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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
八節【ファム・ファタール】
222/223

8 されど魔術師は賽を振る



 さて、とさっそくサリヴァンは、メモまみれの紙の束に向き直った。

 そわそわとかたわらに立ち尽くす二人に、椅子を勧めるヒースの声を背中に、簡単に麻糸で綴じられたうちの一枚を開く。


 サリヴァンとて、はなから自分一人で儀式に挑むつもりはなかった。

 幼少期から訓練と教育を受けているとはいっても、サリヴァンは魔人の専門家ではない。

 杖職人であり、神官で、古代の流れを引く魔導戦士でもある。

 知識に偏りはあるのは間違いなく、しかし特殊な立場であるからこそ、その専門家への伝手があった。

 師エリカ・クロックフォードと、そして他でもない、魔人ジジである。


 忘れがちだが、ジジはこの世で最初に生まれた魔人だ。

 数々の『機能』は、三千年の長きにわたり自己改造を繰り返した産物でもある――――と、ジジは先日思い出したばかりの自分の過去についてこぼした。


「製作された素のままのボクの機能はね、極少化した細胞を操作することで成せる分解と再構築だ。機能の目的は『適応すること』。人間が行けないところに行き、人間ではできない精密さで仕事をするための力だね。

 変身能力はその応用で、これらは『語り部』ともほぼ共通した機能になる。ボクはそれに、『細胞の増殖』という機能を外付けに構築したってワケ」


「……そもそもジジは、語り部と同型だったってことか? 」


「いや、製造時点では、ボクのほうができることは少なかったよ。『魔人ジジ』は、始祖の魔女が語り部の前に作ったプロトタイプだからね。語り部たちと違って鍛冶神の手が入ってないから、悪い言い方をするなら洗練されていなかった。良い言い方をするなら、作りがシンプルだったからこそ、機能拡張できるほどの余裕を抱えてたんだ。ボクは自分でそれに気が付いて、自分の体に手を入れることにした。そうして出来上がったのが、今のボクってこと」


「―――――まあ、追い求めてた過去ってやつも、蓋を開けてみればこんなもんさ」と、ジジは他人事のように笑い飛ばした。


「……で、だよ。そんなボクから見たアルヴィン皇子の体についての見解。皇子の状態について考察するためには、王城で魔人化するときに何が起こったのかを推理する必要がある。さっきエリカにもお茶がてら所見を聞いたから、それなりだと保証しよう」


 サリヴァンは、先をうながすように顎を引いて指先で米噛みを叩いた。薄暗い部屋で眼鏡を長くかけていたせいか、にぶい頭痛がしていた。


「魔人としての皇子の体からは、語り部の機能がほとんど凍結されていた。読み違えてほしくないのは、『失われた』わけじゃなくって『凍結されている』ってこと。つまり、語り部としての機能を『保っているけど使えない』ってことになってる。鍵をかけたみたいに、そこだけ使えない。どうしてそう思ったかって? そうだな、現在のアルヴィン皇子の機能について分けよう」


「かんたんにいうと、魔人アルヴィン固有の力はひとつだけ。『冥界の炎』や『龍の炎を出す』って点だ。ヴェロニカ皇女の例をみるに、これらは人間だったころのアルヴィン皇子にも眠っていた力で、語り部魔人にある『再構築』の能力で、炎に適合できる体を手に入れた結果、表に出てきたものだと思われる。


 では他に、魔人アルヴィンが使えていた力は何か? 」


「『分解』と『再構築』……か? 」


「そう。ボクはその二つをまとめて『適応化』と呼んでいる。語り部魔人には、他には影への遁甲や、分離した体の操作、あとお馴染みの変身能力なんかもあったけど、魔人アルヴィンにはそれはできなかった。なぜなら、魔人にはそれぞれ制約があるからだ。その制約が、魔人アルヴィンにも宿っているはずの機能を凍結させていると、ボクは推理した」


「その制約の内容もわかるのか? 」


「状況を考えればおのずとね。いいかい? あの王城でどうやってアルヴィン皇子は魔人になったのか。それはミケが願ったからだ。具体的なやり方を言うよ。ミケは語り部と主人の魔力の繋がりを利用して、自分の銅板にアルヴィン皇子の肉体と魂を取り込んだんだ。そのうえで制約を上書きした。『アルヴィン・アトラスの魂に適切なかたちに銅板を再構築しろ』―――――とでもいうかんじに」


 サリヴァンは言葉を失った。

(……それは、なんというか)


「残酷だろ? どう転ぶにしてもさ、考えなしだったと思うよ」


「……いや、でも、追い詰められたなら、それは()()だろう」


「まあ確かに、極限状態で思考力の落ちた()()()()するかもね。でもあいつは魔人で、魔術の知識があるから踏みとどまるほうが『正常』だった。だってこのやり方は―――――」


「……まるで失われた古代の魔術みたいだ」


「はっきり言えよ。外法の魔術だ。魂と肉体をくべるなんて、まるで生け贄とおんなじさ。禁じ手ってやつだろうさ。

 魔術は神の奇跡の再現だけれどね、これはそれより一段ランクが天上に近すぎるよね。知識がある魔人が制御して技術を悪用すれば、神の奇跡に近いものが実現()()()()()()と、証明してしまったわけだ。なんて恐れ多いことだ。ボクが神様なら、こう考えるかもしれない」




【 ()()()()()()()()()()()()()()()()()  】




「それは……たとえば、蘇りの薬を作った医神が雷に打たれたように? 」


「そう。女神より美しい女が、怪物に変えられてしまったように」


「………それほどのやつか」


「そうだ。そして、その悲劇はまだ終わっていないとしたら」


「……アルヴィン皇子には、まだ蘇る見込みがあるのか? 」


()()


 ジジはきっぱりと断言した。



「ミケのことだ。絶対的に主人を守るため、強い意思で制約を刻んでいる。()()()()()()()()()()()()()。外殻がばらばらになったからといって、あそこにはまだアルヴィン皇子の魂を守護するための魔法が核となる本体とともに残っているはずだよ。というか、後続機である語り部が、試作機であるボクの構造を覚えていて使ったと考えたほうが筋が通る。術式を再起動できれば、それだけで制約が外殻を繕ってくれるだろう。そうして晴れて、じゃーん! 蘇りは成功する」


「蘇ったとして、どうなると思う」


「神々の采配の匙加減は、ボクには分からないよ。ただ、これまでの比ではない運命が、あの魔人に降りかかるんじゃないかしらね。その火の粉は周囲の人間にもおよぶかも。ボクがこの悲劇の脚本家なら、アルヴィン皇子にはここで感動的に蘇ってもらって、もっと派手な見せ場でド派手に殺すね」


「被害を抑えるには? 」


「神が望む結果を出すこと」


「それってなんだと思う? 」


「悲劇を乗り越えることじゃない? つまり、英雄的な行いってやつさ」




 ◇




 サリヴァンはずっと考えていた。

 あの銅板の中からアルヴィン皇子の魂を取り出すことができれば、そして正しく冥界へ導くことができたのなら、それが最も穏便な結末ではないか。


 違えたものをあるべき道に戻す。

 それなら、神官として手を出せる範疇になる。



 ―――――結論は出ていた。

 資料は註釈まみれで読みにくかったが、少ない材料だけで大枠を考察だけで言い当てていたことには驚いた。

 ジジの結論とも重なる部分が多く、なるほど、まっとうに優れた学者がこの国にはいて、きっと彼らは人類の歴史が続く限り後世に多くのものを残すだろう。


(自分のできること、か)


 椅子で眠りこける妹たちに毛布をかける。

 ヴァイオレットが言った一晩を越え、朝が来て、昼が来て、また夜が来て、もうすぐまた日が昇る。

 サリヴァンは神官で、職人で、魔導戦士であって、学者ではない。

 継承されるものを正しく受け継いでいくことが役割で、挑戦や博打で一発逆転を狙うことではない。



「……神がここにおわすなら、おれとお前のどちらの願いを聞き届けるんだろうな」



 

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