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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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ポチと龍介のわらしべ長者?

ポチを連れて外に出ると、もうすっかり梅雨に入っている様だった。

肌にまとわりつく様な湿気と、雨が降る前の様なにおいがした。


「ポチ、雨になりそうだから、なるべく早めに帰ろう。」


聞いているんだか、居ないんだか、ポチはいつもの様に、お散歩コースの雑木林に入って行った。


ーああ、そうは言っても変わんねえか。


龍介は苦笑しながら、ポチのリードを外し、好きにさせた。

するとポチ。何かをみつけたのか、猛スピードで走り出した。


「どしたあ?なんかいたかあ?」


ポチは突然立ち止まり、龍介を振り返った。

こっちに来てと言っている様なので、ポチに近付くと、ポチの足下には、弱った猫が居た。


「おお!?大丈夫か?どした?」


龍介が抱き上げると、ニャアとか細く鳴いた。


ー飼い猫だな…。


ピンク色の首輪をつけ、そこには飼い主の電話番号と住所が書かれていた。


ーうーん、向こうの相模原か…。取り敢えず電話してみよう…。


書いてある電話番号に掛けてみると、女性が出た。


「あの、ピンクの首輪をつけたグレーの猫を拾いました。お宅の番号が書いてあったので、ご連絡差し上げたんですが。」


「マリーを見つけて下さったんですか!?有難うございます!マリー、元気でしょうか!?」


マリーという猫は、龍介に抱かれてからは、安心したのか、さっきよりも元気になっている様に見えた。

もしかしたら、ポチに見つめられ、若干怖かったのかもしれない。


「大丈夫そうに見えます。ええっと、あの、どうしたら宜しいですか。ここは小田急相模原なんですが。」


「ええっ!?そんな所まで行っちゃってたの!?ああ、どうしよう。今直ぐにでも迎えに行きたいんですが、実は私、足を骨折してしまっていて、殆ど歩けないんです。」


龍介は悩んだ。

連れて行ってやるのは構わない。

飼い主の方も、行方不明の飼い猫には早く会いたいだろうし、その気持ちはよく分かる。

だが、犬と猫を連れてタクシーに乗る訳にも行かない。

というか、多分乗せてくれない。

しずかに言えば、車は出してくれるだろうが、今しずかはヘッドフォンでデビッド:ボウイを聴きながら、歌いつつ、夕飯作りに集中している。

邪魔するのも申し訳ない気がするし、今邪魔してしまったら、夕飯が遅くなり、蜜柑が腹が減ったと泣いてしまう。

暫く待てば、竜朗は帰って来るが、竜朗を使うのは、警備上の都合で問題がある。

後でしずかにとも考えたが、最近のしずかは、更年期のせいなのか、訓練のせいなのか、夕飯の後は疲れ切った様子でぐったりしている事が多く、身体も辛そうに見える。

動かすのは可哀想だ。

かと言って、龍介が自転車で連れて行くのはちょっと難しい。

何故なら龍介の自転車には籠が無い。

それに、ポチの散歩はまだ始まったばかりである。

これで家に連れ帰ってしまったら、腹癒せに後で何をしでかすか知れたものでは無い。

結論は出た。


「すみません。こっちも犬の散歩中などの諸事情により、歩いて送り届けますので、少々お時間を下さい。」


「申し訳ありません。お手数をおかけしてしまって。」


「いえ。大丈夫です。それでは。」


名前を聞かれたので、一応苗字だけ名乗り、電話を切って、散歩再開。

雑木林の散策を思う存分した様子のポチを連れ、猫のマリーを抱いて、マリーの飼い主、佐藤さんの家に向かい始めたのだが…。


通りがかった、来た事も無い公園に、突然ポチが入りたがった。


「何。どした。」


凄い勢いでリードを引っ張るポチ。

ちゃんとしつけているので、普段はそういう事は無い。


「またなんかあるのか?」


ポチが引っ張るままついて行くと、今度は段ボール箱に入った子猫5匹を発見。

段ボールの蓋には、

「拾って下さい。」

と書いてある。


「なんつー無責任な。」


頭には来たが、雨も降りそうだし、この猫達は、産まれて間も無い感じだ。

雨に濡れたら、死んでしまうかもしれない。

ポチに、マリー、その上段ボールの猫とは相当な荷物だが、行きがかり上、放っても置けず、龍介は段ボールの中にマリーを入れ、ポチのリードを持ちつつ、段ボールを抱えて歩き出した。


また暫くして、今度は植え込みの所で立ち止まるポチ。

段々と嫌な予感しかしないが、ポチが鼻を突っ込んでいる辺りを一緒に覗くと、犬がいた。


「こ、今度は迷い犬なのか?」


首輪を見ると、これまたご丁寧に、電話番号と田代という名前が書かれたプレートを付けていた。

ポチと仲良しになった様子の、その小型犬の家に電話をすると、慌てふためいた感じのお爺さんが出た。


「悪いが、今、犬が行方不明で、取り込んでるんだ。手短に頼む。」


「その犬の事で、お電話差し上げています。」


そう言って、預かっている旨を話すと、一転して大喜びで、感謝の言葉を連ねた。

住所を聞くと、ここから大した距離でないし、マリーの家の通り道であることが分かったので、御老人の2人住まいの様だし、このまま連れて行くと電話を切った。


そして再び、今度はポチと迷子のパピヨンのリードを持ち、段ボール箱を抱えて歩き出した龍介は、流石に固まった。

5歳児位の男の子が、歩道のど真ん中で、でっかい声で泣いている。

鼻水まで垂らして、凄い状態。

一見して迷子というのは分かったが、これ以上面倒事を抱えるのは、いくら龍介がお人好しでも、避けたくなった。

しかも、龍介は子供が好きという訳ではない。

聞き分けのいい子ならまだいいが、こういういかにもアホそうな、ビービーひたすら泣いている様な子供は嫌いだ。

避けて通りたい所だったが、通行人は誰も足を止めず、その子はより一層大きな声で泣いている。


ーああ、もう…。仕方ねえか…。


龍介はその子の前に立った。


「おい。なんで泣いてる。母ちゃんどうした。」


「ママが居ないー!!!」


「どこで居なくなったんだ。」


「スーパー!お買い物してたら居なくなったああああ!!!」


「それはてめえが居なくなったんじゃねえのか。何処のスーパーだ。」


「お花のマークのスーパー!!!」


「だから、スーパーの名前を言えっつーの!」


「分かんないよおおー!!!」


また泣く。


ースーパーのカタカナも読めねえのかよ…。


普通の5歳児で、カタカナまで完璧に読める子供が少ない事を、龍介は知らない。


ー花のマークねえ…。


「お前、どっちから来たんだよ。」


「あっち!!!」


その子が指差す方向は、龍介の進行方向だった。


「んじゃ、ほら、鼻水…。」


龍介はポチの未使用のウンチ始末用の紙で、その子の顔を適当に拭くと、歩き出そうとしたのだが、その子は立ち止まったまま動かず、龍介に手を伸ばした。


ーこ…、この上、手を繋げというのか!?


そうらしい。

仕方がないので、リードを持つ手で、段ボール箱を抱え、その子の手を引き、指が攣りそうになりながら歩き出した。


「お前、名前は。」


「ゆーと!」


「ゆーと、男ってのは、滅多矢鱈と泣くもんじゃねえ。恥を知れ。」


「はぢ?」


「恥ずかしいから、道端でぎゃあぎゃあ泣くなっつーの!そんな困るんなら、母ちゃんから離れない!」


「はい…。」


暫く歩くと、ゆーとが立ち止まった。


「あ!ここ!ここのスーパー!」


その子が指さした看板は、ショッキングピンクの看板に、サンワとカタカナで書かれた白い花のモチーフの付いたスーパーだった。

駐車場で、


「ゆーと!」


と、叫んでいるお母さんがいる。


「ママー!!!」


気が付いて走って来るお母さん。


「ゆーと!!!どこ行っちゃってたの!お手て離しちゃ駄目って言ってるでしょう!?」


「うわーん!ごめんなさ…。」


龍介に睨まれて、泣くのを止めるゆーと。

お母さんは、龍介を見上げた。


「すみません。有難うございました。本当にお世話お掛けして…。」


ペコペコペコペコ…。


「ああ、いや、いいんですよ。この迷い猫と迷い犬を届ける用がありますので、これで失礼します。」


「あ、待って待って!」


「は…。」


「これ。召し上がって下さい!せめてものお礼です!」


それはケーキだった。

ケーキというのは、気をつけて持たなければならない分、重くは無いが、かなりの荷物になる。


「いや、結構です。お気持ちだけで…。」


「そんな事仰らず!気が済みません!」


ーええええ…。困るよ、これ以上の大荷物…。


なんとか断りたい。


「実は、この保護した捨て猫も居ますし、荷物がとても多いんです。本当にお気持ちだけで…。」


「でも…。」


お母さんは、捨て猫と聞いて、段ボール箱の子猫達を覗き見た。


「わあ、可愛い…。ゆーと、見て。可愛いね。」


「本当だ!可愛い!お母さん、飼って!」


「そうね。猫飼いたいねって言ってたもんね。あの…、この猫ちゃん達、貰い手はあるんですか。」


「いや、考えてません。雨が降りそうだったので、取り敢えず保護してしまっただけで…。」


「じゃあ、一匹、頂けませんか?」


「本当ですか!?それは助かります!」


取り敢えず荷物は一匹減るし、安心でもある。

ゆーとは馬鹿そうだが、このお母さんは大丈夫そうだし。

という訳で、一匹選んで貰う。


「ゆーとを助けて頂いた上、猫ちゃんまで…。本当に有難う。改めて、お宅に伺ってお礼を…。」


「いや、それは結構ですから。」


「じゃあ、お名前を…。」


「加納です。では。」


お母さんは追い掛けて来て、ケーキを強引に渡した。


「ね?お願い。ゆーとを助けて貰って、猫ちゃんまで頂いて、何もあげないんじゃ、本当に申し訳ないわ。住所も伺えないんじゃ、もうお礼の仕様がないもの。お願いします。」


泣きたくなりながら、言いたくもないケーキの礼を言い、更に荷物が増えた気分で、パピヨンの家に着いた。

お爺さんとお婆さんは、涙ぐみながら礼を言い、上がって行ってくれと言うのはなんとか断れたが、お婆さんはまたお礼にと、嵩張る物を出して来た。


「これね、とっても美味しいのよ。是非召し上がって。」


それは、美しい和菓子の練り切り詰め合わせ。

ケーキ程気は遣わずに済むかもしれないが、縦には出来ない。

ケーキの時同様、必死に断ったが、お婆さんも強引である。

子猫はまた一匹引き取って貰えたが、今度は練り切りという荷物が増えた。


ーああ、もう嫌…。


段ボールに子猫3匹にマリー1匹。ポチのリードに、神経を遣うケーキに練り切り。

死にそうになりながら、漸くマリーの家に到着。


矢張り、凄まじい勢いでお礼を言われるが、早く帰りたくてしょうがない。

しかし、猫好きの佐藤さんは、子猫2匹も引き取ってくれた。

それは有難かったが、龍介は疲れ切っている。

事務的になっているのも構わず、適当に返事をし、出ようとすると、今度はでっかい箱…。


「け…結構です…。」


「そんな事言わないで!お願い!気がすまないの!」


ーみんなして気がすまねえ、気がすまねえって、俺の事も少しは考えてくれよおおお!!!!


龍介の心の叫びは届かず、持たされたのは、巨大なデコレーションケーキ…。

箱に入っているそのケーキは、大きさにして、40センチ四方で、高さは60センチ。


「こ…これを小田急相模原まで持って帰れと仰る…?」


思わず言ってしまったが、佐藤さんは、迷惑がっているというのは、分かってくれない様だ。


「私、結婚控えてて、自分でウェディングケーキ作るんだけど、今回の練習品は、会心の出来なの!是非食べて!」


ー勘弁してくれええええー!!!!


佐藤さんに強引に手渡され、龍介はまたこんな大荷物を抱えて帰る事を考えると、たまらなく憂鬱になり、思わず、佐藤さんのマンション前の植え込みに座り込んでしまった。


「ポチ…。」


「ハッハッ。」


「腹減ったな…。」


「クウン…。」


「お前、困ってる奴ら見つけて、偉いけどさあ。」


「ハッハッ。」


褒められたと思って、ご機嫌な顔で笑うポチに、それ以上のお小言も言えず、龍介は大きなため息と共に、甘いものの箱3つと、子猫を見つめた。


「お前はうちに一緒に帰るにしても、この甘い物はどうしたらいいんだ…。捨てて帰りてえよ…。」


そこに聞き慣れたエンジン音がした。

ルノーRV7のエンジン音だ。


「龍。随分遠出のお散歩ね。」


「母さん?」


「あんまり遅いから、爺ちゃんが行くって言うから、私が来たの。乗りなさいな。」


「ごめんな、母さん…。疲れてんのに…。」


「大丈夫よん。で、その箱は何?」


「い、色々ありまして…。」





車に乗り、話を聞いたしずかは、龍介をねぎらった後、笑って言った。


「わらしべ長者みたいじゃない。当分オヤツ作らなくて済むわ。」


「美味いかどうか分かんねえよ?」


「きっと美味しいよ。龍が苦労して貰ったものだもの。ね、ミケ。」


しずかは、運転しながら、龍介の膝の上の子猫に話し掛けた。


「ミケ!?またベタだな!」


「猫っつったら、ミケでしょ。犬はポチなんだから。ねー、ミケ。」


「にゃーん。」


「返事しちまったじゃねえかよ!決まりなの!?」


「決まりなの。ね、ミケ。」


「にゃーん。」


加納家、誰1人として、ネーミングセンスのある人間は居ない様だ。

そして、龍介が貰って来た甘い物達は、どれも素晴らしく美味しかった。

龍介の苦労は、結論としては、相殺されたのかもしれない。












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