8 カルマ★
お待たせしましたの回。
◇
『被害を抑えるには? 』
『神が望む結果を出すこと』
『それってなんだと思う? 』
『悲劇を乗り越えることじゃない? つまり、英雄的な行いってやつさ』
『歯車が回る音がする』という慣用句がある。
神が采配したとしか思えない巡り合わせで、 運命が導かれたと感じた場面に使う大仰な言い回しで、神の奇跡をあらわす。
現代ではおもに子供の誕生や、偉大な人物の死に使われているが、もともとが古い舞台劇の、それも古典劇における神話の英雄にたいして多用される言葉だ。
英雄の誕生、出会い、戦い、恋、別離、そして死。伝説が伝説となるまでに起きたすべてが、『神が英雄の歯車を回した』となる。
英雄の一挙一動が『歯車が回る』行為であり、『歯車を回す』から英雄となるのだ。
では英雄とは何か。
それは魔人いわく、神の加護あるもの。
あるいは、神に執着されるもの。
そして、神の目を楽しませるもの―――――。
祭壇に降り注ぐ星明りの中にある機影に、そのとき誰もが気が付かなかった。
「ふうん」
駆動する機構。モーターとエンジン、巨体に刻まれた魔術の放つかすかな光と帯びた熱。機械と魔法の融合した船体の中で、夜空を背に瞼を開けたその『もの』が、鼻から抜けた声を出す。
「こーう、なっちゃったかぁ~」
「……介入するか? 」
「ううん。ここで自分たちが手を出したら、それこそねー。あるがままの結果であるからこそ、瀬戸際の面白さってやつがあるでしょ? 観客席でリアルタイムだから場が盛り上がるっていうかさ~」
「穴場狙いもほどほどにしなくてはね」
「いやいや、穴場狙いが楽しいんじゃないか! 」
「まだわからないぞ」
「あ、そう? きみがそんなふうに言うならまだ大丈夫かぁ……」
「皆さん、もうすぐ着陸ですよ」
「ほら、仕事だ」
「あ~ん! やだやだ! 観客でいたいのに! 」
「いや、きみは隙あらば乱入するタイプだろうに」
「いやいや、乱入もだめですよ。そもそもが企画者側なんですから」
それが空にあることに、人間たちはまだ気づかない。
いつか来るとわかっていたものが、目の前にあらわれる時がすぐ近くに来ていることには、まだ気が付かない。
「――――今だけ人間になりたぁい! 」
雲がゆっくりと空を流れている。
この悲劇に、神々の介入はない。
◇
祭壇のもと、白い杖灯りを掲げる魔術師たちが並び立つ。
その中心には、アトラス一族の皇帝と皇子、皇女たちが立った。ケヴィン皇子と、コネリウス・アトラス・ライトが、それぞれ捧げもつように手にしたものを祭壇に置く。
祭壇を覆うクロスに刻んだのは、二重の正三角形から成る六芒星と、それを囲む二重の円陣。それにさらに細かな祝詞の文言と、かの魂のありかを示す彼個人の名を父と母の名で挟み、血族の根源たる祖神の名もまた、円陣の内側に刻みこんでいる。
祖神アトラスは海の神だ。供物は、海水からくみ取った塩の結晶と魚と仔馬。魚は南部から今朝届いたものを。黒毛の仔馬は次期陽王の生家から譲ってもらった。
号令はない。師弟関係にある三人の魔術師たちに、それは必要なかった。
【”天果てのたもと”、”天柱となりし巨神の子”、”しらなみの乙女たちの裔”、”星のいぶきを吹き込まれし泡たちがここに集い奉る”。】
【”星のいぶきの子”、”アトラスが裔皇子アルヴィン”。”アトランティデスがもと”、”冥府に坐すハーデス、オルクス、ヤーヌスに希う”。】
【”冥府の門前に立つ、星のいぶきが子アルヴィンを、御前よりこの星がもとへ御導き給え”】
風が起きる余地がないのというのに、祭壇の上にある籠の覆いが揺れる。その下にある頭蓋骨がどんなようすなのかは、誰にも分からない。
言葉は、【星】の選ばれしものを呼び出すことばに変わる。
「”天にしらほし” ”地に塩の原”」
【”天にしらほし” ”地に塩の原”】
「わが名グウィン・アトラスのもと、選ばれしもの【教皇】が、二十四のしもべへと告げる――――」
「”誓いは胸の内にある”
”指針が示すは、黄昏のふもと”
”声届かずとも、手は触れている”」
【”誓いは胸の内にある”
”指針が示すは、黄昏のふもと”
”声届かずとも、手は触れている”】
「スートの長たる我がもとにあらわれ応えよ――――」
「”願いはどこと母が問う”
”捨てるべきは何かと父が問う”
”剣はすでに置いてきた”
”花は芽吹かずとも、喉を旅立つ詩は枯れることがない”」
【”願いはどこと母が問う”
”捨てるべきは何かと父が問う”
”剣はすでに置いてきた”
”花は芽吹かずとも、喉を旅立つ詩は枯れることがない”】
「”王権執行”」
「【”星よきいてくれ”】」
「――――”『杖の王” 』」
「【”誓いの言葉を” ”望みはひとつ”】」
「”『1が杖』”」
「【”この足が止まろうとも”】」
「―――――戻ってこい! アルヴィン……! 」
「【”あなたが 頭上で輝く夜が続くこと”】」
魔力が渦巻く。金の火花が空を掻きまわすように散っている。
こんどこそ風が巻き、祭壇の上の覆いを取り払い、冥界の青い火を熾火のように宿した真新しい頭蓋骨と、銅板の欠片が光を帯びてあらわれる。
魔力のたもとは、まさしく銅板からで、頭蓋骨はそれを受けて揺れていた。
「ああ……」
誰ともなく声が漏れる。
銅板からあらわれた「それ」は、欠片を飲み込むように煙から形となるなり、一陣の風となって飛び上がった。
自分を囲む魔術師や皇子たちをなぎ倒すように逃れ、迷い込んだ獣のように祭儀場を半周すると、鞠のように跳ねて天窓を破って外に飛び出す。
「―――――行けジジ! 」
「――――レティ! 」
サリヴァンは背後から聞こえた悲鳴に、窓枠を越えようとしていた体をねじった。
ヴァイオレットがうずくまっている。その体は、片方の肩だけがいびつに翼に変わり、ねじれたもう片方の腕が垂れ下がるようにして床に落ちていた。
遠目にもわかる苦悶の声に、サリヴァンは奥歯を噛む。
(――――訓練が必要だと言ったのに! )
「行って! 」
ヴァイオレットはしかし、唾を飛ばして叫んだ。
「――――捕まえてあげて! あたしもすぐに行く! 」
サリヴァンの目が、祭儀場の中にサレンダーがいないことを把握した。
サリヴァンは、妹を押しとどめる言葉を飲み込み、窓枠から身を躍らせた。
ヴァイオレットは奥歯を噛む。
――――忘れることはできない痛みだった。
かつて、こうして失敗した。訓練のさなか、変身という技術の習得の中で経験した痛み。これに対応する方法も、ヴァイオレットは痛みとともに覚えている。
「ううぅぅぅ……」
親友の気配。駆け寄ってきた曽祖父と義理の姉になる人の声。
(だいじょうぶ。できる。……やれるったら! )
言葉に出すことはあきらめ、兄に宣言したとおりになるように声を振り絞る。
「ぅぅううう! ぅぅぅううううああぁぁあっ! 」
顔を上げ、膝を立て、足裏を床につける。
目を開き、息を吸い、肺を空にするまで吐く。
(――――足を踏み出さなくちゃ! 躍るようにかろやかに! )
かつて失敗したときと如実に違うのは、ヴァイオレットには成功体験があるということだ。
何度も息をするように変身してきた天空を掴むための体を想像する。空と翼への執着なら世界中の誰にも負けないのだという自負もまた追い風になる。
ヴァイオレットは飛んだ。翼が風を掴めば痛みは空気に融けて消える。
赤毛の鷹は空色の瞳であっというまに夜空を斬り裂き、あの雨の中を探したように星のしるべを探して見つけた。
そして地面に足をつけ、翼を畳むと、静かに歩き出す。
「これが、あなたが愛したアルヴィン・アトラスの望みだったのよね」
どこかの屋根の上だった。魔人ジジに組み敷かれ、長く豊かな黒髪が土埃にぬれている。金色の目が、うつろにヴァイオレットの空色の目を見つめ返した。
「……おやおやおや。まぁた訳知り顔が増えましたねぇ」
低いとも高いとも取れない声が、嘲笑じみた声色で言う。
「それってボクのこと? 」
「ええまあね。訳知り顔第一号さん」
ジジは冷たく、自分と同じ造形の顔を見下ろして言った。
「いちおう聞くけど、キミ、アルヴィン・アトラスはどうした? 」
「さあ……? 」
「アルヴィン・アトラスを覚えてる? 」
「ええ、まあ」
「じゃあここからは尋問。キミは誰だ」
「あら、まあ……。旧式の方は、機能も劣化されていらっしゃるのでしょうか? 見た通りなのですが……」
「残念だけど、多機能性ならボクが上なんだよね。量産型のキミらと違って、ボク、一点モノなもんだからさア? 」
魔人は上目遣いにぎょろりと睨む。それを見下ろすジジは、これ見よがしに高慢そうな顔で笑った。
「語り部ミケ。アンタの中にアルヴィン・アトラスはいるかって聞いてンの。認知機能まで故障したままかい? 」
忌々しげに歪んだ口元は、ヴァイオレットの顔を視界にとらえると、とたんに笑み崩れた。
「……申し遅れました。わが名はミケ。語り部魔人のミケ。【星】のえらばれしものとしてお呼び出しに馳せ参じました。
この場にいらっしゃる人間は、あなたさまただ一人。
あなたが、わたしのご主人様ですかぁ? 」
(……ああ、アルヴィン。あたしの友達。あなたはここにはいないのね)
ヴァイオレットは、しばし瞼を下ろし、あの夜に光を受けて飛んだときの幻をみた。
そして目を開き、魔人の前に腰を下ろして視線をあわせる。その頬についた泥を拭った。
冷たい肌は柔らかい。透けてもいない。
「はじめましてミケ。あたしはアルヴィンの親友のヴァイオレット。
……あたし、あんたとも友達になりたくなっちゃったわ」
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