受験と卒業(裕紀)
よろしくお願いします。
12月も、もう下旬だ。季節の移り変わりになど目を呉れてる余裕が無い。受験日はもう目前に迫って来ている。アタルの献身的行為を持ってしても焦燥感に苛まれ続ける日常だ。コブリンに進路指導室へ呼ばれ、ほぼ最終の面談に向かった。
「山下、頑張ってるじゃないか。この前の中間テスト、学年順位が五十番くらい上がったぞ」
あれだけやってやっと五十位アップか。それじゃまだ二百番台中盤じゃないか。就職組や推薦組はとっくにお遊びモードだから、実質どれくらいの上昇なんだろう?
遺伝子的に限界を感じてしまう。あの両親では無理ないかと。
先日、勉強中にアタルに聞いてみた。「何でアタルって未だに学習続けてるの?行き先決まってるんだから遊んでりゃいいじゃん」と。「覚えることが好きなだけだよ」とシンプルに返された。
この理解し難い感覚は、生まれた時から違うのかも知れないと納得したばかりだ。
「先生、二百五十番で愛和学院行けますかねえ?他には愛朋と中名も受けてみますから。もっと増やせって言われるなら北山と名星も追加しますよ」
「いや、最初の三校でいいだろう。本命は学院ってことだろ?」
「はい、学院本命です。共通一次もパスです」
コブリンはうっすらと笑みを見せた。
「この前の模試で学院ならB評価だったし、何とか合格出来るんじゃないかな。ただし、絶対冬休みに手を抜くなよ。お前にクリスマスと正月は無いんだからな。しかし、どんなマジック使ったんだ?秋の面談の時は俺も途方に暮れたくなったからな」
「特別に種明かししましょう。アタルにずっと家庭教師をやってもらってるんですよ。それもタダで」
「矢吹がか?同級生の家庭教師なんて聞いたことないぞ。でも、あいつなら良い教師になれる気がするなあ。本当に惜しいよ。今からでも国公立の教育学部辺りを勧めたくなってしまう」
「先生!今は僕の面談ですから。まあ、アタルにはしきれないくらい感謝してますけど。とにかく、手抜きせずに頑張ります。バカなエースですけど、やっぱり周りを裏切りたくないですからね」
進路指導室をあとにしてコブリンの言葉に少しだけ安堵した。
幾分プレッシャーから解放されたので冬休み中は部屋に籠って頑張った。ボサボサの髪でいつも丹前を羽織り、栄養ドリンクを飲みまくった。驚いたことにアタルは元旦以外全ての日に顔を出してくれた。
2月上旬から二週間、三校の受験をハシゴした。西徳の三年生は2月中旬から自由登校に切り替わっている。
民子の志望するA市立看護大学の受験日は最終週の土曜日だと人づてに聞いていた。今春から開校する新設大学なので、倍率もそこそこだし上級生もいないから一校だけしか受験しないそうだ。もし滑ったら浪人して、学部も含めて広く考え直すらしい。まあ、学年トップ100を維持していた民子の学力なら、アクシデントでもない限り合格しそうだ。
受験の終わった今の自分は只の抜け殻だが、合格通知が来るまで神棚に手を合わせるのは怠らない。今更だって何だって、もう打つ手が無くなったまな板の上の鯉の心境だ。
奇しくも民子の受験日が愛和学院の合格発表日だった。早朝からJRに乗ってキャンパスに出向き、受験票を手に掲示板で番号を探す。五百円を払って電話で連絡してもらう手もあったのだが、学院だけは自分の目で確かめたかった。
「あった!0847番だ!」
右手を突き上げ思わずジャンプした。スキップを踏んで公衆電話を探し、取りあえず自宅へ電話した。オフクロは心底ホッとしたように「おめでとう、裕紀。よく頑張ったわね」と言ったあと、「アタル君にキチンとお礼を言っておきなさい」と付け加えた。
帰宅して学校に出向きコブリンに合格を報告した。「本当に良かったな、山下」と言われ、勧められた昆布茶を初めて飲んだ。
帰り道アタルに電話を掛け、二人で「ノーブル」へ行った。
「良かったね、裕紀。僕も少しは協力出来たみたいで嬉しいよ」
「ありがとう。この結果は本当にアタルのお陰!一生足向けて寝られません!あと一ヶ月もすればお互い新生活だけど、時間を作って今まで通り会おうな」
「うん、僕も時間が許せば会いたい。裕紀はキャンパスライフを楽しんで経験したことを色々教えてよ」
そう言ったあとアタルは少しだけ寂しそうに笑った。
3月1日、卒業式を迎えた。久し振りの、高校生活最後の登校日だ。と言っても国公立組の大半はまだ受験日前なので、多少ピリピリした雰囲気を醸し出している。
答辞の大役はアタルが務めた。最後までキャプテンシーがあった。別れのホームルームを終えアタルと共に校庭へ出た。民子の姿を見つけ駆け寄った。
「民子、試験はどうだった?まあ、お前の学力なら楽勝だろうけどさ」
民子とのちゃんとした会話は振られた日以来のことだ。
「うん、心配してくれてありがとう。自分では出来たと思ってる。今は「サクラサク」の知らせを待ってるだけよ。裕紀君も良かったね。学院合格したって聞いたよ」
「ああ、アタルのお陰で何とかね。それにしても、民子は相変わらず強気だな」
民子はアタルに切なそうな眼差しを向ける。
「アタル君、第二ボタン私にちょうだい。一生大切に持ってるから」
「ああ、いいよ」と言ってアタルは第二ボタンを引きちぎって渡す。
「俺のはいらないの?」と聞くと「ついでにもらってあげるわ」と返された。
ボタンを渡しながら民子に言った。
「俺、バレンタインのチョコ、アタルに勝ったんだぜ。俺は三個だったけどアタルは二個だったからな」
「くっだらない勝負ね。あんたの三個は全部下級生の義理チョコだと思うわよ。未だにマウンド上での姿に幻想を抱いてるのよ。錯覚だって言うのにね。アタル君のは知らないけど…」
そこへ後輩女子マネの美樹がクラスメイトを伴ってやって来た。直ぐに俺たちの胸元を覗き込む。
「あれ?二人とも第二ボタンが無くなってるじゃないですか」
「もう民子に持ってかれちまったよ。少し遅かったようだな」俺はニヤニヤして返した。
「裕紀君ので良かったら進呈するわよ」
アッサリ言われてしまった。クッソー!やっぱり民子は最後まで冷たい女だ!
「じゃあ、裕紀先輩ので我慢します。あんまり欲しくないけど」淡々とした口調で美樹が応じた。
俺は当然気分を害したが、「まあまあ」とアタルが肩に手を掛けてなだめるので状況を流してやった。
三人で美樹に今まで世話になったお礼を言った。美樹と民子は抱き合って別れを惜しんでいる。
「先輩たち、これからも元気でやって下さい。たまには野球部にも顔を出してくださいね」
涙ぐみながら美樹が言ってくれた。
後輩たちに思いを託したあと三人で正門を出た。
アタルが言う。
「じゃあ、ここで別れよう。僕たち三人はここから新スタートを切ろう」
民子が続いた。
「そうね。無限の可能性に向かって進んで行きましょう」
「俺、本当に西徳に来て良かったよ。アタルと民子に出会え、一緒に過ごせた時間に感謝してる」
言葉に二人はうなずき「じゃあ、また」と手を振って別れた……。
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