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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
八節【ファム・ファタール】

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205/226

8 怒りをくれよ②

スート兵、おさらいとまとめ。


皇帝(武)=鉄=ソードのスート兵

女帝(富)=金=コインのスート兵

教皇(伝統)=銅(青銅)=ワンドのスート兵

女教皇(神の加護)=銀=カップのスート兵


※四帝のみ、『譲渡』または『簒奪』という二つのやり方で、他者への権利譲渡が可能となる。

※四帝のみ、審判より能力として私兵であるスートゴーレムが与えられる。

※これらのスート兵は、語り部魔人と同じく、持ち主の素質にあわせて細部の姿を変えることがある。

※教皇に『語り部魔人24体の管理者』としての権限があるように、皇帝にも『審判を開始させる権限』がある。

※女帝・女教皇は、皇帝・教皇の席がない/または皇帝・教皇の権利が女性に移行された時にのみ発生する。そのさい権利を移行された皇帝・教皇からは、権利がはく奪される。

※一度権利を失ったものが、再び権利を得ることは可能。


 裏通りとも言えない路地は、増築を繰り返した結果、へたな積木のように左右から壁が突き出し、路地から見える空を隠していた。

 日光が射すわけもない窓枠は、埃がたまるほど開けられた形跡がないものの、その奥には灯りと人の気配が残っている。


 それをシオンは、かろうじて路地全体を見渡せる三階の窓辺を陣取って把握するや、忌々(いまいま)しげにうなった。


「ここは戦いには向かないな」


「どうにかならないわけ? 」


 と、苦言を(てい)するジジの声が、シオンの襟元から聞こえる。


 シオンがジジの子機とともに旅をした数週間。

 あれからしばらく経ち、ジジという魔人は、すっかり自分のもとから去ったとばかりシオンは思っていた。

 それが実はそうではなかったと知ったのは、今からほんの十数分前だ。

 抜け目のない魔人は、神出鬼没といえるシオンに自分の残滓(ざんし)をくっつけたままにしていたらしい。

 事態の鎮圧(ちんあつ)のため、兵の移送をしていたシオンのもとへ、自分の主人からの依頼を告げたジジに合意したシオンは、王都の手前で立ち往生(おうじょう)しているフェルヴィン皇帝一行のもとへとおもむき、ここまで連れてきていた。


「たしかに、ここじゃあ狭すぎる」

 シオンは、自分の手を握ったり開いたりしながらジジに言った。


「でも、あれらも纏めてどこかに連れて行くなら、おれが作った扉を通ってもらわなきゃならない。おれも今日はだいぶ消耗しているし、何より敵がおとなしく移動してくれるかどうか」

「誘導は」

「できるなら用意はするけど、肝心の場所は? 郊外の開けたところに出せば逃げやすくなる。人がいなくて、かつ閉じた場所。そんなのあるか? 」

「ふん。ボクに期待してるってわけね。まあ思いつく候補地は任せなよ。キミ、能力のくせに情報が足りてないんじゃないの」

「そりゃ期待してたけどォ……。あのさ、おれは学生時代から真面目で清楚(せいそ)な美少年で通ってたわけよ?こんな治安の悪いところは、むしろ詳しくないほうが当然であってェ……」




 ◇



 ――――一団(いちだん)で先陣を切ったのは、やはりというべきか、ヴェロニカであった。


 龍の先祖返り――――その証である星の光を宿した龍の火をまとい、もう一枚の壁のように立ち塞がった皇女の体は、『魔術師イシス』に肉薄し、ローブに包まれたその矮躯(わいく)の中心を、瞬く間に殴り飛ばした。


 皇女のはんぶんほどしかない『魔術師』は、声を出す間もなく壁に埋め込まれる。

 皇女は抜け目なく、襤褸(ぼろ)切れのようなその姿を見下ろして側に立った。刃金(はがね)色の瞳は怒りをたたえ、こんなものではあるまいと、冥府から蘇った巫女の挙動を観察している。

 ローブの下で少女の指がかすかに動く。

 その瞬間、ヴェロニカは突き下ろすような拳をふたたび撃ち込んだ。石畳が弾ける。


(……知ってはいたけど、皇女の怒りはすさまじいものだな)

 シオンは、もはや習性から、拳の威力を自分の体で受けることをつい想像して、冷や汗をかく。


 シオンが路地に戻ると、ジジが告げた場所への扉を路地の通路のひとつに繋げ、伝令としてジジが各方の影に散らばった。


 もう一人の羽帽子へ相対するのは、ヒースとアルヴィン。そして『教皇』グウィンである。

 妹と違い、こちらは静かにたたずんでいた。


 羽帽子もまた、一定の距離からじりじりと睨みあって動かない……いや、動けない。その周囲を、鈍い金の帯のようなものが、ほんのわずかな羽音を立てて泳いでいる。


 サリヴァンが『教皇』を持っていたころ、いちども『教皇』のスート兵を使う機会がなかった。

 『皇帝』の鉄のスート兵と、『女帝』の金のスート兵は、武装した人型をしていた。

 そして誰もが目にしていなかったが、『女教皇』の銀のスート兵は、翼を持つ三連の円環(えんかん)である。


 『教皇』のスート兵は銅製。金色だが金よりもにぶい光を反射し、返す光がわずかに赤かった。

 ひれを思わせる(はね)を左右に持ち、断面は刃というより氷のように薄く、帯のようにヒラヒラと長い体をくねらせるさまは、魚に似ている。

 しかしあるべき場所に、顔を構成する目鼻口といったものは、何一つとして存在しない。

 無機質だが、静謐(せいひつ)ともいえた。幾何学的(きかがくてき)な機能美の中に、冷たい清らかさを纏って、羽帽子の男の周囲を回遊(かいゆう)している。

 まるで檻だ。


 ジジが耳元で告げることで、全員に次の指示がいきわたった。

 ここで仕留めるのもいい。しかし、これで終わるわけがない。


「……動くよ」

 ジジが言った次の瞬間には、全員が石畳を避けるように壁に、あるいは空へと跳んでいた。

 積みあがった砂ぼこりがさざ波のように石畳の上を撥ね、青黒い文字が広がっていく。無数の蛇、あるいは蛭、蟲が(うごめ)くように――――。


 ずん、と地面がわずかに揺れた。すえた匂いとともに、青白いかすみが空間に滲む。


「――――冥界の霧!? 」


 霧の中から起き上がるように、人影が三つ顕現した。

 グウィンの歯が、ガチリと噛みしめられる。舞い上がったアルヴィンが、立て続けに床を舐めるように炎を打った。


 その姿を視界にとらえた亡者のひとり――――赤い鎧の男が、獲物(えもの)を前にしたように唾を吞みながら嗤う。

 次の瞬間には、男は炎を踏みつけて、自身の脚ほどもある棍棒(こんぼう)を振り抜く。それはアルヴィンの肩をとらえ、建物を揺らすほどの衝撃をもって墜落(ついらく)させた。


「ギャヒッ! 」

 赤い鎧の男は蓬髪(ほうはつ)の下で唾を飛ばすほど笑い、素早く迎撃の体制を取ったアルヴィンに一撃、二撃と打ち込んだ。



 ◇



 ヴェロニカの目は、ずっと『魔術師』をとらえていた。自分の手で地面に沈めたその姿が、霧の中で川底の泥のように融ける姿も見ていた。

 そして次には、捕まっていた窓枠から霧の中に踏み込み、亡者と思われる黒髪の男に拳を打ち出していた。


 同じように、龍の炎を纏った巨躯(きょく)が青い騎士に殴りかかったのが見えたので、獲物は譲ったかたちとなる。

 亡者の中でひときわ小柄な体は、その攻撃を見切ることはおろか、察知することもできない。

 彼は将であっても文官であり、そして王であったから。


 老体とはいえ、ヴェロニカと同じ先祖返りと(うた)われる体から繰り出された拳は、むしろ渾身(こんしん)の冴えを見せていたから。


 コネリウスは、吹っ飛んだジーンに組み合い、投げた。


「……コニー」

 投げ飛ばされてようやく、ジーンは口の中でその名を口にする。



「うぅうおぉおおおおおおおッ!! 」


 コネリウスは雄たけびをあげ、ジーンを投げ捨てた扉へ向かって、自身も飛び込んだ。

 それに、黒髪の騎士と組み合ったヴェロニカも続く。




「……クソ。『魔術師』め。面倒なことしやがって」

 ジジは、眉間に皺を寄せて路地裏に残った面子を見下ろした。混戦である。


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