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アタルの告白(民子)

よろしくお願いします。

 9月下旬の土曜の朝、裕紀から電話があった。


「民子、今日の夕方、俺んちに来れないか?」


「何かあったの?えらく急な話ね」


「うん、ホントに急で悪いんだけど、冴子にも連絡して一緒に来てくれよ。最近離れを一人で使ってるから、そこで話がしたいんだ。四人で話したいってアタルが言ってるから」


「えっ?アタル君が来てるの?」


「ああ、昨日の夜からずっと一緒なんだ。冴子が無理だったら民子だけでも都合をつけて来てくれよ」


「わかった。何とかする」



 直ぐに冴子に電話した。夕方家族で外食する予定だったがキャンセルすると言うので、「大丈夫?」と聞いたら「ハッツは私にとっても大切な絆だよ!」と返された。アウディで迎えに来てくれることになった。




 午後5時、「これから冴ちゃんと向かうから」と裕紀に電話した。二十分ほどで着いた。


 裕紀は門扉のところで待っていた。顔色を伺うと心なし目が充血していた。離れに案内されリビングのドアを開けると、応接セットのソファにアタル君が座っていた。隣に裕紀が座り対面に私と冴子が並んで座った。裕紀がコーヒーを淹れてくれた。



「民ちゃん、冴ちゃん、来てくれてありがとう。花火大会は行けなくてごめんなさい」


 私たちに謝ったあとアタル君は少し沈黙した。容易に動揺が見て取れる。こんなアタル君は初めてだ。


「俺から話そうか?」裕紀が短く言った。


「いや、自分の口から言わなくちゃダメなんだ。少し長くなるけど、二人には聞いて欲しい」


 私と冴子はコクリとうなずく。裕紀は心配そうにアタル君を見ていた。



「僕は以前から会社を辞めて東京に出ようかと思ってたんだ。でも、それも思い直した。そんなこと叶わないんだとわかったから。民ちゃん、本当にごめんなさい。僕は誰とも付き合っちゃいけない人間なんだ。君にした行為は最低だと思ってる」



 アタル君の目が潤んでいる。


「冴ちゃんは知らないだろうから説明しておくけど、僕の母は僕を生んだ時、父は高二の春に亡くなってるんだ。今、実家は父の再婚相手の洋子さんって人が、僕と十五も年の離れた妹と二人切りで暮らしてる」


「アタル、大丈夫か?」裕紀はそっとアタル君の肩に手を掛けた。


「実は妹の(まどか)は、僕と洋子さんの子供なんだ」


 私は絶句した。心臓が止まりそうになった。冴子も茫然としている。



「父は僕が中一の時に再婚したんだけど、それから一年くらいで入退院を繰り返すようになった。元々心臓に持病があったからね。中二の冬だった。正月に自宅に帰っていた父が明けて病院に戻って行った。数日後、寝ている僕の布団に洋子さんが入ってきて関係を持ってしまったんだ。おそらく寂しかったんだと思う。

 関係はしばらく続いて洋子さんは妊娠してしまった。でもその時点では父が家に居ることもあったから、僕は自分のせいだと気付いてなかったんだ。

 中三の時、円が生まれ僕の妹になった。そして高二の春、父は自殺した。睡眠薬を多量に飲んでね。表向きは心不全にしてあったけど、本当の原因はわからない。遺書にはみんなで仲良く暮らしていくように書いてあった……」



 冴子がハンカチで目頭を押さえ、私もポロポロと涙をこぼした。アタル君は静かに続けた。


「そして高三の夏、地区大会で敗退したあと、夏休みの終わる頃だった。洋子さんに告げられたよ。円は僕の子供だって。私たちを捨てないでくれとも言われた。

 進学はあきらめた。迷わなかった。それから僕は突き付けられた現実から逃げ続けた。ずっとずっと……。自宅から通勤出来るのにわざわざ独身寮に入って。車を手にしないのもその理由づけに過ぎない。 給料が出ると大半は洋子さんに渡してるけど、一緒に住もうという申し出には曖昧な態度を繰り返してきた。あげくの果てに民ちゃんまで付き合う形で巻き込んでしまって、本当に罪悪感でいっぱいになったよ。

 大切な仲間を傷つけて、裏切って、東京まで逃げようとさえ考えた。僕は最低の人間だよ。でも結局現実にひれ伏して洋子さんたちと暮らすことにした。円だけはしあわせにしてやらなくちゃならないから。 僕はもう誰とも付き合わない。一生結婚もしない。ハッツは今でも大好きだけど、僕には名乗る資格がないと思ってる」


「アタル、よく頑張ったな。でも俺は、一生親友やめないからな」


 そう言って裕紀はアタル君の肩を抱きしめた。



 暫くしてアタル君が校庭に連れて行ってくれと冴子に頼んだ。アウディに四人で乗って行った。私たちは街灯の薄明りの中、イチョウの樹の袂に立った。


 アタル君は刻まれたHATSの文字を撫でたあと幹を鷲掴みにして「お父さん、ごめんなさい」と言って泣き崩れた。裕紀が背後から「気付けなくてゴメン」と呟いて抱きすくめる。私と冴子は涙を流しながら、もの悲しい光景を見守った。




 裕紀とアタル君を送ったあと「今夜はどうしても泊めて欲しい」と冴子に頼まれた。帰宅後、私の部屋で話した。


「タミン、大丈夫?」


「うん、少しは落ち着いたよ。冴ちゃん、気遣ってくれてありがとう」


「ねえ、何でアタル君は私にまで伝えたんだろう?」


「仲間だからだよ。アタル君はいつだってチームメイトを裏切らないんだ」


「そうだよね。アタル君は今でも十分ハッツだよね」


「もちろんだよ」


「長い間独りで苦しみ続けて本当にかわいそう」


「うん、裕紀君が何とか出来てれば良かったんだけどね」


「誰も悪くないのに何でこうなっちゃったんだろう?」



 膝を抱えた私は突然ヒラメいた。


「冴ちゃん、明日裕紀君イジメてもいい?」


「いいよ。裕君使って少しでも気を晴らしてよ。私も協力するから」


「ありがとう。手加減しないからね」


 私たちは深夜まで打ち合わせをした。




 翌日の朝、裕紀に電話して「コーヒーを飲ませてやるから来い!」と言ってやった。直ぐにアウディを裏の駐車場に隠した。



 裕紀は9時半過ぎに現われた。玄関で出迎えて二階にある私の部屋へ案内してやる。女子の部屋に入るのは初めてらしく、階段でつまづいているのがおかしかった。


 もちろん部屋には私のジャージを着た冴子を待たせてある。「どうぞ」と言って裕紀にドアを開けさせた。


「ヒャアッ!何で冴子がここにいるの?」裕紀が素っ頓狂な声を上げた。


「昨日泊めてもらったの。タミンともっと話したかったからね」


 私はニヤニヤしながら冴子に目線で合図した。さあ、マシンガン攻撃の始まりだ。


「裕紀君、ジャージ姿好きでしょ?鼻血出してもいいよ。一応ここは医者だから」


「裕君、こうやって私に内緒でタミンの家へやって来るのね」膨れっ面で冴子が続いた。


「ちょっと待ってよ。何で連合軍で俺を責めるわけ?」


「抜け駆けしてアタル君の相談に乗ってたからだよ!あげくの果てに偉そうに私たちを呼びつけやがって!」


「そうよ!私には隠し事しないんじゃなかったの?何よ!タミンから電話もらえたらデレデレしちゃってさ。私はちゃんと隣で聞いてたんだからね!心底情けなくなったわよ!」


「お前らさあ、こんなことして楽しい?わざわざトラップまで仕掛けてさ」


「しょうがないじゃない!何でもっと早く気付いてあげられなかったの?この役立たずがァ!あんたいつもアタル君と一緒だったでしょ?家庭教師やってもらってた時、動揺とかわからなかったの?」


「うーん、あ、そう言えば民子が一回目に振られた時、俺、何で?って聞いたんだ。そしたら、いつかきっと打ち明けるって言ってた気がする。まあ、わかった時には二回目振られちゃうことになってたんだけどね」



 私はクッションを掴んで裕紀の顔面に思いっ切り投げつけてやった。


「うるさいなあ。振られた振られたって連呼しやがって!何回振られようが私の勝手なんだよ!ホント気分悪いなあ」


「そうよそうよ!親友のサインをそんなにも長い間見落とし続けるなんて、到底許されないことだわ!裕君はいつも自分しか見えてないナルシストだから、アタル君の傷も深くなっちゃったのよ。おまけに朝から鼻の下伸ばしちゃってさ。私まで頭に来ちゃった!」


「冴子、言ってることの脈絡が支離滅裂なんだけど。もう少し冷静になれよな」


 冴子が裕紀をグーで殴った。


「タミン、ペリエないかな?」


「ちょっ、タンマ!冴子、ゴメン!ねえ、もう許してよ。二人にランチを奢るからさ」


 私は冴子に流し目を送った。


「冴ちゃん、どうする?裕紀君泣きそうになってるけど」


「まあ、今回はこれくらいで収めといてあげる。でも、今度やったら絶対許さないからね!わかった?」


「よくわかりました。反省してます」


 裕紀のヘコんだ顔が面白かった。



 それからボローラでイタリアンランチを食べに行った。高い物ばかり頼んでやった。


「裕紀君、高級イタリアンに免じて罪滅ぼしのチャンスをあげるわ」


 冴子が息を合わせ続けて来る。


「アタル君に伝えておいてね。私たちはハッツの脱退を絶対認めてあげないって」


「わかったよ。必ず伝えておく。俺も同じ気持ちだから」


 裕紀は満足そうに微笑んで見せた。




 10月になり実習が再開した。あと二ヶ月の我慢だ。まだ看護師に従事する覚悟が固まったわけではないが職業としてのやりがいを感じないわけでもない。人と触れ合い怒られたり感謝されたりする毎日は、きっと生きて行く上での充実感を与えてくれるものだと思う。


 私も冴子のように誇りを持って取り組もう。その積み重ねが素敵な未来を用意してくれると信じて。




 95年4月を迎え四年生になった。卒業研究も始まり、火曜と木曜は実習だが月曜と金曜は学校で授業だ。クラスメイトに会えるのが楽しい。


 インターンシップは実習先の大学付属病院に申し込んだ。夏には国家試験の受験勉強を始めなくてはならないので三年生次までとはわけが違う。もちろん、全く自分の時間が無いわけではないのだけれど。慌ただしい毎日は季節感さえ喪失させてしまうのか……。




 夏休みの花火はハッツの四人で行った。アタル君は「4月から実家で暮らしてるんだ。三人で仲良くやってるよ」と言っていた。アタル君が綿菓子を買ってくれたのが嬉しかった。


 裕紀は年初から就職試験に取り組み銀行や商社系を片っ端から受けているが、まだ内定はもらってないそうだ。先週も町役場の一次試験を受けたばかりで髪型はリクルートカットにしている。あのパンク頭がなつかしい。


 冴子は家業が就職先なので余裕をブッこいている。裕紀が「全滅したら冴子のコネで雇ってくれよォ。何でもやりますから」と懇願し「使えない人はダメよ」と返されているのがおかしかった。



 10月に入ると教養科目の試験があり国家試験に向けての勉強も怠れない。ここからは体力勝負の一面もある。体調管理には細心の注意だ。



 96年2月中旬、国家試験を終え冴子と喫茶店に入った。


「やっと終わったね、タミン。私、もうグッタリだよ」


「私もそう。あとは卒業式と合格発表を待つだけだね。まな板の上の鯉の心境だけど、考えるのは卒業旅行の行き先にしよう」


「うん、何処にしようか?ハワイでも行く?ヨーロッパ一周とか?」


「いくら何でもそれは無理だよ。私は冴ちゃんみたいにお嬢様じゃないっての。就職時にはお金も掛かるし、二泊三日で近場にしよう」


「ちょっと残念だけどしょうがないか。近場なら裕君も連れて行こう。私たちのお抱え運転手で使ってやるの」


「私はいいけど運転手やらされるのわかってて来てくれるかなあ?そう言えば裕紀君、就職先決まったの?怖くてずっと聞けなかったけど」


「大丈夫よ、町役場に採用されたから。民間は全滅だったけどね」


「民間全滅かよ。ホントにあいつはいつも首の皮一枚だけ連ながってるんだよな。しかし、裕紀君が地方公務員かあ。何とも神様のミスキャストだね」


「私もそう思う。昔を知ってる人はきっと全員そう言うよ」


 私たちは声をそろえてアハハと笑った。




 過去は絶対戻らないものだけど、あんなに悩んだりしたことが遠い日のように思えてしまうのが不思議だ。それは私たちの成長の証なの?きっとそうだ。



 これからも紆余曲折は続くだろう。泣きたくなる日も必ず訪れる。でも、私たちは幸福を求めて一日一日を大切に過ごしたい。そしていつか、掛け替えのない輝いていた日々を思い出したいのだ……。


読んで下さりありがとうございます。

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