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夏の終わり(裕紀)

よろしくお願いします。

 初戦敗退の一週間後、西徳野球部は校内のグラウンドで俺たち三年生の引退試合を行った。今までやっていないポジションで守るのがルールで、下級生チームのピッチャーは堀部だ。ライトで三番バッターの俺は打席に入って吠えた。


「堀部!ど真ん中のストレートだぞ!俺の視線はレフトスタンドしか向いてねえからな!」


 急造キャッチャーを務める二年生の斎藤がマスク越しに呟く。


「裕紀さん、ここにスタンドは有りませんよ」


 睨んでやると眼力に屈して言葉を続けた。


「心意気の問題ですよね。すみません」


「ったりめーだ!」短く返してバッターボックスで大きく構える。


 堀部は注文通り棒球のストレートを投げてきた。最後までかわいい奴だ。「カキーン!」と叫んで思いっ切り強振したら、バットの上部を擦ってショートへのポップフライになった。


 戻る時アタルがネクストサークルでケラケラ笑っていた。



 三年生部員は八人しかいないため、この試合はコブリンがファーストに入っている。主審はいつもベンチ内から出て来ない名ばかり部長の竹中が、プロテクターの完全武装で務めていた。


 本当はファーストを守りたかったのだが、動くのがしんどいアザラシオヤジが腹で押しのけてポジションを奪い取りやがった。でも、新入部員で入った八人が最後の夏まで退部しなかったのは、コブリンが監督になってから初めてのことだと言っていた。やはりそれはアタルの存在が大きかったのだと思われる。



 四回表から下級生チームは正規の守備位置についた。いわゆる本気モードってやつだ。二年生バッテリーのピッチャーは木田、キャッチャーは新キャプテンの堀部だ。


 また俺は打席で堀部に吠える。


「ど真ん中のストレートしか要らねえぞ!」


「わかりました。バッチリです」


 打ち気満々で初球からフルスイングしたが、スライダーを打ち損じてピッチャーゴロに終わった。戻りしな堀部に言ってやった。


「先輩を欺くたあ、ふてえ野郎だ。おめえには慈悲の心ってのがわからねえようだな」


「裕紀さん、サインミスです。勘弁して下さい」全然悪びれずに返しやがった。



 最終回の七回表ツーアウト、俺に最後の打席が回って来た。ネクストサークルからジャージ姿の民子を呼びつける。


「ピンチヒッター民子だ!ヘルメットだけはしっかり被れよ」


 両手を振って固辞する民子をバッターボックスへ引っ張って行き、自分のヘルメットを被せてやった。ネクストサークルからアタルがやさしく声を掛ける。


「民ちゃん、思いっ切り振ってきなよ。気持ちいいよ」



 木田はマウンドを降り十メートル手前から下手投げで硬球を放った。民子がぎこちないスイングでバットを振ると、ピッチャー前にボテボテのゴロが転がった。


「民子!走れ!」


 俺の声に民子が女の子走りで駆け出すと、木田は爪先でボールを軽く蹴った。そんな新エースの機転を石頭の堀部は理解出来なかったようだ。目の前に転がったボールを鷲掴みにしてファーストへ送球し、下級生チームの勝利でゲームセットとなった。



 後片付けが終わったあとの部室で、下級生一人一人に「今まで本当にありがとう」と言って回った。最後に堀部を捕まえた。


「新キャプテン、俺たちの分なんて背負わなくていいぞ。明日からお前たちの世代だ。思いのままにプレイしてくれ」


「ありがとうございます。先輩たちにお世話になったことには本当に感謝しかありません。明日からは自分たちなりに精一杯やって行きます。裕紀さんも明日から受験勉強頑張って下さい」


 苦笑いで応じたところへ民子が口を挟んできた。


「裕紀君、堀部君ったら最後の最後にひどいことしてくれたんだよ。せっかく木田君が気を遣ってくれたのに私が最後のバッターになっちゃった。次にアタル君が控えてたっていうのにね」


「あッ、そうだった!お前、女子マネへのリスペクトが足らねえぞ!民子をコケにするってのは三年生への冒涜だからな!」


 瞬時に堀部の顔が引きつった。


「すみません。本当にすみません。タミン先輩のことは裕紀さんより尊敬してます」


 民子はタミン先輩という言葉に機嫌を直し、後方でやり取りを見ていたアタルが明るい笑い声を上げていた。


読んで下さりありがとうございます。

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