8 悪魔は隣のテーブルに
(10/18追記)『星よきいてくれ』、noteでWeb小説をまとめている方から紹介記事にしていただいたようです。
励みにします。ありがとうございます!
サリヴァンは、つとめて足をゆっくりと動かして、その扉の前にたどりついた。
「――――師匠、ご相談があるのですが! 」
「……失礼しますくらい言いなさい。おおかた、アーロンのことでしょう? 」
憂鬱そうにエリカは言う。
「ええ、ええ、それです、それ! なんでおれたちに黙ってたんですか」
「詐欺師サレンダー……またの名前を、ハウル・ピークヒル、ドール・ハンター、マックス・コールマン……まあ、なんともまあ名前があること! サリヴァン、あなたが憤るのも無理はないわね。まさか王城で再会するなんて、災難としか言いようがない」
つかつかと歩み寄るサリヴァンと、机ごしに目をあわせたエリカは、重いため息とともにこめかみを押さえた。
叱責されることも覚悟していたサリヴァンは、その疲れた顔に少しひるんだ。
寿命の迫る彼女からしてみれば、『最後の最後まで』という気持ちなのだろう。直弟子のサリヴァンといえど、そんな師に頼ることに不甲斐なさは感じる。
しかしサリヴァンがこの王城で知る限り、もっとも緊急性に際して行動が早く、なおかつサリヴァンがアクセスできる権力者といえば、師そのひとしかいなかった。
「……この件については、黙っていたというよりも、こちらの把握が遅れたというのが正しいわ。彼と西部グネヴィア島の領主の甥と、ジジの前の所有者が、イコールで繋がらなかったのよ」
「あんなに目立つ男を? 」
「二年前、あなたとジジが、サレンダーと会敵したときの報告はきちんと把握していたわ。その時点で身元が分かってたらこんなことには……。
やつがこの国に帰ってきたのが二十八年ぶり。彼、外見はずいぶん若く見えるでしょう? 指名手配の内容と、あなたの報告書では、サレンダーは三十代後半から四十代。実際は、五十も半ばになるし、立ち振る舞いもずいぶん変わったわ」
「……会ったことが? 」
「優秀な学生として名をはせていたもの。ジェーン・フルドは、そうした学生の成果をよく取り寄せて読むのよ。人柄は、ささいな言葉選びからでもうかがえるものでしょう? 」
この師に人が変わったと言わしめる、かつてのアンドリュー・アーロンは、いったいどんな人物だったのだろう、とサリヴァンはちらりと思った。
「サレンダーことアンドリューはね、あなたがフェルヴィンに行く少し前、ほとんど入れ替わりに帰国して、グネヴィア領主アーロン家から後継者として社交界に舞い戻ったの。彼は三十年も前、ラブリュス在学中に魔人研究についての研究で功績を作り、気鋭の学者として留学したまま外国で消息を絶った。
あなたはアーロン家が今、どんな立ち位置にいるか、ご存じ? 」
「……ライト家と同じ神官の家系ですよね? あまり目立った話は聞きませんが」
「そうね。昔から野心もなければ、商売っけもない。伝統を守ることに執心していて政治が苦手。……そういう気風だったから、かつては信仰の要として、ライト家とともに繁栄していた。
でも、今代のアーロン家は中立ではない。ここ十年のアーロン家は、過激な陰王派……つまり鎖国派に属する後援のひとつなの。思想的にグループの先導者と言ってもいい。
そんな鎖国派が抱えていた切り札があの男。ラブリュス学院にあなたたちが帰還してすぐ、アーロン家がサリヴァン、あなたへの対抗として送り込んできたのが、アンドリュー」
「……そんなにすぐに? というと、おれの出自もばれてたってことですか」
「そうね。容姿で縁者と判断されたのだと思っていたけれど、アンドリューがサレンダーと同一人物なら、簡単な話だったのよ。サレンダーはあなたがジジの主人だと知っている。そしてその少年が、コネリウス・ライトの従者として神官の姿であらわれた。ライト家の縁者だと推察もできる」
「サレンダーは、かつてこの下層世界をまたにかけ、名前を変えるたびに新しいコミュニティに溶け込む手腕がありました。つまり、他人をうまく使うノウハウがある……やつが大手をふってこの国に食い込むのは危険です」
「この城に招き入れてしまった責任は私にあるわ。個人の性質より知識を優先した私のミス」
意気込んで言ったサリヴァンは、その師の言葉で、師の消沈の意味を理解した。
「今回、王城に招いたことで、奴に活躍の機会を与えてしまった。
陰王派は今、この機会に勢いづいている。派閥は意思統一して、年も実績もあるアンドリューを擁立し、『選ばれしもの』の旅の同行者にねじ込もうと、票を集めつつある」
「……やつは大義のために動く男ではないはずです。狙いはジジか、語り部……希少な本物の魔人を手に入れたいに決まってる」
「ええ。サレンダー個人の目的はそれでしょう。ジジを個人として扱えれば良かったのだけれど」
エリカはため息を吐いた。「……前科のある魔人は、難しいわね。あなたを所有者とすることで、無罪放免としているわけだから、より優れた所有者候補が現れればそちらに……となるのは自明の理よ」
「やつらは、サレンダーのしてきたことを知らないんですか? 魔人を手に入れるためなら人殺しもする犯罪者ですよ」
「サレンダーが犯してきた罪については、さすがに周知はされているわけではないでしょうけど、一部では把握はしていると考えたほうがいいでしょう。二十八年、犯行を掴ませなかった手腕も見込まれているからこそ、送り込まれてきたと考えて対策を取ったほうがいいわ。
陽王もね、これには表だって強くは言えないの。
まず、サレンダーはアンドリューとしては隙を見せていない。
次に、派閥のバランスというものがある。
陽王派の権勢は大きくなりすぎた。ライト家は、王家と縁続きになっても、領地から離れられないわ。
ミリアム殿下の養子先であるクロワ伯爵にはそこまでの権威はないし、旧家のアーロン家を抱え込めれば、いちおう陽王派筆頭のコリーン公爵家と対抗できる。『審判』がはじまって、非常時だというのもある。
優秀な人材を、大きな理由なく干すわけにはいかない状況なのよ。援護しようにも、あなたには名前が残る功績がないし、顔を売るわけにはいかない事情がある。残念だけど一度招いてしまった現状、宮廷では圧倒的にあちらが有利になる」
「……だからおれを陽王の後継者にしたかったんですか? 」
「確かに、それはあったわ。でも、そうなら話は簡単だったというだけの話よ」
「じゃあ、奴を犯罪者としては裁けないんですね」
「すくなくとも、すぐというわけにはいきません。サレンダーの顔は知られていないから、疑惑の目が向けられても、別の人物をサレンダーとして逮捕させればいい。リスクを抱え込んでも使いたい駒なのでしょうね。
立件はかならずする。けれど長期戦になるわ。決着の前に、選ばれしものの旅立ちの日が来る。あなたにできるのは、寝首をかかれないようにすること。その日を、五体満足に迎えることよ。
いい? サリヴァン。 宮廷では不利でも、外に出てしまえば、それは逆転するわ。
アイリーンの帰還を、じっと待ちなさい。あなたには功績も経歴もつけられないけれど、汚点もないの。陰王の弟子として、謎の魔術師のまま、『愚者』の主人として旅立てるように陽王陛下が整えてくださるでしょう。旅立ちの日まで、なるべくひとりで行動しては駄目よ」
「……はい」
サリヴァンは重く頷いた。
「あなたたちとしては、もどかしい限りでしょうけれど。……聞いてる? ジジ。あなたにも言っているのよ」
サリヴァンの影が渦を巻く。いかにも不機嫌な顔がおっくうそうにあらわれ、サリヴァンの頭の横で尊大に足を組んだ。
「……聞いてるし分かってるし、ボクがコイツをひとりにするわけがないし大丈夫だし。ボクってぇ~、過去のオトコにはこだわらないタイプだからぁ~」
「嘘こけ」
サリヴァンは知っている。ジジは相手が生きている限り、百年前の借金も取り立てるタイプである。
「……ていうかさァ、アイツが王城にいて魔人を狙うんなら、『キング・スミス』のほうが危ないんじゃあないの」
「逆をいえば、王城で『キング・スミス』を突破できるなら、こっちは成すすべがないのよ」
「ま、それもそっか」
「……あの。『キング・スミス』って? 」
エリカとジジは、そっくりに目をぱちくりさせた。
「会ってないの? 」
「……キミ、なんで知らないの? 」
「そんなふうに言われるほどのことか? 」
エリカがちらりとジジを見て、ジジは視線から逃げるように空中に目を泳がせた。
「ボクはキミと『彼』は、とっくに知り合いなんだと思ってたんだ。だって、近くにいてもお互いに知らんぷりするから」
「近くにいたのか? 」
「いたっていうか、キミ、何度も話してるよ。あいつ、変身に特化してるから」
「……ジジ。知らない人にばらさないで」
「でもあいつ、ボクには挨拶しに来たんだぜ。別にいいだろ」
エリカは、『仕方ないわね』と口を開いた。
「陽王にも専属の魔人がいるのよ。その名前が『ジョージ・スミス』別名を『名無しの王様』。役割は陽王の護衛ね」
教師の口調で、エリカは天井を指した。
「この王城で、彼の目が届かないことはないわ。きっと気が済めば、あなたの前にも正体をあらわすことでしょう――――」
◇
儀式の日は、全域で澄んだ新月の夜になった。
月明かりを失った夜空の色は深まり、冬の暦を示す星々の帯さえ鮮やかに判別できる。
祭儀場は陽王のはからいで、王宮の奥にあるものが提供された。
講堂は天井の一面が硝子窓になっており、煌煌と輝く星々がよく見える。サリヴァンはローブの下から、アンドリューがいる講堂の隅を確認した。
「面の皮が厚いよね~」
ジジがささやく。
「……あいつ、魔人研究の権威みたいな扱いなんだって? だからって他国の王家の大事な儀式にねじこむなんて、何考えてんだかね」
「……入れちまったもんは仕方ないだろ。貴重な機会ではあるし、グウィン陛下もヴェロニカ殿下も学位を持ってる。学者の気持ちはわかるんだよ」
「やっぱあいつ、あんとき殺しときゃあ良かったかなぁ」
「生かしといたおかげで、今はいちおう世の役にたつ、めどが立ってる」
「じゃ、害があったらその時は殺してもいいってこと? 」
「……そうなっても、おまえは手え出すなよ」
「そのときにならないとわかんないな~」
「自制しろよ。……もうすぐ始まるぞ」
おごそかに、陽王が先導するかたちで、フェルヴィン皇帝とその家族が入場してきた。
やつれたケヴィンの腕には魔人の破片が包まれた布があり、一番後ろから少し遅れて、布をかけられた鳥籠のようなものを抱えたサリヴァンの曽祖父コネリウスと、最後尾に、ジェーン・フルド卿の姿をしたエリカと続いている。
静謐な場に、二人が抱えるそれぞれから、ちゃりちゃり、がちゃがちゃと音がしていた。
サリヴァンは、視界の端で目を輝かせるサレンダーをとらえる。扉を挟んで反対側には、不安げなヴァイオレットが友人とともに場を見守っていた。
胸に澱のように溜まっていく不安を考えないように深く息を吐くと、長いローブのすそをさばきながら、祭壇の前へと進み出た。
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