神々の騒乱
神話とは神々の世界を書き記したものであったり、もしかしたら現実に表し人々の記憶に刻み込んだものである。
人はその記憶を後世に都合よく伝え、改変して伝え、そのままを保ち継承できるかできないか。
歴史を振り返るに強き欲を持つ人間達は何かに縋り付き願いを乞う。
つまり精神心身ともに軟弱な欲望まみれな生物であるが故、融通が利かなず完璧な制御は人形でない限り難しい。
簡単に言うと神々は人間の世界に顕現してやったのに、意図しない行動を人間がとったから迷惑をしているのである。
意図して他の神々を難儀させ信者達を困らせる人間らしさに溢れる人間寄りの神は別だ。
つまり想像から創られた神は、ということだ。
人間に精神を毒されより人間になった神は、思考を繰り返した上で嘘に嘘を重ねとうとう全ての神から嫌われ神の世界を追放される。
いや…。自ら憧れの人間達の世界へ下りようとしている所を、後押ししてしまったのではないか。
全てはこの神の手の内。
始まりと終末を呼び込んだのだ。
あの神はただただこの世界から姿を消したわけではない。
周りの神々に人間らしく振舞うことで人間を理解させ、人間の感情を植え付けていた。
居なくなった後でも計画は順調に進み疑心暗鬼に包まれた神の世界は、手を取り合う姿がどこにも見られない。
それどころか人間の世界ならば国ひとつ破壊できてしまうような喧嘩とも言えない殺し合いが蔓延るようになってしまい、空は真っ赤に染まり、池は朽ち果て、幻想は全て燃え尽き神々の世界は暫時にして全てが滅びる。
そこにいた神々も蘇ることは叶わず器を失いそのままを空気と同化して世界へ散った。
髪を認識できる人間からすれば、そこはただの虚空でそれ以上それ以下でもない。
神々の幻想郷があった場所から嘘のように何も感じることができないのだ。
綺麗な空、綺麗な雲、綺麗な光。
自然は雄大で広大であるが、それですら許容できないほどの不満を人間達は募らせ、全く消化できなくなってしまった。
唯一の小さな捌け口として、最強とも呼べる人間独自の想像力で基礎となる神話から創られた教えを補い、自らを自らで救うという手法がとられる。
弱々しい神に縋るという人間も多数いた。
だが、それでも足りない。
すでに手遅れであった。
人間でいうと産まれたての神々は力が弱く、昔はあった神々の世界で神としての自我を保つことができない。
つまり人間の世界で力を蓄えるため、上の神々のようにブランクがなく人間の世界に自我を保つことで存在している。
そんな華奢で脆弱な世界各地の人々に干渉することで信仰を集める神々はあの世界が滅びたのを境にして、人間の際限なく湧いてしまう意思に飲み込まれてしまう。
残った神はそれを恐れ、人間に教えを全て伝えて以来接触を絶った。
神の歴史は自らが生んだ愛しの人間により終止符を打たれることとなり、人間の歴史は重苦しい親に似た枷から完全に解き放たれる。
その例として魔法だ。
人間に憧れ、人間に最も近づいたあの神は自らを『ナルセルム』と名乗りその時代で最も小さな国の王となり今では、世界最大級の魔導王国「ディラルゼン」と発展し恒久の盛えを手にしている。
それは何故なのか。
どうして恒久なのだ。
どうして世界最大級なのか。
人間に近くなったナルセルムは概念すら神ならざるものになった。
なってしまったのだ。
ナルセルムは慢心から心臓を貫かれ本来消滅することのない暗殺という方法で、消滅ではなく死という生き物だけが体験できる区切れを遂げてしまう。
それすらもナルセルムの快楽であったかは、死んでしまったからには誰もが知る由もない。
生前ナルセルムは楽しみとして人間の日常を過ごすことで、生き物だけができる性行為を行い人間との間に沢山の子供を作った。
神でもあるナルセルムの莫大な力は子供にもやどることで、発展途中だった科学を一気に衰退させてしまうほど魔法の発展を各地で促す。
それを利用できる現象だと踏んだナルセルムは自身の国を大きな存在とするために、魔法技術の断片限り周辺の国に教授することで周辺国を大国に発展させた。
その大国どもを自然災害と同等以上の力を持つ子孫たちで従わせることにより、自身の国は食物連鎖のピラミッドの人間の立ち位置のような場所の確立を可能にする。
つまり、ナルセルムの死後でも常人以上の力を持つ者達が朽ちたり、他国にでも移ったりしない限りは恒久なのだ。
こう見てしまうと限定的な恒久だが、それさえ有ればどんな人間が生まれ異変を起こそうとも永遠に続く、不動の常識になった。
ナルセルムの死後から五百年。
子孫達は殺されでもしない限り、衰えることなく力を研磨し続けている。
暗殺された者は含めずに数えると、ナルセルムの子供は四人。
変わることなくそれぞれの役職に就き王国の栄光を守り続け、他の兄弟のような過ちは犯さぬよう鍛錬を欠かす様子は一切ない。
ナルセルムが淡々と行なった、人間になりたいがために怪物と見紛うような行動。
その全てを観測し自らの肥にしようとあらゆる手を尽くしてきた旧世界の弱者と罵られる神。
隠れ住み、身を窶し、息をこらえ、屈辱すら生ぬるい人間では想像を絶するほどの黒く暗い感情を抱き続け、腐る程それを熟成させた神。
この五百年もの間を短いと思う者もいるだろう。
はたまた長すぎる時間であると退屈な者も沢山いたであろう。
五百年の愚王の目に映らぬようにしていた間、お互いは復讐という利害の元弱き神ながら協力を惜しむことは決して無かった。
それにより自分達の概念が消滅することになるが、弱き者でも糸を束ね紐を束ねれば鉄線より強固で強力になる。
人間に自分達の能力を移し替える装置と生贄、紋章と陣が完成し、誰もが迷わず身を投じた。
人間一人に自分達の憎悪と力の全てをだ。
化け物が化け物と争うとしたら戦闘能力の差で勝負がついてしまう。
人間とは化け物とは違い念入りに複数の策略を立て、準備を遅かろうと早かろうと着々と進め、何よりねちっこくしつこい。
だからこそ復讐を完全に遂行させるためには、化け物ではない意思を持つ者、人間なければならない。
子供達という膨大な力を持ち国を安寧に導こうとしている親の意思を継ぐ神と人間のハーフがいる。
ナルセルムに然程感情的にはならず、逆に自分の上の立場の奴らを消してくれたことに感謝している神がいる。
元々神々の幻想郷に行こうと思わず人間の世界で自分を保ち続けようという、ナルセルムに無関心な神がいる。
だが今度生まれる存在は、複数の神々の力を保有するただの人間だ。
神を屠ることが可能な人間だ。
神に干渉できる時点でもうそれは人間ではないかもしれないが、ただ神々の力を持っているだけであって人間の可能性を必ず秘めている。
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「んっ、あぁ」
頭が痛い。
私…僕は一体どうしてここに。
多分間違ってなければ、変な人達に連れてこられて痛いことを沢山されたんだったなぁ…
「うっ!うぁぁぁああッ!!」
痛い痛い痛い痛い痛いッ!
この者は、神に可能性を見出され一番適応能力の高かった人間である。
適応する段階で幾ら体を改造されようと元は人間であり生物であるため、神の力を受け入れるのは酷い苦しみを呼び、記憶にも傷を伴う。
苦しんでは気絶することを繰り返し続けこれで一年が経った。
その度に神が施した記憶を保つ護覆術式によって言語や一般常識の記憶は護られていたがそれ以外は失い続けた。
「あっ……………」
いつもと違う。
何故かいつも苦しんでいるような気がしてはっきりと痛みは覚えていないけど、今日は違う。
最後は一気に楽になった。
すごく心地よい。