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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編集

忘れる事を忘れる

作者: 海蒼柊

 今日は月曜日だ。今日はなんだか気分が沈んでいる。起きたばかりだからかもしれない。

 そうだ、ゴミ捨てをしなくては。今日は可燃ゴミの日だ。とりあえず目の前にあったティッシュを持って、ゴミ袋に捨てる。

 ……と、タイミングが悪いが、トイレに行きたくなってしまった。少し作業の手を止めて、済ましておこう。

 トイレから出ると、玄関の所に黒い大きな袋が置いてあった。何だろうと覗いてみたところ、異臭がした。誰がこんな所に置いたのだ。嫌がらせか? ここはこんな物を置いておく場所じゃない。気分が悪いので、口を縛って玄関先に出しておいた。

 空が綺麗だ。ちょっとした散歩にはいい天気じゃないか。私は家の近くを歩き回る事にした。大通りに出ると、ビルの電光掲示板に、『今日は四月五日、木曜日です』という文字が流れるのが見えた。木曜日なら、すぐそこの八百屋がセールをやっているはずだ。行ってみよう。

 てくてくと歩いて、ようやく精肉屋にたどり着くと、そこはシャッターが降りていた。いつの間に潰れた? 昨日まで普通にやってたはずなのに。顔見知りの店主は同じ建家の二階に住んでいるはずなので、多分チャイムでも鳴らせば出てくるだろう。

 二階のある一室でチャイムを鳴らすと、すぐ若い女の人が出てきた。見覚えがない。

「ここ、加藤さんのお宅じゃなかったですか?」

 女の人は少し考えて、思い出したように答えた。

「ああ、加藤さんならここじゃなくて二軒隣ですよ。」

「ありゃ? そうでしたか。ここのはずなのに」

「恐らくうろ覚えなのでしょう、二軒隣であってますよ」

「うーん……そうでしたか。ありがとうございます」

 どうやら……、間違っていたようだ。おかしい。合っているはずだが。

 建家を出ると、見たことの無い住宅地が広がっていた。何処だ、ここは。

 私は混乱したまま、大通りに向かって歩いた。しかし何処まで歩いても大通りには出ない。さらに混乱する。まるで日本ではないどこかに来たようだ。私の家の周りにこんな建物はなかった。もっと……もっと、どんな感じだっけ?

 なんだか同じ場所をぐるぐる回っているような気がする。そう思った時、目の前に踏切が現れた。よかった、同じ場所を回っている訳ではなかったのか。なんで道に迷ったのだ、仕事に行く道くらい覚えているだろう。

 早く行かないと仕事に遅れる、急がねば。私は線路に足を踏み出した。その時、カンカンという音と、蜂の腹みたいな色合いのパイプが背中の後ろに降りてきた。

 右から、轟音とファンファーレが近づいてくる。なぜ祝われているのか分からなくて、その方向を見た。瞬間、ストロボを焚かれたように目が眩んだ。

 私は強い衝撃を受けて吹っ飛ばされた。天地が逆になり、方位感覚が打ち砕かれた。体がどこにあるのか分からなくなった。体が痛いのか、痛いのが体なのかわからなくなった。

 体は無重力に支配され、視界はこれ以上無い程白く、聴覚は高い快音に包まれた。何故か、小さい頃によく遊んでいた公園を思い出した。雲梯の向こう側には自分がいた。


「以上が、彼の脳内ブラックボックスに残留していたログです。」

 日々進歩し続ける現代医療に置いても、完治できない病というものは山ほどある。

 記憶や認知に関する病気において、脳内にナノブラックボックスを埋め込み、その中に五感と思考のデータを記録することで、擬似的な記憶中枢として記憶力を再生する試みが為されていた。

「患者の記憶力は回復しませんでした。」

 記憶に関する脳の諸器官が上手く働かない所を、ブラックボックスによって代替するのが狙いだ。しかし通常は肉体に存在しない器官を無理矢理設置するため、ブラックボックスを上手く活用出来ない。その反面ブラックボックスは記憶を生成し続けるため、このように『物語は続いているのに話は噛み合っていない』データが残る現象が見られる。

「そうですか……」

 患者から目を離したうちに死亡してしまったため、患者の親族はブラックボックス内のデータを閲覧することを要求してきた。報せを受けて病院にやって来た患者の兄は、悲しそうに目を伏せた。

「私がもっと早く気づいていれば」

 彼は後悔を滲ませてそう呟いた。その後、彼は諸手続きを終わらせて帰宅した。

 この患者は二十八でこの世を去った。早すぎる最期だ。ブラックボックスの埋込み手術を行った患者はこれで三人目。一人目と二人目はどちらもご老人だった。

 回転椅子にもたれた私は、誰にも聞こえない位の声量で呟く。

「忘れた事すら忘れてしまう……か」

やっぱり健康が一番なんだなって

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