僕の始まり
蔦がはう白い壁、一部崩れている木製の屋根と床、何かが入っていたであろう割れた容器により、好奇心旺盛な子供でも部屋に踏みいれようとしないほど乱雑で雑然としている。
一種の恐怖を煽る何かを孕んでいるからだろう。
だが、ここには肩にかかる黒髪の貫頭衣を着た子供が一人、小綺麗にされたベッドらしき物に横たわっていた。
死んでいるのではなく、妙に気持ち良さそうに寝ている。
最近までは人間の営みに触れることなくひっそりと森の奥に息をひそめるように存在していたのだが、冒険者統合会と言われる民衆がギルドと呼ぶ機関の目に触れたのだ。
危険なものが存在しているのではないかと危ぶんだギルドはそこを徹底的に探索するために、ギルド一つ一つを管理するギルドマスターの一人を赴かせた。
「はぁ、なんで私に面倒ごとを押し付けるのかなぁ」
騎乗から自分の役職を呪う女性に横を歩く侍女風の女性が慰めるように投げかける。
「そう仰らないでくださいよ。私たちは皆他のギルドのように金で繋がっているわけじゃなくて、自らあなたの下で働きたいと志願した者ばかりなのですから。あなたが居なくなるのはとても悲しいことです」
「フィル…。ありがとう」
「そろそろ見えてくる頃ですから頑張りましょうね」
「うん、そうよね!」
このギルドでは日常茶飯事の茶番のように見えるが心の底から会話している光景であるため、後ろを歩く冒険者達は温かい目で見守る。
二十数人で編成された一行は、白塗りの植物に呑まれかけている建物に辿り着き、各自残る者は周りの安全確認、この建物の探索をする者は装備を整える。
全て終えるとギルマスである女性、ベルナ・メモリアルがパーティーのリーダーを集め、最終確認をする。
「Aランクパーティー火剣の集いと、及びBランクパーティーは予定通り探索へ向かうこと。Cランク以下のパーティーは付近の探索をお願いします。何かあった場合……まぁ何かはあるでしょうけどキャンプ地にいる私へ早急に知らせてください」
その言葉に全員が了解の意を口に出し、火剣の集いのリーダー、ハンスを中心として建物内に足を踏み入れた。
全員が全員、こんな辺境に人間がいるとは知らずに。
━━━━━━━━╋┳
「やけにポーションが散らばってるな」
「薬術師でもここに居たんじゃないか?」
様々な可能性を想定する一方で、傍ら罠を警戒しながら一つ一つの部屋を調べていく手練れの冒険者達。
「もしかしたら触れただけで効果のある毒かもしれないから今は触れるなよ」
「分かりました」
「了解です」
「うぃーす」
返事をしたところで最後の部屋の扉を開け慎重に中を覗き他の部屋とは違い小綺麗であることに気づく。
その異なる状況から何が起きても対応できるよう身を構え、特定の中を呼んだ。
「職業がシーフの人、この部屋に罠がないか確認してもらえますか〜?」
「はい、私が確認してみます。私の下に反応を示せ…サーチ!」
得意不得意が分かれる魔法で生命反応や、自分の身を危険に晒す罠やモンスターがいないか調べる。
「……」
「何が分かったか?」
「えーと…。簡潔に申しますと人がいます」
「ここを管理している者なのか?」
「多分違うんじゃないっすか?だって人間ならこんな所に住めるはずないじゃないですか」
「ですけど魔法では人間だって…」
「認識を狂わす新手の魔法なのか、それともここにモンスターの餌として連れてこられた奴なのか」
皆が困惑し、入ることを渋っている所に歴とした防御職である一人が名乗りを上げた。
「盾持ちの僕が先行します。ある程度なら防御して対処できますからね」
「よろしく頼む」
小幅で慎重に進み、部屋の奥で立ち止まった。
その頼り甲斐のある背中からは驚きがひしひしと伝わり、どうしたのかと声をかけようとするが先に口を開いたのは盾持ちの男であった。
「まだ年端もいかない子供が寝てます。枷で拘束された状態で……」
「はっ?拘束?」
「はい。全く危険そうに見えない子がされてます」
他人の目ではなく前へ出て、直接自分の目でも確認しようとする。
「これは…ベルナさんを連れてきた方がいいな」
「このままにしとくの可哀想ですぅ」
「いやいや、これ自体が罠かもしれないだろ?」
「この子が危害を加えてくるかどうかは私のサーチでも分かりませんしね」
建物内へ入った冒険者のうち二人ほど、この状況の説明にベルナが構えているキャンプ地へ向かった。
今のところ、ポーションの類は分からないが直接危害を加えるようなものなどが確認することができなかったことを伝える。
それを聞いたベルナは安堵の表情であったが、子供の件を伝えるとまたいつもの心労まみれの顔へ変貌した。
報告した二人はベルナが可哀想になるが、伝えるべき事は伝えなければならないという事で自分を納得せざるを得ない。
「はぁ、確かに拘束されてるわね。だけど襲ってくるって事はないんじゃないかしら?」
「どうしてです?危険であるからここにこうして拘束されてるんじゃないんですか?」
「今思ったんですけど、この子何も口にできないはずなのに痩せてませんね。最近この場所に来たっていうんなら足跡でもなんでも残っている筈なのに」
「魔法を変換してるんじゃないんです?ですけど莫大な魔素を消費するのですぐに何も出来なくなります」
議論を続ける冒険者たちの行動は至極当然であるが、ベルナは当たり前で普通であるそれが面倒臭くなり横たわる子供へゆらりゆらりとにじり寄っていく。
「あの、ベルナさん?……何してるんですかベルナさん。って、なんで拘束解こうとしてるんですか!?」
「大丈夫よ、多分。はッ‼︎」
「何を根拠に…」
ベルナは話をしながら流れるような動作で音も無く両刃の剣を抜き、子供につけられた枷を切り裂く。
「えっ、まじで?」
「ベルナさん、その剣お飾りじゃなかったんすか」
「驚きですぅ!」
ベルナがかなりのAランク冒険者級の手練れであることをよく把握している者はハンス含め数人しかおらず、皆は事務仕事ばかりしているベルナしか知らない。
ハンスのように行動自体と、かなりの強度を誇るであろう金属製の枷を断つという剣の腕の両方に驚くものが過半数であった。
「皆んなひどいよぉ〜。私って剣一筋でギルマスになれたんだよ?」
この言葉を聞いたものはベルナに何故か惹かれる理由がわかった。
ベルナも同じ立場であった人であり、自分達の苦労を理解してくれるからだと納得した。
そして少し和んだ空気の中反応するものがあった。
「ふわ〜〜……」
「あっ、起きちゃった?」
「……」
「……」
「あなた達は何者ですか?それにここはどこです?」
それはこちらこそ知りたいと思ったが今はぐっと抑える。
相手が起きてしまったからには先程行なったような軽率な判断は、能力や害意が分からないので様子を窺いながらコミュニケーションをとる。
「私はベルナっていう名前なの。私達もここについて詳しくは分からないけれど、あなたが拘束されていたから解いてあげたのは私よ」
「それは…、ありがとう、ございま…す。ベルナさん」
相手の名前を言い、お礼を言える年端のいかない子供なら害意はまずないだろうと考えたベルナは更に踏み込んでみる。
「あなたの名前、教えてくれない?」
「僕…僕のなまえ…。
………分からないです、何も覚えてないんです」
「そうなの…。じゃあさ、貴方は自分自身を知りたい?こんな所にいたら何も分からないままだよ。だから私と一緒に来ない?」
「ちょ、ベルナさん!?」
「黙ってなさいハンス。大丈夫だから、絶対」
「そ、そうですか」
後ろで話を聞くもの達はこれは本当に大丈夫そうだなと確信した。
ベルナが絶対と言った大抵のことは本当に大丈夫なので、この話を聞きながら頭の中では保護した後皆でどう接してあげようか、という議題に切り替わっていた。
小さな体に収まらない大きな希望や夢で目を輝かす、つまり子供らしくこの子は大きく頷きベルナへ返事をした。
「はい、僕を連れて行ってください!」