31:譲れないもの
「寺崎って人いる?」
いつかのお昼。私はお呼び出しを頂いた。上履きの色を見たら青だったから学年は二年。二年生なんだから敬語をしっかりしなさい、と言いたい。だから敢えて無視をする。クラスメイトも同じなようだ。「あたしが呼んでるのになんで誰も反応しないの!」と二年生は癇癪を起した。正直関わりたくない。どうせ神崎君のことでしょ。私は神崎君のことが好き。神崎君も私を好いてくれている。それがお互いの交際理由。それでいいじゃない。クラスメイトに知られたのは恥ずかしいが、なぜか祝福をされたので問題はない。いつかの帰宅女子には睨まれたいるので注意はしているけど。
二年女子は何も言わず、ツカツカと教室に入り、私の前まで来た。度胸は買おう。普段は大人しい私でも、やるときはやる女だ。何年も愛衣と愛樹の姉をやっていない。ときに追っかけを追い返したことだってある。まあ、その前にあの二人がどうにかすることの方が多いんだけどさ。これはどうでもいいか。でも、自信がある理由はそれだけじゃない。妹弟曰く、本気で怒った私は誰も手が付けられないらしい。それがどういう意味か分からないわけではないけど、自覚がないからどういうことだ、と聞かされたときにはなったものだ。二年女子は私を見据えて言った。
「神崎君と別れなさい」
瞬間、教室中がざわついた。私はというと、平然と、やっぱりか、と呟く程度だ。わかっていた分、冷静に対処できる。落ち着いたとはいえ、文化祭終了時期は当時一年から三年まで見に来られていたくらいだ。どうしてあんな子に。神崎君が脅されてる。どうせすぐ別れる。などと言われるのにも慣れて、神崎君が「俺が寺崎先輩のことを好きなんですからほっといてください」と言うまで続いたんだから。これくらい、どうってことない。むしろ、三年にケンカを売っているこのこの方が危ぶまれるだろう。先生も面倒事を起こしてくれない方が仕事も少ないのに、憐れ。
「どうして、あなたにそんなことを言われなきゃいねないの?」
「このあたしが別れなさいと言っているの。とっとと別れなさいよ」
「意味がわからない。こんな暴君初めて見たよ」
暴君、の一言でクラスからクスクスと笑い声が響く。ちなみに、クラスは二年と同じ。我が校は普通科高校だが、一年から二年に上がる以外、クラス替えがないのだ。二年女子こと暴君は顔を赤くして「こんな屈辱を受けたのは初めてよ」と言い出した。だったら偉そうにしなければいいのに。友達いなさそうだよ、この子。私は友人がいればそれでいいし、クラスメイトとも友人までとはいかなくても仲は良好だ。だから気にしたことはない。さてさて、暴君はなおも私を睨んだまま頓珍漢なことを言う。
「お金が欲しいの!? これだから貧乏人は」
「は?」
友人と顔を見合わせて、なんでそんな思考になった?と首をかしげる。クラスメイトを見ても、意味が分からないような顔をしているから、そんな返しが来るなんて思わなかったのだろう。私の家は名家である。資産もそれなりにある。だから、金に物言わせる彼女は私のようにいわゆるお金持ちなのか、と考えた。でなければ「お金が欲しいの?」なんて発想は無いと思う。まあ、一般家庭のように育った私にそんな発想もないのだけど。そんなことも知らない彼女はまだ続ける。
「いくら欲しいの? あげるから別れなさい」
「いやだって言ったら? というか、あなたにとやかく言われる筋合いはないと思うけど。それに、お金で解決しようとするなんて小物のやることだよ」
今度は控えた笑い声ではない。爆笑とまではいかなくても、クラスメイトはやっぱり笑う。私の言葉選びがいけないのだろうが、正直に思ったことだから悪気はない。
「お、お父様に言いつけてやるわ!」
「えええ。色恋沙汰に親が出てくるの? なんでもかんでも親に言ったら済むことじゃないよ。だいたい、私に言う前に神崎君を落とすように頑張ればいいじゃない。私を見た人たちはそうやってるよ」
たぶん、帰宅女子もそう。モーションをかけて、靡かないから私を睨む。嬉しいことにそんなことをしてくる相手に神崎君は「俺の気持ちが変わることはありません」と言ってくれてるらしい。後輩が教えてくれた。二年に上がって料理部三人は同じクラスになったらしい。だから、神崎君のことはわりと筒抜けだ。同様に、私は友人と同じクラスだから神崎君に筒抜けである。隠すようなことは何もないから別にいいけど。あると言えば、見られていることくらいだ。
「ほら。さっさと教室に戻りなよ。もうすぐ予鈴鳴るよ」
そう言っても動かない二年女子に私は呆れて溜め息を吐く。いったい、なんだっていうの。結局、二年女子が帰ったのは予鈴が鳴ってからだ。




