根の先まで、鼠一匹もいない。
「こんなに派手に暴れたら、向こうから斥候の一人でも出てくると思ったんだが」と、サリヴァンは顎を掻く。
「もう、そんな必要は無いってことなのかも」
「……なあジジ。どうして街の人たちは、城が誰もいないのに気が付かなかったんだと思う? 」
「そりゃ、だいたい想像通りのことが起こったんでしょ」
「じゃなきゃあ、皇帝一家が監禁されるわけがないか」言って、サリヴァンは静かに瞼を閉じ、しばらくのあいだ祈った。
「それで、まずはどこに行く? 」
「下だ」ボクの感覚は、渦を巻く潮に似た流れを感じていた。
「地下に、何かが集まってる……」
そのとき――――――ふたたび、城は大きく揺れた。
そして朝が来る。




