10:パンケーキのような甘いこと
認めてしまうと、どうしようもなかった。神崎君の言葉、表情に踊らされてる気がする。
今、試作班がパンケーキの試作に取りかかっており、甘い匂いが家庭科室に充満する。チーズや生クリームなどの匂いだ。色々買ってきたらしい三人はそれぞれ王道のパンケーキを作っている。私たち衣装班は作り終わるのを待っている状態だ。なぜか、穂積君も一緒に。なんで家庭科室に穂積君がいるの。そんな目で見ていたのか、穂積君は答えてくれた。
「直に聞いたんだよ。料理部がパンケーキの試作するって。で、相伴しようかとな」
「ふうん、そう。部長がいいならいっか」
穂積君は私の右横に座っている。私と穂積君の前には後輩二人が座ってきゃっきゃっと頬を染めてテンションが上がっているようだ。穂積君に人気があるのは知っていたが、後輩からも人気だったことに私は驚いた。三年のお姉様だけじゃなかったのか。
「穂積先輩、今は特定の人はいないんですか?」
曰く、女たらしな穂積君には特定の人がいつもいるようだが、ここ一ヶ月ほどいないという。どんなスパンで彼女がいたのか気になるけど、なんか訊いちゃいけない気がする。理由は簡単。恋愛は神崎君が初めてだ。そんな私が耐えれるとは思えない。
穂積君は私の顔を覗き込み、にやりと笑った。くつくつと楽しそうに笑う穂積君に私はぷいっと顔を余所に向ける。後輩は何やら先ほどより顔を赤くして私たちを見た。なんだろう、と後輩たちを見ると、肩を抱かれた。私の横にいるのは穂積君だけだ。つまり、穂積君に肩を抱かれていることになる。どういうことかわからなくて、ぴしりと固まっていると、穂積君が口を開いた。「俺、こいつ狙ってるの」と。突然のことで言葉を失った。驚きすぎて声が出ないってことあるんだね。
「は、え? あの、穂積君?」
「ん?」
「は、離して。とりあえず私、穂積君のことは隣のクラスの生徒としか思ってないから」
早口で言ってしまい、意識していることが分かる。恋心は無いけど、慣れていないことをされると、とても緊張してしまう。離してほしいけどどうすればいいのか、内心慌てていると、とん、とベリーソースのかかったパンケーキを乗せた皿が目の前に置かれた。と思ったら穂積君の重みがなくなった。助かった、と思ったら、がたっと誰かが座った。神崎君だ。つまり私は、神崎君と穂積君に挟まれていることになる。ちょっと待って。混乱する私に神崎君は冷静に「冷めてしまいますよ、寺崎先輩」と言う。後輩の前にも置いているし、彼女たちは食べ始めているから私に言うのもわかる。でも、なんで私、挟まれたの。
「参戦する気か。直君?」
「そっちがやる気なら」
何に参戦するのか、よくわからない会話をする二人。一人気まずい私はパンケーキに手を付ける。ベリーソースの酸味と甘すぎないクリームが合っている。ねっとりしていないソースが甘酸っぱい。何が入っているのかわからないが、訊ねても企業秘密と言われそうだ。まあ、わからなくても問題は無いし、美味しいから満足だ。自然と笑顔になった私にくすりと笑い声が聞こえた。ふいに左横から感じる指先にどくりと脈打つ。神崎君を見ると、笑っていた。何がおかしいもくすくすと笑っている。その姿に顔に熱が溜まり、熱くなっていく。
「パンケーキのカスが付いていましたよ」
「あり、がとう」
「どういたしまして。味はどうですか?」
「とても美味しい。作り方教えてよ」
「企業秘密です」
やっぱり企業秘密。うん、知ってた。
「何お前ら、二人の世界に入ってんの」
「穂積、邪魔です」
「直お前な……」
「言ったはずです。あなたが参戦するなら参戦すると」
分は俺にあるようですね、と神崎君は不敵に笑った。一体、どうなっているのか。誰か説明して欲しい。




