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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
一節【魔法使いサリーと灼銅の魔人】

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12/226

1 ミケ


 両断された銅板がアルヴィンの膝を打ち、カラカラと音を立てて床に転がる。

 霞を掻き集めるように虚空に両腕を伸ばしかけ、それがもうどこにも無いことに気が付いたとき、アルヴィンは膝を折って、語り部の亡骸に――――魔法が解けた銅板に覆いかぶさって慟哭どうこくした。


 魔術師が手を掲げる。

「っ! 返せぇッ! 」

 銅板の片割れが、見えない糸に引かれるようにして、魔術師の手に収まった。

「返しませんよ。()()は、大切な材料ですもの」


 魔術師の足の裏が、地を離れた。巨神の像を背にして、魔術師はミケの生れの果てを掲げる。


「この国は魔女の墓。魔女の亡骸はここにある。墓守の血もここに五人……あとは魔女の末裔だけ。……ははっ、ははははははっ! 」


 魔術師は膝をつくフェルヴィンの王族たちを眼下に望み、高々と哂った。「はははははははは……! 」

 笑い声にあわせ、躍るように亡者たちの青い炎が燃え上がる。

 アルヴィンは、目蓋を掻きむしりながら床に額をつけた。視線が勝手に犠牲者たちを数えてしまうことが恐ろしかった。


「さあ……選定が始まる。審判が始まる。我が主が蘇る…………」


 魔術師はローブを脱ぎ捨てた。

 眼孔に青い炎を宿した()()()()()がそこにあった。

 亡者は笑う。その手の中で、銅板ミケが鼓動を打つように波打った。

 掲げられた手の中で、銅板はそのこぶしを包み込むように形を変える。魔術師の口が開き、その青い炎が宿る咥内に銅板は、()()()と吸い込まれた。


「……くっ、くふふふふふふふ……」

 噛み締めた歯列の隙間から、青い炎が吹き上がる。

「ふふふふふふふふふふ………はははははははは…………! 」


 アルヴィンは涙に濡れたまま、ぼんやりとそれを見上げていた。

 「逃げろ」と父の声が言う。アルヴィンの身体は氷像のように固まって動かない。動きたくないと思った。ミケを失って得た感情が体を重くした。

 今度は下から風が吹いた。

 いいや、それは風というよりも波だ。押し寄せ砕ける冬の海の大波に似ていた。

 氷のように冷たい冷気を乗せた衝撃。屈強なフェルヴィンの男たちの呼吸が止まる。

 アルヴィンは、自身の軽すぎる身体が渦に巻かれながらもがいた。顔をかばって突き出した自分の指越しに、激しく揺らめく青い炎を見る。

 その炎の中に見上げるほどの巨大な髑髏どくろが浮かび上がり、揺らめきながら、屍の手足が溺れて漂っている。

 アルヴィンはつい、その小枝のような指先へ手を差し伸べ――――髑髏の眼孔と視線を交してはじめて、はしった本能からくる悪寒に、それが間違いだったと知った。

 その髑髏の腕は、いつしか立派な剣を握りしめている。剣先が上がり、ぬらぬらと煌めく鋼が、アルヴィンの顎の下へとなめらかに添えられた。音のない世界で、炎の向こうで叫ぶ父や兄の姿。

 そして――――――。


 ……魔術師の声が響く。


「冥界より来たれ! わが手駒! ――――月白の金の髪。青銀の瞳。乙女にも勝る白磁の肌……!肉体は滅びても魂はこの墳墓に! 今こそ新たな物語を刻む時! おいで! この手を取るのだ!




  ジーン・アトラスッ! 」




 視線をかわしている髑髏に、肉を持った肌が重なっていく。がらんどうの眼孔に、輝くような青い瞳が収まり、白い瞼がその上に降りた。瑞々しい白い頬から続く首から下は、老人のままに乾いている。


「老いて病に屈した貴様に、再びの美貌と栄光を与えよう! 蘇るのだ! 虚無と絶望の生者、アルヴィン・アトラスの頭蓋骨を糧として! 」


 アルヴィンは炎の中に見た。

 かの皇帝が、微睡みから覚めるように再び瞼を開き、アルヴィンに向かって悲しげに青い瞳を揺らめかせて遠ざかる。

 交差し、結ばれた視線は、アルヴィンの意識が闇に閉ざされていくことで離れ、アルヴィンの意識は銅板の片割れと共に、無音の暗黒を切り裂くように、どこまでも果てしないところへと落下していった。




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