衣替え
真人は死んだ魚のような目をしたミーシェが回復するのを待ち、ようやくグリーゼ街に入った。
二人がシュトルとの約束通りに服屋へ向かっていたとき、ミーシェはそういえばと呟いて真人の方を向いた。
「お金を持ってないなんてびっくりしちゃったよ。どこかで財布落としちゃったの?」
「いや、落としたってか身体ごと向こうに置いてきた」
「身体ごと置いてくるって何!?」
「…………今のなしで」
「思いの外デリケートな質問だったのこれ!?」
「で、服屋ってどこにあるんだ? そろそろ周囲からの視線に我慢できなくなって泣きそうなんだが」
「あからさまにスルーされた!?」
まともに答えない真人を見て、ミーシェは諦めたように溜め息を吐くと。
「はぁ……。まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど……。それで、服屋だっけ? それならもうすぐ着くよ! ほら、あそこ!」
そう言ってミーシェが指差した先には、『服、防具など各種取り揃えております!』と書かれた看板が見えた。
使われていた文字は真人が一度も見たことの無いこの世界独特のものだったが、それでも真人はその文章を読むことが出来た。
(こっちの世界の文字が普通に読めるってことはあの自称女神がなにかしてくれたんだろうけど、なんというか見たことの無い文字がスラスラ読めるのって違和感あるな)
「どうしたのー!? 早くー!」
真人が考えにふけっているうちに、いつの間にかミーシェは店の前まで走って向かっていたようで、服屋へと入っていった。
(やっぱ女の子って服とか好きなんだなぁ)
真人はゆっくりとミーシェの後を追い、服屋の扉を開いた。
「あらいらっしゃい」
「お邪魔しました」
扉の先に裸エプロンを着たムキムキの中年の男性が見えた真人は瞬時に扉を閉め、自分の目を疑った。
「……店を間違えたか? いや、でも確かにミーシェはこの店に入ったはずだよな……?」
今のは自分の見間違いだと判断した真人は、目を擦ったあともう一度店の扉を開けた。が、やはり真人の視界には裸エプロンの親父しか映らなかった。
「あらシャイボーイちゃん。いらっしゃい」
「何の店だこれ」
「何って……服屋よ?」
「オカマバーの間違いだと言ってくれ」
だが、真人の視界にはたくさんの服や防具が目に入り、何よりミーシェが服を物色しているのが見えた。
「………………服屋だなここ」
「ええ、女の子の服は勿論だけど、貴方みたいなアタシ好みの可愛い男の子が着るような服もたくさんあるわよ?」
「今俺の貞操が最大級の警笛の鳴らし始めたんだが」
「大丈夫よ。アタシは愛でるだけだもの」
「充分危険だわ」
とはいえ品揃えはかなり良いようで、真人やミーシェの他にも、何人かの客が服や防具を物色していた。
だがそれは全員女性で、男なのは真人しか居なかった。
「男用の服もたくさんあるわりには男性客は居ないんだな」
「そうなのよねぇ……。男の人はアタシの姿を見ただけで逃げちゃうのよ。恥ずかしがらなくても良いのに……」
「それ恥ずかしがってるんじゃなくて恐怖で全力逃走してるだけだろ」
「そんな…………」
真人がそう言うと、店主は俯いてわなわなと震え始めた。
「それって……つまり……」
(やべ……言いすぎたか……)
真人が悪いことをしたと思って謝ろうとしたそのとき、店主はガバッと顔をあげた。
「アタシを好きになることを恐れてるってこと!? やだぁ! モテすぎて困っちゃう!」
「頭の中ハッピーセットかよ」
真人の中の罪悪感は一気に吹き飛び、くねくねと変な動きをし始めた店主を無視して通りすぎた真人はミーシェの方へと向かった。
「何か良さげなやつあるか?」
「あ! 真人! これなんてどうかな!?」
ミーシェが選んだのは防具で、見るからに動きやすそうな軽装のものであったが、ところどころに鎧がついており、日常生活でも依頼に行くときでも着れそうなものだった。
「依頼を受けるなら万が一のことを考えてちょっとくらいは鎧が着いてた方が良いかなって思ったんだけど……どうかな?」
「お、それ良さそうだな。ちょっと試しに着てみるか」
真人は防具を取ると思っていたより重いことに驚いたが、鎧がついているのならこんなものだろうと思い、特に不思議に感じることはなくそのまま試着した。
「うん! やっぱり似合ってるよ!」
「えっと……サイズは丁度良さそうだな。あとは機動性か……」
真人は試しに少し動き回ってみたが特に目立つような不便さは感じられず、完璧に自分に合ったものだということを確認して満足していると、背後から肩に手を置かれた感触があった。
「あら、似合ってるじゃない」
いつの間にか背後に立っていた店主に気づいた真人は、手を振り払ってズザッと後ずさった。
「うげっ……」
「露骨に恥ずかしがらなくてもいいのよ?」
「露骨に嫌そうな顔をしたつもりだったんだけどアンタの脳内フィルターはどうなってんだ」
真人は呆れたように言ったが、店主は特に不満そうな顔をせず、真人の着ている防具に目をやった。
「で、それを買うのかしら?」
「え? ああ。丁度良いっぽいし、これにしようかと思ってる。これで足りるか?」
真人がさっきシュトルから受け取った小袋を店主に渡すと、店主は小袋の中身を確認した。
「安心して。全然足りないわ」
「どこを安心しろと?」
「わからないの?」
店主はやれやれと言った顔をすると、小袋をそのまま真人に渡した。
「アナタ可愛いし、初めての男性購入者だから記念にタダであげるって言ってるの。これくらい察しなさいよ」
「無料!?」
ミーシェが驚いた声をあげたが、それを気にせず真人は店主から返された小袋を受け取った。
「難易度高すぎだろ。ってか本当に良いのか?」
「ええ、そのかわり、今後ともこの店をよろしく」
「………………はい」
「何よその間は」
「いや、別に意味はない。ありがとな」
「どういたしまして」
真人が早足で店を出ると、ミーシェは慌てて真人を追いかけた。
「ちょ! ちょっと待って! 無料で防具貰えるってどういうこと!?」
「貞操の危機を乗り越えた俺への神様からのご褒美だろ、多分」
「え、えぇ……」
意味がわからないといった様子で、ミーシェは苦笑いをしたのだった。