始めてのギルド
僕の目の前にベルナさんという優しさに溢れている人と、勇敢で豪傑そうな人達がいる。
他にも沢山の人がいるけど一人一人が何故か輝いているように見えた。
僕はここにいていい気がする。
だからベルナさんについて行って、自分のことを沢山知って、僕もみんなのように輝いてみたい。
「そういえば…。名前を覚えてないのは不便よね」
「思い出すまでで良いですから、そのぉ……それまで使う名前をつけてくれませんか?」
「おい良いのかよお前。ベルナさんネーミングセンス皆無だぞ」
「ちょっ、失礼ね!」
「それでもです!ベルナさんが良いんです」
「うふふ、じゃあ決めます!え〜っと貴方の名前は〜、決めた!クロね!」
「クロですかぁ。うん、僕はクロです!」
この二文字がこの子供の名前となり、後に世界に名を馳せるようになる。
馬には初めて乗った。
乗ったことがあるかもしれないけど、人間よりも大きな動物に乗るのはすごく頼り甲斐のある足に感じる。
それにしても、
「あの、ベルナさん。お尻がすごく痛いです」
「馬に乗るのが初めての人はみんなそうだから、もう少し我慢してね。ほら、街を覆う外壁が見えてきたよ」
「うおぉ〜、遠くからでも大きいのが分かりますね」
あの日、枷を外してもらってから三日が経ったこの日、ハンスさんが詳しく教えてくれたミスランの街という所に移動した。
今日からは僕のかえる場所…住む所だ。
お尻痛い。
一行は薬術師を呼びあたりに散らばる液体を調べ、人体に甚大な影響を及ぼすであろう液体だと断定し、ここら一帯を立ち入り禁止区域にした。
他に危険だと判断できるものはなかったのでこれ以上の探索は不必要と判断し街へと帰ってきたのだ。
冒険者も慣れているとはいえ、職務に縛りすぎるのも仕事の効率を下げてしまう要因になるためでもある。
ミスランの街は大きな外壁に囲まれておりナルセルム王が国を作るにあたって利用していた頃の名残である故、この街の歴史もかなりのものだ。
「ベルナさん、ここは沢山人がいて、食べ物がありますね」
「あとで食べさせてあげるからちょっと待っててね。ギルドにいかなきゃならないし、貴方の着ているその服は奴隷と間違えられちゃうかもしれないからね」
「はい!分かりました!」
どんなものが食べられるんだろう。
僕って食べ物を美味しいと思えるのかな。
早く食べてみたいなぁ。
色んな建物を沢山見ていたらすぐにギルドっていう所に着いた。
ギルドっていうのは冒険者の仕事を探してくれるから、冒険者の人達はここに集まるんだっけなぁ。
ギルドは比較的大きな建物であり冒険者の仕事を斡旋するだけでなく、食事を提供したり宿の代わりとして小さな部屋にごく僅かだが低ランク冒険者が寝泊りをしている。
そのギルドには一室大きなフロアがあり、冬などの仕事がほぼない時期以外は冒険者で賑わっている。
「みんなぁ〜ただいま!」
「早く進んじゃってくださいよベルナさん」
「みんなここ通るんだから入り口で立ち止まってないで、さぁ」
「挨拶くらいさせてぇぇぇッ!」
ギルド内はどっと笑い声に包まれ、あまり慣れない雰囲気にクロは気圧されてしまい、ベルナの背後に半身を隠すようにして隠れた。
それに気づき入り口付近の席に座っる人が興味津々な様子で話しかける。
「おっベルナさんその子供どうしたんです?」
「可愛い子だねぇ、隠れちゃったりして」
「とうとうベルナさんが奴隷を買ったのか」
それに対してベルナは声のトーンを下げ真面目に答える。
何せ自分が連れてきた子であり、その責任をしっかりと持たなくてはならないからだと深く感じているからだ。
「ううん、この子は奴隷じゃ無いのよ。……ちょっと言いにくいんだけどね、この子、常識的なことは分かるんだけどそれ以外の記憶が無くて、発見してしまったからにはどうにかしなきゃならないから、探索先から連れてきちゃったの」
このギルドであるからこそ本当のことを全て述べることができるのだ。
「ベルナさんらしいっちゃらしいですね」
「ねぇ怖がってないで、お姉さんに名前教えてくれないかい?」
「ぼ、ぼくは、ぼくの名前はクロって言います…」
しっかりと答えられたクロにベルナは母親のような微笑みを浮かべた。
「へぇそうなの。じゃあこっちも教えないとね。こっちのごっついおじさんがグラベスで、私はメラっていうの。メラお姉ちゃんって呼んでね」
「おじさんってなんだよ、俺まだ三十だぞ…。クロ、よろしくな!」
「はい!これからよろしくお願いしますっ」
「さっ、クロは着替えなくちゃならないから詳しいことは探索に向かった人達に聞いてね」
そう言うとベルナはギルドにあるギルマス室、今となっては自室のように使っている部屋へと向かった。
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ここは凄いです。
綺麗な女の人とか筋肉が盛り上がっているおじさん、かっこいいお兄さんとかが沢山いるけれど、それが普通って初めて来た僕が思えるような場所です。
それに全員怖そうな人もいますけど、話してみると優しい人ばかりでいいところです。
服を着替えさせてもらえるみたいですけど、どんな服なのかも楽しみ。
「じゃあこの部屋に入って待っててね、ついでに体も拭いてさっぱりしたいでしょ?」
「はい、お願いします」
ドアは閉じられクロは部屋に一人となる。
外にいる時は排泄時以外は殆ど一緒にいたクロは、ここで離れ離れになって少し心細いということにはならない。
あらゆるものが目新しいクロはそっちのけで惹かれた部屋の中を隅々まで散策を始めた。
「ふわぁ、これ木でできてるのにすごいつるつるする〜。これはなんだろ?あっ、これは受付ってところのお姉さん達が使ってたやつだ!」
羽根ペンの羽の部分を顔に近づけてじっくり観察したり、手のひらや顔に撫でつける。
「わさわさ〜」
感触を口にだしより感触を楽しむクロ。
これはすごいです。柔らかいのに手を刺激してきます。
「いろいろ持ってきたわよ。さっ服を脱いで…、何やってるの?」
水を入れた木製のバケツにタオルをかけクロのための服も持ってきたのだが、一抹の変わりように困惑する。
「わさわさしてたんです。これってなんていうんですか?」
「その部分で顔とかを撫でるものではないのは確かね」
「へ〜」
みんなこれで楽しんだりしないんでしょうか。僕ならこれで一日の間、ずっと暇なく過ごせると思いますけど。
「それはね羽ペンって言うのよ」
「羽ペン…」
「そんなに気に入ったのなら私が持っているのあげようか?いやなら買いに行ってもいいのだけど」
「他にも沢山羽ペンがあったけどこの子が一番触り心地が良かったです。だからこの羽ペン、貰っていいですか?」
子犬のような目でねだるクロにベルナには既に了承してしまったことでもあるが、拒否する要素は一切なかった。
一瞬の迷いもなく、クロの不安な感情が湧く隙も与え無い。
「えぇ、いいわよ!」
「ありがとです!ベルナさん!」
ベルナさんは本当に優しいです。
だけどこんなに甘えてたらしつこいと思われちゃうかもしれないですから、物を貰うのはこれっきりにしましょう。
クロはこうして遠慮を覚えるが、周りはそれがまたクロの可愛いところだと感じてしまいより物をあげてしまうようになる。
今のクロにはそんなことを知る由も無い。
「ほら羽ペンをそこに置いて、体拭きたいから服を脱いでね」
「はいっ」
すぽっという擬音が一番よく合う脱ぎ方をし、一枚の布を床に置く。
「……。うん。私がいけなかった…」
「どうしたんです?」
「よく考えてみればすぐ気づくわよね」
「…?」
ベルナさんどうしたんでしょう。
体を拭いて綺麗にしてくれますけどやけに目線をそらしてきますね。
僕の体になにかついてるのでしょうか。
「体に何か付いてます?」
「うん…、付いてるわよ、ナニが。少し教えとくべきことがあるの。女性の体を男性が見たり男性が女性の体を見たりするのはね、とっても見るのも見られるのも恥ずかしいことなの」
目線をそらしながら、手を動かしながら、説明をする女性。
器用なことであるが、誰しもがこうなったら特殊な人でない限りそうなるだろう。
「あなたは男。私は女。分かった?」
「あっ、分かりました!ベルナさん恥ずかしいんですか?」
「口に出さんでよろしい」
「イテッ!……、ごめんなさい…」
「そんなに落ち込まなくていいから、あぁ〜泣きそうにならないでっ。ごめん私が悪かった!叩いちゃったのは良くないわよね。ごめんね!」
「僕がいけないことをしたんなら、ベルナさんが怒るのは当然のことなんです。ベルナさんは謝らないでください」
「なんていい子なのッッ!分かってくれればいいのよ。この話は終わりね」
「はい」
ベルナさんがタオルを置いて僕の顔をしっかり見ながら頭を撫でる。
そっか、僕、男だから女の人の体を見たり、見せたりしたらダメなのか。
じゃあ次からは自分で体を綺麗にしなきゃ。
その時、立て付けの悪さから軋む扉の音が耳に響きフィルが入室してくる。
ベルナは物理的に裸の男の子に近くなっている状態の自分が人に見られたことに顔を赤くしながら慌て、フィルの目線はクロの下半身へと向かう。
「あの、ベルナさん。いくら知らないことが多いクロさんだからといってここで行われるのは…」
「イヤイヤイヤイヤ、違うの!あなたが想像してるいやらしいことではないから!」
「はぁ、分かってますよ。ここはあなたの自室ですからね。ここでしかできないからしょうがなくですね?」
「だからそれが違うんだってばあああぁぁぁぁッ‼︎」
ベルナさんがとっても慌ててますけど、また僕が関わっていることでしょうね。
反省します。何かはわかりませんけど。