お礼
真人は一息つくと、ポケットから残り4つとなった石を取り出した。
そして、ポケットから出して手のひらに乗っているそれぞれ赤色、黄色、水色、緑色の石を見つめ始めた。
(もしかしなくてもさっき投げた青い石が氷結現象の発生源だよな……? その辺に落ちてる石でドラゴンを倒せるイージーモードな世界……なわけないだろうし、この石に何か秘密があるのか?)
「あの……」
「はい?」
真人が考えに没頭しているところに、彼の横に居た女の子が話しかけた。
彼女の表情は先程までの追い詰められていたようなものではなく、安堵に満ちていた。
「その、もうダメかと思ったけどおかげで助かったよ!! だから、本当にありがとう!!」
彼女に笑顔でそう言われた真人は、顔をひきつらせた。
「え、えっと……。ど、どういたしまして……」
真人からしたらただ拾った石を投げたら偶然倒せただけなので、お礼を言われても素直に受けとることが出来なかったのだ。
当然さっきの現象について真人は説明することが出来ないし、聞かれたくないとも思っていた。
「それで、失礼なことかもしれないんだけどさっきのって――――――」
と、真人が危惧していた質問を途中まで言いかけたところで彼女の口が止まった。
彼女の視線は、真人の手のひらに釘付けになっていた。
「な……何その純度の高い魔封石!?」
「ま、魔封石……?」
真人がなんのこっちゃと思っているのを知らずに、彼女は話し続けた。
「そう! その魔封石だよ! そんなに綺麗で透明度の高い魔封石なら相当強い魔法が仕込んであるんだよね!?」
興味津々といった様子でぐいっと近づいてきた彼女に対し、真人は少し後ずさった。
が、それも気にしないというかのように、彼女は一方的に質問しながら真人との距離を詰めていった。
「ねぇ! もしかして君って高名な魔術士さんだったりするの!?」
「待て待て待て待て待てそして近い近い近い近い近い!」
「あっ、ごめんね」
魔封石、魔法を仕込む、魔術士。わからない単語を交えたマシンガントークを浴びせられた真人は彼女の喋りを止めさせ、自分から少し離れさせた。
「自分の名前も明かさずに相手の事を探るなんて失礼だったよね。私はミーシェ・ナルーシカ。よろしくね!」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
真人としては魔封石や魔術士など、知らない単語の意味を教えてほしかったのだが、折角ミーシェが名乗ってくれたことなので、自分も名乗ることにした。
「……マサトだ。よろしく」
「マサト? ……変わった名前だね?」
「最後の言葉でトドメ刺しにくるのやめてくれ」
「え?」
「あ、いや。何でもない……」
日本では普通の名前も、異世界では変わった名前と捉えられてしまう。そんなよくある場面であったが、真人は実際に面と向かって変わった名前だと言われたのが少し辛かったらしい。
が、真人はすぐに気持ちを切り換えると、ミーシェの方に魔封石を持った手を向けた。
「で、これのことなんだが……正直俺もわからん。これさっき拾ったやつだし、どう使うのかも知らなかったわ」
「ひっ……拾った!?」
ミーシェは驚愕したような表情をして真人に詰め寄った。
「こんな純度の高くて強力な魔封石なんて数えるほどしか存在してないだろうし、誰かが落とすなんてまず有り得ないと思うよ!?」
「……うそん」
だが現に落ちていたのだ。だから真人は拾ったと言うしかない。
「それに魔封石なんて投げるだけで使えるんだから使い方がわからないなんてことはないと思うけど……」
「いや、そもそも魔封石なんてものがあるとは知らなかったんだけど……。ドラゴンと対峙したときに魔法を使えないどころかまともな戦闘経験すらない俺の膝が武者震いの如くガタガタ震えてたの見てなかったの?」
「いや、ドラゴンしか見てなくて……」
「もう少し周囲に気を配ろうな!?」
そんな困った様子の真人を見たミーシェは、とある仮説を立て始めた。
(必死だなぁ……。もしかして、正体がバレちゃいけない極秘な依頼でも受けているのかな?)
当然そんな訳はないが、一度考え始めた仮説は止まらず、どんどんと間違った方へと加速していった。
(本当に魔封石の使い方がわからなかったなら、丸腰でドラゴンに立ち向かおうとしてたようなものだけど、そんな事余程勇気がある人じゃないとしないと思うし……。そもそも冷静にドラゴンの弱点である氷属性の魔封石を選んで使っていた時点で使い方がわからなかったなんてことは有り得ないよね……)
ミーシェは一人結論付けると、真人にニッコリ微笑んだ。
「……まあ、多分そんなこともあるよね!」
「清々しいほどの手のひら返しだなオイ」
真人の言葉に、ミーシェはバツが悪そうに目をそらした。
「それは……うん。ごめん。それで、さっき助けてくれたお礼といってはなんだけど、何か私に出来ることとかないかな?」
それならもう真人の頼み事は決まっていた。というより、元々頼むつもりだったので、それを確実にやってもらえるというのは真人にとってありがたかった。
「じゃあ、一番近くの街まで案内してくれないか?」
「えっ? 案内?」
驚いたような言い方をするミーシェに、真人は正直に答えた。
「……恥ずかしながら道がわからなくてな、それとゴブリンが殺意に満ち溢れてて猟奇的だから怖い」
「それはいいんだけど……そ、そんなにゴブリンが怖いの?」
「ああ、だってあいつら見境なく襲ってくるし」
(えっと、つまり弱い魔物に強力な魔封石をたくさん使いたくないってことなのかな?)
ミーシェは一人納得すると、真人に笑顔を向けた。
「わかった! それでお礼になるなら喜んで案内するよ!」
「助かる。よろしく頼むわ」
ミーシェの認識がかなりズレている事に気が付かずに、真人はミーシェの後ろを付いていったのだった。