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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
八節【ファム・ファタール】

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8 Shiny Ray③

 色とりどりの小さな光たち。

 ――――それは天空の星々にも似た姿で、この大陸の形に灯っていた。


(…………大きい)

 ジジは、目の前の光景に目を見張る。


 無数に輝く光の粒で構成される、ひとかたまりの【かたち】。

 その光の一つ一つが、人々の営みであり、王や貴族が維持するものであり、()()()()()()()()()()()


(ああ……キミは――――)

 ジジとサリヴァンが出会って二年。

 ジジが、サリヴァンを『ガキ』と嘲笑ったあの日から、()()二年。


 サリヴァンの目が、手が、無数の光の粒をなぞる。術者の思考を読み取って光は色を変え、不要な色は消えていく。

 いまこのとき、どこかの土地で発生している魔術のひとつひとつを、サリヴァンは精査していた。


 ジジが見つめる先、その背中が大きく息を吸って膨らむのがわかった。

 息継ぎのようなため息だ。

 緊張と焦り。そして責任感。サリヴァンの十七年間という人生には、その『責任』という言葉がついてまわる。

 『預言』によってさだめられた運命と、体に流れる血脈が、サリヴァンから多くのものを奪うかわり、一握りにしか与えられない特権を得ることとなった。

 すべては、いずれ来る運命のための備え。

 それは、いつしかサリヴァンにとって、そこにあって当然のものとして、噛んで飲み込み、血と肉として体に宿るものとなった。



「サリー……これは国すべてに影響する大魔法だよ。キミにこんなこと言いたくないけど……魔力、足りるの? 」

「ほんとに誰に言ってんだよ。おれだぞ? 」

「……わかった。任せるよ」


(どうして今ここで、それをできるやつが、キミしかいないんだよ)


 ジジはそう思う。思うけれど、絶対に口にはしない。

(相棒だもんね。ボクたち)

 ジジは忘れていない。ジジはサリヴァンの保護者ではないのだ。そしてサリヴァンのほうが、ジジを庇護すると師と国に誓い許された、ジジの主人である。

 サリヴァンには責任があった。当然のように背負いこんだ荷物の数や重さを、サリヴァンは意識していない。

 だからジジは、サリヴァンが『教皇』をみずから手放したとき、実をいうと少しほっとしたのだ。きっとエリカも同じだっただろう。


(……ほんと、キミはよくやってるよ)



(生活に使う魔法は除外する)

 サリヴァンの指が空をなぞるたび、選択した色の光が消えていく。

(……まずは威力の大小で判断。……基礎的なものも除外。……北で使う炎魔法は、消すと万が一があるからこれも除外……他は……)


 きっとジジは気が付いていただろう。

 『教皇』を身から離したとき、サリヴァンの肩からは、はっきりと力が抜けたことを。

 サリヴァンは、そこではじめて重荷を自覚して、そんな自分自身に少し驚いた。

 そして徹底して始祖の魔女の名を残さなかった師の気持ちが、すこし分かった気がした。


 頭の隅で考える。

(……おれは、名誉も称号も、富も権力もほしくはない。王に適性があるとしても、だとしても……やりたくは、ない)


 大人は簡単にいう。『夢はないのか』と。

 ――――王太子か、『教皇』か。

 師に提示されたいずれかの栄光の道を自分で断ち、第三の道を選んだあと。サリヴァンの中には泡のように、どこからか自然と、何年も考えあぐねて言葉にできなかった『それ』が生まれた。

 まだ誰にも言ったことがない、小さな『夢』の発芽だった。


 喉の奥に血の味がある。唾を飲み込み、鼻血を拭う。

 むず痒いような思い出し笑いをすこし漏らして、最後の選定を終える。


 一億と百十二。

 『杖』を持つ魔術師の数だけあった光は、万、千、と数を減らし、いまや千に少し届かないほどを残すのみとなった。


「……さてと」

 意気揚々と出した声が掠れていて、また少しサリヴァンは笑った。



「殿下、龍の炎をお借りします」



 ◇



 路地の奥から悲鳴が聞こえる。

 立ち並ぶアパルトメントのどこかからも。

 悲鳴や、怒声、壁越しに怯える誰かの吐息すら、耳に届くようだった。

 折り重なる建物の影の向こうにある煙が、炎の影が、いまだ遠い夜明けの光が、王都の暗闇で息をひそめる無辜の人々の呼吸を小さくし、恐怖を誘引し、伝染し、共鳴させる。

 杖を握り、忘れかけた神への祈りを思い出す。


 誰しもが眠ってなどいられなかった。

 誰しもが目を開けていた。

 誰しもにとって、とほうもなく長い夜だった。


 誰かの杖先から光がほとばしり、血が流れ。

 せいぜい生活に火を灯すだけだった無垢な杖が、殺すために振るわれ、守るために振るわれた。


 サリヴァンは、いましがた耳たぶで弾けた耳飾りの残骸で切れた頬を拭いながら、自分の役割について思いをはせる。

(……おれは死ねない。まだ死なない。後には『審判』も控えてる。だから―――――)


 脳裏には、ヒースの顔があった。


(――――こんなところで死ぬわけにはいかないよな)




 ◇





 ―――――ドンドンドン!

 リサは、かたく目をつむり、震える手で自身の杖である腕輪を握り締めた。

(ああ、どうしてアタシがこんな目に……)


 ろくでもない親元に生まれても、腐らずに生きてきた。

 売り飛ばされて孤児になり、貧しくとも盗みや殺しに手を染めず、学はなくとも、場末の酒場のウエイトレスでも、まっとうに。

 けちで助平おやじの店主が、今夜に限っては店を早じまいして従業員を家に帰らせた。

 裏路地と呼ばれる、後ろ暗いやつらしか入っていかない界隈で、何かおそろしげなことが噂されているらしいと。

 店主はけちで助平だし、店の治安もよくないが、リサが店を辞めないのは、この店主が従業員の安全という点で信頼がおけるというのが大きかった。兄たちもその点は店主を信頼し、安心してくれている。



 ―――――ドンドンドン!


 扉の前にいるのは、隣人の独り身で暮らす老婦人だ。

 むかしはどこぞの高貴な人に見初められたこともあるという、派手好きで上品なあのおばあさんが、孫のようにかわいがってくれたリサに向かって、まるで飢えた冬の熊のように襲い掛かってきたようすは、まるで悪夢のようだった。


(ああ神様……! いるのかわかんないけど、よくよく確認してよ。アタシ生まれてこのかた、こんなふうに殺されちまうような悪いこと、した覚えないんだってば……! )



 ボン、か、バン、か。

 とにかく扉が弾ける音がした。寝室に向かって足音が近づいてくる。

 右手にある細い銀の腕輪の感触は心もとない。

 杖を与えてくれる大人のいないリサたちに、近所の杖職人見習いの少年が施してくれた杖だった。

 『ろくなことに使いやしない』と言ったのに、繊細な蔓草の紋様が刻まれて、小さいが澄んだ色のエメラルドが内側にはまっている心尽くしの品で、お守りだった。

 窓の外は炎で赤く、兄たちも夜の仕事に出たきり戻らないまま。あの初恋の杖職人も、どうなっているか分からない。


 片足を引きずる足音は、あの老婦人のものであることは確かで。


 リサは、クローゼットの中でくしゃりと顔を歪めた。


(ああ、お兄ちゃん―――――! )




 ヴァイオレットはおもむろに、車窓の外を見た。何か前触れがあったわけではなかった。

 慌ててかたわらで座ったまま目を閉じているヒースを揺り起こし、外の光を指す。


「言ったでしょ。きみの兄貴はすごいんだって」

 ヒースはにっこりとして、なんどもヴァイオレットの肩をさするように叩いた。



 王都の空を貫く銀色の光。天に向かっていく長大な銀の蛇の群れ――――。





「ああ……」

 どこかの路地裏で、羽帽子の男は息を漏らした。

 それは感嘆とも、落胆ともとれる短いうめき声だ。


「……いやなものですね」

 ばさりと衣擦れの音とともに、羽帽子の男の歪な影のとなりに小柄な影が寄りそう。


「こうも早く対応されるとは……腹立たしい」

「……神々が味方しておるのだろうな」

「いずれ裏切られるとも知らずに、いじらしいことですね」

 外套の下から、憎悪に淀んだ瞳が光を睨みつける。


「目的を忘れてはなりませんぞ」

「わかっていますとも。……これで程度は知れました」

 照らし上げられた褐色の肌には、無数の藍色の刺青が刻まれていた。







 リサは、老婦人の体を、銀の光が貫き、天井へ――――空へと昇っていくのを見ていた。

 それはリサと婦人それぞれの杖からほとばしったもので、まるでリサを守るために出てきた光のように見えた。

 星々を束ねてできたような銀の光の帯。それは、つましいながらも窓辺に巻いた、年の瀬の銀のリボンに似ていて。


 その夜、多くの人が空を見上げて神へと祈った。

 ほとばしる光は、まぎれもなく奇跡による光景だった。


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