親友は家庭教師(裕紀)
よろしくお願いします。
一週間後、アタルはコブリンに呼ばれた。T自工から採用結果の連絡があったに違いない。十五分ほどで教室に戻って来たアタルは、無事に採用されたことを一番に報告してくれた。
「やったな!アタル、おめでとう!さすが俺の親友だけあるよ」
両肩をバンバン叩いて祝福した。
翌週からアタルは、火・木・土の週三回家庭教師を引き受けてくれた。午後7時から10時までの三時間、俺の部屋に籠っての指導だ。
数学Ⅰから例題に重点を置いてやった。最初に詳細を分析し俺に納得出来る言葉で説明してくれる。一つ一つ理解してからしか練習問題には手を着けない。石橋を叩いて渡る進め方だ。こんなペースで本当に最終章まで到達出来るのかと思ったが、アタルに言わせると数学は思考力の積算だから、急がば廻るのが最も効率がいいとのことだ。もちろん俺には従うより他に選択技は無い。
時折オフクロがコーヒーとケーキをトレイに乗せて偵察に現われ、お礼を言いながらお手当を渡そうとするのだが、アタルはどうしても受け取ってくれなかった。
勉強中俺は頻繁に脱線を試みるが、その都度アタルにたしなめられカリキュラムが進められて行った。
家庭教師が始まって二ヶ月後のコーヒータイム、俺はアタルに目を据えた。
「アタル、民子にはもう返事したのか?」
あれから民子とは話していない。そもそも隣のクラスなので学校生活に不都合も生じない。廊下ですれ違っても軽く視線を合わせるだけだ。決して無視というレベルでもなく、お互い中途半端な態度を取り続けていた。
「返事は一ヶ月ほど前にしたよ。放課後に自転車置き場で。もちろん周りには誰もいなかったけどね」
正直驚いた。これほどアタルと一緒に過ごしているのに変化とか動揺が全く窺い知れなかったからだ。
「それで何て返事したの?あ、いや、言いたくなかったらいいけどさ」
アタルは思案するかのように、少し間を取ってから切り出して来た。
「丁寧にお断りしたよ。僕は誰とも付き合わないんだ」
「何で?って聞くのは反則か?」
「うーん、今は勘弁してくれないかな?いつかきっと裕紀には打ち明けるから。何となくだけど、僕から聞いてもらいたくなる日が来ると思ってる」
「何か意味深だけどわかったよ。アタルから言いたくなるまで待ってる。でも、民子は大丈夫だった?あいつって妙に強気な分打たれるとダメージ引きずりそうだから」
アタルはマジマジと俺を見た。
「裕紀は今でも民ちゃんを好きなの?」
「もちろん好きだよ。今でも民子としか付き合いたくない。でも、もう感情的な行為は抑制出来るし、それはアタルのお陰さ。もっとも、振られた奴が何を言っても茶番に過ぎないんだけどね」
自虐的に笑って視線をずらした。
「民ちゃんの心中はわからないけど、自制的態度は取れていると思うよ。ぎこちなさは残ってるけど、挨拶や会話は普通に出来てるからね。僕、少しは恨まれてるのかな?」
「当ったり前だろ!アタルの藁人形作って真夜中に神社の杉に打ち付けてるよ。五寸釘でグッサリだぜ」
「怖いね……って言うのはジョークで、民ちゃんがそんなことするわけないよ。同い年でも女の人はずっと大人だよ」
「アタルもわかったようなこと言うよな。とにかく俺はいつまでも民子の応援団やるよ。将来あいつがどう変わって行っても俺の気持ちは変わらないと思える」
「裕紀っていい奴だよね。僕のこともずっと好きでいて欲しいな。何があってもね」
「もちろんだよ。俺の人生だってこの先多くの出会いや別れがあるんだろうけど、アタルとだけは付き合い続けて行くつもりだから」
アタルは嬉しそうに柔らかい笑みを見せてくれた。
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