種の起源
「くそっ、なんてこった!」
資源探査船ディスカバリー号は、銀河系の辺縁部に赴いた調査で致命的な事故に遭った。操船システムのエラーにより調査対象の小惑星と接触し、宇宙空間に弾き飛ばされたのだ。
宇宙船のコントロールルームに、けたたましいアラームが鳴り響く。狭い空間は赤い光の明滅であふれ、さながら、いかがわしい繁華街にでも迷い込んだかのようだ。コンソールの計器類に踊る数値は、お悔やみの言葉を述べていた。
「けっ、こんなとこでお陀仏かよ!」
ヴァシリーコフが毒づく。
「どうにかして助かる方法はないの?」
パンチャイが哀願するような声を出した。
「唯一助かる方法があるとすりゃ、船のコアエリアを他のエリアから遮断し、コールドスリープ状態で発見してもらうしかねえ!」
そう提案したのは船長のカズだった。
「こんな銀河の涯でか? サッカーくじ当てて大金持ちになる幸運が、百回分は必要だな」
エバンスが皮肉った。
「それっきゃねえんだよ! ブータレてる暇あんなら、とっととカプセルへ急げ!」
こうして四人のクルーは、いつ覚めるとも知れぬ仮死状態に入った――
白い――。
朦朧とした視覚が捉えたのは単調な色彩。それは、霞んだ焦点が次第に像を結んでも変わらない。
彼は自分がいるのがどこなのか確かめるため起き上がろうとした。全身が鉛の鎧でもまとったかのように重い。プルプル震える手で身体を支えながら上半身を起こすと、そこは白一色の空間だった。
室内装飾も調度も、出入り口さえもない殺風景な立方体の内部空間。照明すらないが、発光する内壁が照明の役を果たしてるため視界は利く。その室内にただ一人、彼は素っ裸で棺桶を思わせる矩形の台座に横たわっていた。
「ここは……あの世か?」
徐々に明瞭になってゆく意識の端で、彼は訝しんだ。それと同時に、こめかみからズキズキした疼痛が忍び寄る。
『いいえ、そうした霊的空間ではありません。現実の世界です』
声がした。それは耳にではなく頭の中に響いた。
彼がハッとして顔を上げると、いつ運び込まれたのだろう、横たわる台座のすぐ脇に卵のような楕円の球体が浮いている。
大きさは一メートル×八十センチといったところか。球体を包むシルバーメタリックの光沢は、白に支配された空間でことさら際立っている。
声の主は、突如出現した謎の球体以外に考えられない。彼は警戒しながら尋ねた。
「ここはどこだ?」
『地球です。あなたがたを乗せ漂流していた宇宙船の残骸が、発見されたのです』
「すると、ボクたちは助かったのか?」
『残念ながら他の個体は損傷が激しく手の施しようがありませんでした。カズ・トクモト、あなたの生存すら奇跡と言っていい幸運なんですよ』
「損傷が激しいだと? 宇宙船から隔離されたコアエリアは、完全に遮蔽されていたはずだぞ?」
ディスカバリー号のコアエリアは、緊急事態に備え堅牢無比な構造になっている。なまなかなことで外部の影響など受けないはずだ。
『なにしろ、発見されるまで経過した時間が時間だけに……』
「い、いったい何年経ったんだ?」
『およそ五百万年と推定されます』
「なんだって!」
ボクは衝撃を受け絶句したが、ようやく気を取り直すと、口を開いた。
「さっき、ここが地球だといったな? だったら、おまえはいったい何者なんだ?」
『人間ですよ、そういう意味で質問しているなら。これでご理解いただけますか?』
球体を包む金属光沢が色褪せて透明になってゆく、それとともに内容物が徐々に姿を現した。
「うっ……」
そいつは羊水にたゆたう胎児そっくりだ。いや、人間の胎児そのものだった。
胎児もどきが瞑っていた瞼を開く。白い眼球には針孔のような瞳孔がポツンと開かれていた。
やつは唇の端を吊り上げて、微かに笑みを作った。
『はじめまして、ご先祖様』
《終わり》