森からの脱出
「やぁっ!」
現れたゴブリンのうち最後の一頭の首を、ミーシェの鋭い剣筋が捉えた。
ゴブリンの頭が宙を舞い、断末魔をあげる間も無くゴブリンは絶命した。
「ふぅ……おしまいっと」
ミーシェは取り出した布で剣についた血を拭き取ると、剣を鞘に納めた。
「さっきから凄いな……」
「そう? ありがと!」
真人がミーシェに案内をしてもらってから何度かゴブリンに遭遇していたが、それを全てミーシェが対応していた。
「何か悪いな、何も出来なくて。ただでさえ案内してもらってるのに」
「気にしないでよ、私がやるって言ったんだから」
「すまん、助かる。ありがとな」
「どういたしまして。それで、そろそろこの森から出られるんだけど――」
と、歩きだしながら話そうとしたミーシェだったが、真人の視線が自分とは別の場所にあることに気がついた。
それどころか、真人は一点を見つめたままその場から動こうとしなかった。
「……どうかしたの?」
「いや、ちょっとな……」
真人は10mほど離れた木の下に生えていた花を指差した。
「あの花なんだけど――」
真人が言いかけた直後、突然木の裏から一匹の茶色い狼が飛び出し、二人の元へと向かってきた。
「え!? なんであそこに居るってわかったの!?」
「いや違ぇよ!? ただ俺はあの花が――」
「とにかく、細かいことは後! すぐに倒しちゃうから!」
「そっちから聞いてきたのに後回しなのか!?」
真人の言葉に脇目もふらずに、ミーシェは腰に下げた鞘から剣を抜き、狼の方へ駆け出した。
「まぁ、魔物を倒す方が優先なのはわかるけどさ……」
と言いながら真人は溜め息をつき、先ほどの花に視線をやった。
(あの花、母さんがよく家で生けてたやつに似てるんだよなぁ……)
ミーシェがゴブリンを倒した後にふと目に入った花が、真人の意識を転生する前の世界のことを思い出させていた。
(まだ一日も経ってないのに随分懐かしいな……。ま、いきなりドラゴンが出てきたり、女の子が剣持ってゴブリンとかを普通に倒しまくってるなんて向こうじゃ有り得ないからな)
ふと真人がミーシェに視線をやると、どうやらミーシェはすでに狼を倒し終えたようで、真人の元に向かってきていた。
「お待たせ! ズバッっと一刀両断してきたよ!」
「また一刀両断かよ……。さっきからゴブリンも同じように倒してるけど、そういうもんなのか?」
「別にそういうわけじゃないよ? ただ今日は首元を取りやすいだけで……」
「どこの暗殺者だよお前」
えへへと頭を掻きながら恐ろしいことを言うミーシェに、真人は少し恐怖を感じた。
「それで、結局さっきはなんて言いかけてたの?」
「それは……」
その質問に真人は一度口を開いたが、最後まで言わずに口を閉じた。
「……いや、なんでもない」
自分が異世界から来たということを、真人が出会ったばかりのミーシェに言えるわけがなかった。
ミーシェは真人のその様子が気になって追及しようとしたが、寸前のところでそれをやめた。
(もしかして魔術士絡みのことで他人には言えないことなのかも……。ここは何も聞かないでおいた方が良いよね)
ミーシェはそう結論付けると、まるで気にしていないという様子で真人に笑顔を向けた。
「そう? じゃ、行こっか! 森の出口はすぐそこだよ!」
「了解」
ミーシェに先導されるがままに、真人はミーシェに着いていった。
しばらく歩くと真人の視界に森の出口が確認でき、そして遂に真人は森を抜けて広大な草原が広がる場所に出た。
「やっと森から出られた……。これで殺意に溢れた魔物達ともおさらばだ……」
安堵の息をつく真人だったが、ミーシェは何を言っているんだという風に真人の方を見た。
「え? 森の外にも普通に魔物は居るよ? それくらい知ってるよね?」
「え」
真人は空いた口が広がらなかった。そして思い出した。自分がやっていたゲームも、森だけではなく普通の道でもモンスターとエンカウントしたことを。
「……ソウイエバ、ソウデシタネ」
森の中で色々ありすぎて、最早森から出れば安全だと思っていた真人は、一瞬の安堵から一転し、落胆の息を吐いた。
「えっと……ひとつ聞きたいんだが街まではどのくらいかかるんだ?」
「うーん……大体1時間くらいかな?」
「うげぇ……」
露骨に嫌そうな顔をする真人だったが、案内してもらっている立場で嫌そうな顔をするのは失礼だと思い、その表情をすぐに引っ込めた。
「でも大丈夫だよ! 森の中にいるような危険な魔物はここら辺には少ないし、さっきより危険になることはまずないから!」
「おいフラグ立てるのやめろ」
そう言った直後、真人は背後に何かの気配を感じた。
(おいおい……回収早すぎやしないか? いや、まだ死亡フラグだと決まったわけじゃないし、回収されたと決まったわけでもない……)
恐る恐る真人が後ろを振り向くと、そこには先ほど見たゴブリン三人集がいた。
「イキテテクレテアリガトウ」
「オカゲデオレタチハゴハンニアリツケル」
「トイウワケデ」
「「「イタダキマス」」」
「そんな狂気にまみれた感謝の仕方があってたまるか!!」
数分後、そこにはミーシェに斬り伏せられたゴブリン達が転がっていた。