龍介くんの不得手なもの
最近、龍介は、指揮の他、報告書を書くのも、真行寺から任されている。
図書館に入るにしても、どこの組織でも報告書は必要だから、慣れておいた方がいいという事だそうだ。
寅彦がマックで報告書を打っている龍介の手元にある、寅次郎の報告書を覗き込んだ。
「ん?」
「いや、なんで半魚人と思ってさ。」
「解剖の結果、半分人間なんではなくて、脊椎があるタイプの魚が二足歩行しだしたというもんらしいな。
本当に突然変異。しかもあの強さと頭もいいので、単為生殖して、地球がとんなになっても生き残ろうとしたんだろうという結果のようだ。」
「突然変異は、みんな生き残りをかけての事か。」
「そうだな。」
「人間まで変異したら嫌だな。」
「でも、科学力に頼って、しようとする人間はいそうだよな。」
「どんな状況でも生き残ってきた生物というと、ゴキブリか?」
「ーそれは母さんでなくても、ごめんこうむりてぇな。」
「だな。」
笑って話が終わると、寅彦はしみじみと言った。
「龍、あんた分かってたんだろ。佐々木と朱雀があんだけ働きがいいって事。」
「実はね。
朝、2人に会って目を見た瞬間に、『ああ、大丈夫だな。』って思った。
覚悟決めた目をしてたし、まぁ、佐々木は、俺が教えてたから、どれくらいの技術持ってるかも分かってたし、あいつ意外とパニック状況下でも、落ち着いていられるタイプだから。
朱雀の腕が確かなのは、知ってたけど、大丈夫な目をしてたから、これはいけるなってね。」
「ふーん…。でも、俺は、正直、朱雀があそこまで冷静沈着なスナイパーに変貌するとは思ってもみなかったな。」
「俺も、最初はそう思ってた。
腕がいいのは知ってたけど、あそこまで凄え集中力で、あのキャラが、情け容赦の無いスナイパーに成りきれるのかなって。
でも、佐々木見てて思ったんだ。
佐々木は、あんないらん事しいの困った奴だったのに、未来に行って、重大案件を目の当たりにしたら、正反対位に変わった。
ああいう風に、本当は出来る癖に、普段は尻拭いを人任せにしてる奴は、肝が据わった時、持ってる能力全開になるのかもしれねえなって。」
「まあ、一概には言えねえだろうけど、そうなのかもな。しかし、龍の指揮もいい感じになってきたねえ。」
「母さんにはケチョンケチョンだけどな。」
「この間のアレはしずかちゃんだからだろ?」
「そう。信用してんだって言ったら、余計怒る。どうしたらいいんだか。」
「でも、しずかちゃんと、双子っち戻って来て、なんか元に戻ったみてえで、ホッとすんな。」
「うるせえけどな。」
2人で苦笑し合う。
しずかは帰って来た途端、また金魚を狙う山田さんの家の猫と戦っているし、蜜柑は何かやっては、竜朗をラオウにさせて、怒られ、苺は相変わらず、数式を考える余り、注意散漫になり、どっかにぶつかるとか、何か撒き散らすとかやって、しずかの仕事を増やしている。
「真行寺さんが帰って来たら、どっか行っちまうんだろ?グランパが住んでた家とか…。」
「いや…。」
「えっ!?」
「お父さんが爺ちゃんと父さんの護衛がてら、また一緒に住むって言ってるようで、父さんと揉めている。」
「まあ、スペース的な問題は無えだろうけど、離婚してんだもんな…。一応…。」
「そうなんだよ。でも、お父さんとしては、未来で、母さんが父さん守って、討ち死にってのが引っかかってんだろ。多分。」
「そこは、しずかちゃんの周りの男の、共通認識なんだな。」
「そういうこったな。でも、実は俺としても、そうして貰った方が安心だし、グランパも賛成してる様だ。」
「きいっちゃんの親父さんの所は?」
「自衛隊の超精鋭部隊が24時間警護中。
グランパが麗子お婆さんと同居しようかと言ったそうだが、麗子お婆さんが入るとなると、結構大変だし、あそこんちは、きいっちゃん家族が居るだけでもう定員いっぱいだから。」
「そっか。まあ、きいっちゃんトコは、今のところ、親父さんだけだもんな。ここんちは、最重要人物2人だもんな。」
「そうね…。きいっちゃんが狙われる様な時代になんなきゃいいんだけどな…。」
「うん…。」
だが、それは希望に過ぎない事を、龍介も寅彦も感じていた。
亀一がこのまま蔵で働き、世界が不穏になって来たら、龍太郎並みの頭脳と発想力を持つ亀一は、恐らく、龍太郎同様に狙われる様になってしまうだろう。
せめて国内の敵が消え、海外に亀一の名前がバレない事を祈るのみである。
「ところで龍。報告書はマックで大丈夫なのか。」
龍介の顔色が若干悪くなった。
「と…、取り敢えず、データはグランパに極秘回線メールだし、図書館には紙で出すから…。」
「ウィンドウズにした方がいいんじゃねえの?図書館はウィンドウズだぜ?」
「う…。窓達アレルギーが…。」
「龍、ウィンドウズ開けた途端に固まるもんな。天下無敵の龍にも苦手なもんはあんだな。」
「窓達の言ってる事は意味不明だ…。」
「面白えの。」
「いや、面白くもなんともない…。佐々木はこんなのをお前さんの教えについて行って、覚えてんだから、俺より頭良いのかもしれない…。」
「龍は構造は分かってんじゃねえかよ。マックが不調になったって、どうにかしてんじゃん。」
「マックの言ってる事は分かるし、理屈で順序立てて考えれば分かる。」
「ウィンドウズだって同じだよ。」
「いや、違う。」
「違わねえって。」
人には、面白い所に不得手があるものである。
「でも、寅がうちに住んでてくれて良かった。」
「なんで?パソコン直し?」
「いや、違う。気が楽だ。こうやっていつでも喋れるから。」
「そこは俺も同じ。ユキじゃなあ…。」
「そ…そうだな…。」
寅之は、未来の話を聞くと、開口1番に、
「じゃあ、龍や寅達がなんとかしてくれれば大丈夫って事だね。良かった。」
と強引に解釈して、蓋を閉め、無かった事にしてしまったらしい。
丁度報告書を書き終えた頃、ポチが部屋に入って来た。
「散歩か。」
「ハッハッ。」
そうらしい。
龍介は片付けると、ポチの散歩に出た。
しかし、この散歩が異様に長い散歩になろうとは、龍介は夢にも思わなかった。




