8 覚悟を決めろ!★
挿絵はラストにあります。
年越しが迫っていた。
年が明けて五日に王城で貴族たちが集まり新年を祝う式典があるが、それまであと一週間と少々ほどしかない。
ましてや今回は、内内で公表されたとはいえ、次代陽王とその家族の正式なお披露目と、『審判』の公的な情報開示も兼ねている。
ただし、ただの魔術師として選ばれしものたちとの旅に同行することを決めているサリヴァンは、そこに家族と参列することはない。
ヒースとともに裏方で暗躍する予定なので、衣装の用意はしていなかったが、思わぬ『待った』がかかった。
「若いのがそれじゃあいかんだろう」
「そうだそうだ。旅立ちの前の最後の故郷の祭だぞ。着飾る機会は逃すべきじゃあない」
「そうですよ。女性は思い出で愛を深めるのです。若い今しかできないことというものがありますよ」
曽祖父と、派手好きの皇子と、新婚の外国の妃に、北の宮の食堂で同じことを違う言葉で言われながら、サリヴァンは断りの言葉を紡ぐためにゆっくりとパンを飲み込んだ。
「……いや、今年は有事の年でもありますし、そこまで華々しい式典にはならないんです。あとおれたち、それなりに準備に忙しくて……もう日も迫ってて絶対仕立ても間に合わないし……」
「どうにかしますとも! 」
「そうだぞ! 一時間だけ採寸に体を空けてくれれば伝手を使ってなんとかする! おれの顔の広さが大活躍だ! 」
「老い先短いじじいは曾孫たちの晴れ姿が見たいんだがのぉ~! 見たら寿命が延びる気がするんだがのぉ~! 」
「うっ、四方から囲い込んでくる……。本当に忙しいんですって! 」
事実、サリヴァンは忙しかった。
例の復活の儀式は、年内にある最後の新月の日と決まり、それが明日の夜に迫っている。もう一日と半分も無いのである。
サリヴァンはこれから、例の資料を製作したという魔人の研究者のもとで、意見交換の予定がある。儀式が終わるまでは北の宮の一室を借りて泊まり込みを予定していて、それが終われば、無理をおしてでも銀蛇から通いに切り替えることを決めている。
(工房でしかあの作業できねえんだよなぁ……進捗もすでに遅れてるし)
だからほんとうに忙しいのだ。
「……分かりました。ヒースのやつに話を持って行ってください。あっちがOKを出したらおれのほうも進めていただいて構いません! 」
三名から勝利を確信した歓声が上がる。
現実的に、こうした採寸は女性のドレスのほうがはるかに時間がかかる。
年中同じ作業服を着まわして、服飾に関心が無いヒースのことだ。面倒がって、持ち前の畏れぬ心で「え、嫌ですよ」などと、開口一番すっぱりだ。目に浮かぶようだった。
気付けに甘くしたお茶を一気にあおり、サリヴァンは逃げるように立ち上がる。
離宮の入り口では、さきごろ知り合ったばかりの妹の友人が、いくらか小奇麗な格好で待っていた。
「お待たせしました」
「いいえ。では参りましょう」
社交辞令に余分な駆け引きの言葉を挟まないまま、Msグリーン女史は、せかせかと歩きだした。
貴族女性らしさのないその様子に、サリヴァンはほっとして後に続く。
雑談など振られても、妙齢の貴族女性を楽しませるような話題は持っていなかった。えてしてこうした人は無言であるほうが正解のことが多いが、今回はそうもいかない。
「……相手の魔人の専門家というのは、どのような方ですか? 」
「西部グネヴィアの領主さま、その甥御様ですわ」
女史は、用意していたようにすらすらと応えた。
「アンドリュー・ルイス・アーロンという、四十がらみのハンサムな紳士で、華やかですが気難しそうな方ですわね。あの年頃の方には珍しく海外暮らしが長くていらっしゃいます。ご実家がご実家ですから、趣味として集めていたコレクションに没頭するうち好事家が専門家になった、というような経歴ですとか。ただ、お人柄がほんとうに気難しくいらっしゃって……注意事項として、彼に奥様はいらっしゃらないので、お喋りするときにされる『女房』とやらの話は、話半分に聞き流すのがよろしいでしょう」
「……架空の奥さんの話をするんですか? 」
「ええ。言葉数が多くて、ずっと喋っているような方です。話を有利に進めるために、口先の嘘を意図的にされるんです。そうですね、研究者というよりは、賭場のオーナーでもしていそうな。ここまで言えば大丈夫だと思いますが、気を付けてくださいね」
サリヴァンのこめかみが引きつった。それは、灰汁の強い人物と会話をする気負いからくるものではなく、その男の印象におおいに心当たりがあったからだ。
間の悪いことに、それとわかる男が前方から歩いてくる。
縞の入った上層国風のスーツに、整えた髭。
地毛の銀髪で遠目からは老いて見えるが、よく見れば青い瞳の洗練されたハンサムな紳士があらわれる。
男は最後は駆け足を越え、陸上選手のようなフォームで廊下を駆けてくると、すでに青筋を立てているサリヴァンの前で『おお! 』と声をあげた。
くっきりとした目は血走り、両手で自分の胸元を搔き抱いて、舞台上のようにくねくねしはじめる。
「おお、おお……!これはこれは! まさかとは思ったが! ああ、こんなところで思わぬ幸運! 」
「おれは不運だよ……サレンダー。てめえ、生きてたのか……」
サリヴァンは反対に眼鏡の奥で目を細め、吐き捨てるように言った。
「この時の再会のために生きていたともさ! ああ、神よ感謝いたします……! さてそれで、ジジくんはどこに? 」
「おれで我慢しな、サレンダー」
「おお、それはそれは……昔馴染みとの再会に胸躍っていたのですが、仕方ありませんか」
髭の下で、赤い舌が歯列のあいだを這う。
今にも杖を抜きそうな雰囲気に、Msグリーンはそれとなくサリヴァンの後ろに身を引いて盤面を見ていた。
「Msグリーン。こいつは魔人や魔術道具を違法に売買して指名手配されている凶悪犯だ。知ってたか? 」
「いいえ」
「こいつに興味があるのは魔人だけ。そりゃあ学者になれるくらい詳しいだろうよ。人呼んで『魔人コレクター』だ。品物のために、詐欺も盗みも麻薬もナイフも使ってる。サレンダーはおれが三年前に会った時に名乗っていた名前だった。……今はなんだ? ブラック・ジャックか? 」
「いやあ、アカネズミくん! 改めまして、アンドリュー・ルイス・アーロンだよ! あの九死に一生を経験してから、足を洗って実家に戻ってねぇ! この通りこれが本名さ! よくよく覚えていてくれたまえよ少年! いやあ、あいかわらず小柄でコンパクトだことで! すぎた過去は水に流して、意義ある意見交換といこうじゃあないか! 」
後ろから肩を組もうとする腕を掴み、サリヴァンはそのまま後ろへとひねり上げる。
「いてて、いてててて」
袖口から、ぽろぽろと小さなボタンのようなものが三つ四つと落ちた。靴裏でとらえてぷちぷちと潰していく。
アンドリューはさして残念そうには聞こえない声色で「あーあ、それ高いのに」と言った。
「意見交換。いいじゃねえか。聞きてぇことは山ほどあるんだぜ」
サリヴァンの腕が、男の襟首をつかんで引き寄せる。
長身の体が一瞬空に浮き、眼鏡の奥に睨まれて、男の額にようやく冷や汗が流れた。
「三年前は聞けなかったからなァ……知ってること、ぜぇ~んぶ吐いてもらおうじゃあねえか」
「こっ、交渉の余地はあるのかい? 」
「てめえ次第だ。ことによっちゃあ、ジジに会わせてやってもいいぜ」
アンドリューは息をのんだ。
「ふへぇ!? ほ、ほんとにぃ!? 」
胸の前で両手を組み、目を潤ませて両膝をつく。
「はっ、話します話します♡ ――――なんなりとっ♡ 」
サリヴァンが後ろから脛を蹴ると、アンドリューはにやけた顔のまま、おたおたと歩き出す。
「……あの、衛兵をお呼びしましょうか」
「今はいい。聞かなかったことにしてくれよ」
Msグリーンは、こくこくと頷いた。
足早に角を曲がると、「この再会に神へ感謝! 」という酔っ払いのような絶叫が遠くから聞こえた。
◇
アルヴィンはゆっくりと瞼を上げ、その空を視界におさめた。
「ここは……」
温かな風が吹いている。足首を柔らかい若芽の草がくすぐり、高原の切れ目には深い紺碧の海原と、透き通るような青空が見えた。
アルヴィンの思いつく限り、こんな場所は記憶にはない。海辺だが、ヴァイオレットの故郷とはこんな場所だろうかと、潮と緑のにおいがする風に打たれながらぼんやりと思った。
「ぼくは……ああそうか。ついに本当に死んでしまったのか」
手のひらがある。足がある。声が出て、首と頭がある。
アルヴィンは服の下にある自分の胸に空洞がないことを確認して自嘲した。
「――――いいえ。まだ死んではおりませんよ」
懐かしいその声に、肩が跳ねる。肌が粟立ち、口の中が乾く。
振り向いた先、膝を抱えて首を傾けたミケが、アルヴィンをまぶしそうに見上げていた。
「ミケ……? 」
「はい。アルヴィン様」
「ミケ! ミケだ……! ああ……」
アルヴィンは確かめるように何度も目をこすって瞬いて、膝を折ってミケの傍に近づいた。ミケは、目を細めて自分の手が取られるようすを見ている。
笑いもしなければ、泣きもしない。温かい両手からは力が抜け、アルヴィンにされるがまま、目を細めていた。
「ミケ……? おまえは本当にミケか? 」
「はい。アルヴィン様。ミケです」
ミケは、ゆっくりと立ち上がる。風に髪が草の上を撫でるようになびき、傾けた顔がアルヴィンに向き直った。
「私は『宇宙』の選ばれしもの。ミケ。アルヴィン様、あなたに試練を課すもの―――――」
ミケの足が草地を離れ、ふわりと浮く。
「――――神々の課した第二の試練は『意志の試練』。
『星』の選ばれしものアルヴィン・アトラスよ。
私はあなたの運命。あなたの障壁。あなたの道を阻むもの。
――――この私を押し退け、下し、神々にその意思を示すのです」
その手のひらに、星空を宿した炎が灯った。
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