それぞれの指針
悟は、何故かあれから毎日の様に加納家に来ている。
尤も、龍介に用があるわけでは無い。
寅彦に情報官の技術を学びに来ているのである。
「僕は加納みたいに、パニック状態になっても、頭が高速回転して、危険を察知して動いて、全員を助けるなんて才能は無いし、長岡の様に凄い頭脳を持ってる訳でもない。
じゃあ、未来の為に何が出来るかと考えたら、パソコンとかシステムとか好きだし、加来の仕事はどうかと…。」
確かに、小学生の時に、ゲームを作ったり、パソコンに関しては、独学で結構やれるというのは知っていたが、情報官の様な仕事となるとどうなのかと思っていると、寅彦は意外な事を言った。
「あいつ、筋がいい。今度フランス連れてってみる。」
寅彦師匠が認める実力の持ち主だったらしい。
学校に行く電車の中で、寅彦がそう言った。
悟の本気度は分かったので、それは協力しなければと、龍介も言った。
「本人、本気みてえだし、訓練がてら、Xファイルにも入れるか。」
「おう。そうしよう。」
そして、龍介は亀一の顔を見て苦笑した。
「つーか、きいっちゃんはどうしたんだよ。渋い顔して。」
龍介が笑いながら言うと、亀一は渋い顔のまま答えた。
「お袋が…。家を出た…。
家ん中、景虎抱えた栞だけじゃ、とても回らんので、親父と手伝ってみたが、お前らも知っての通り、俺は朝は自分の事すら満足に出来ん有様なので、栞が泣き出し、つられて景虎も泣き出し、朝から修羅場の様に…。」
「ええ!?優子さんが家出って何!」
「龍、家出では無い。家を出たんだ…。」
「だからなんで!つーか、家出って言わねえか!?。何をしたんだ、あんたらは!あの優しい仏様の様な優子さんを家出させるなんて!」
「だから誤解だっつーの!
お袋は、俺の見てきた未来の話を聞いて、
『悔しいわ。死闘を繰り広げて、和臣さんを守れたなら兎も角、和臣さん死なせて、私も死ぬなんて…。ちょっと一からやり直して来るわ。』
と言い残し…。」
「そ…、そっちか…。」
「そう…。ああ見えて、異様な負けず嫌いだからな…。」
「訓練に行ったと…。」
「ん…。今頃、陸自の超過酷訓練に参加させて貰っている事だろう…。
ところで、しずかちゃんは大丈夫なのか。
あの人も同じ事言いそうだし、うちのお袋に負けず劣らず、凄まじい負けず嫌いだろ?」
「母さんは俺たちの留守中に、図書館の射撃訓練場に通っている模様…。
爺ちゃんの警護に来た図書館の人の話によると、大変な命中率と身のこなしだが、本人はまだ満足行ってないらしい…。」
「2人共あの年でよくやるよな…。しずかちゃんなんか老眼のくせに…。」
「本当だよ。来月45だぜ…。」
「でも、お二人共、45には見えないもの。年齢も関係無く、ご自分が出来る事を努力なさって、素晴らしいと思うけどな。」
瑠璃が言うと、鸞も頷いた。
「本当よ。何をどうしたらいいかも分からない私に比べたら、叔母様方も、佐々木君も、本当に立派だわ。
私も射撃訓練に行くって言ったら、お父さんに土曜日だけにしとけ、学校に響くって怒られちゃったし…。」
寅彦が駄目押しする様に眉をひそめて言った。
「お前は虚弱体質なんだから、あんな、しずかちゃんがやってる様な、ハードな射撃訓練は駄目だっつー話だろ。
今は学業第一。お前だけ大学落ちても一緒に落ちたりしねえからな。置いてくぞ。」
「はーい…。分かってまーす…。」
龍介は鸞を労わる様な目で見つめた。
「焦る気持ちは分かるよ。俺も大して動けてない。でも、鸞ちゃんには、鸞ちゃんの出来る範囲の事をやるのがベストだと思う。頭に、あの未来にしないってあるだけで、全然違うと思うし。」
「うん。有難う、龍介君。」
話がひと段落した時、龍介は、亀一の眼鏡の下部分の頬の辺りに、痣を見つけた。
「きいっちゃん。この痣はどうしたんだ。」
「これか。
栞が泣きだして、それに呼応して景虎も泣きだした事で、親父が、
『大体お前が、朝ちゃんと起きねえからだ!』
とキレちまって、朝から喧嘩になったが、例によって俺が動けないので、避ける事も出来ず、思い切り親父に投げ飛ばされてしまい、拓也に一喝され、その後、何故か拓也がすげえ勢いで仕切りだして、栞の作りかけの飯まで作ってしまい、お袋顔負けの勢いで、親父と俺をガミガミと叱り…。
俺達にガミガミ怒りながら、景虎あやして、自分も飯食ってたからな。あいつ、修羅場ハイスペックだ。」
修羅場ハイスペックというのがよく分からないが、亀一と和臣の親子喧嘩は、栞に妊娠させた時もそうだったが、日頃から激しい。
優子が、
「やめて!家が壊れる!外でやって!」
と、叫ぶほどである。
「大変だったな、それは。」
自業自得な気もしたが、一応全員で慰めておく。
「でもさ。俺も親父と叔父さんに話してて思ったけど、日本の事は努力次第でなんとかなるかもしれねえけど、世界情勢は?」
寅彦が話を変えて言った。
全員深刻な顔で頷く。
「俺もそう思った。
夏目さんと後で話したけど、あっちは、正直どうにもなんねえだろうって。
父さんの技術力で、アメリカに物申せる立場になったとしても、アメリカ国内の問題もある。
未来通りに世界的な戦争になった時、日本を守れるようにしておくしかないだろうって。」
「そうだな。ツー訳で、龍。俺は、学校無い時は、今から親父んところに行く事になったから、Xファイルは抜ける事になりそうだ。相談には乗れるが。」
「分かった。頑張って。」
亀一は、自衛隊と言っても、取り敢えずは研究開発だから許可が下りたのだろうし、亀一の頭脳はあった方がいいに決まっている。
多分、高校卒業後も、防衛大に席を置きつつ、特例措置でそのまま蔵に居る形になるのだろう。
龍介達が学校でお弁当を食べている頃、しずかは竜朗の顧問室で、竜朗と一緒に、自分で作って来た、龍介と同じお弁当を食べていたのだが…。
「しずかちゃん?どした?」
一向に箸が進まないしずかを見て、心配そうに聞く竜朗に苦笑い。
「腕が…上がらないの…。」
「んもー、だからやり過ぎはダメだっつったろう?しょうがないね。食べたら湿布だな。はい、あーん。」
仲良くあーんして食べさせて貰っているところに、風間が入って来て固まる。
「なんだよ。」
「い、いえ、あの…。仲がお良ろしくて、な、何よりです…。」
「しずかちゃん、筋肉痛で、腕が上がんなくなっちまったの!」
「あ、あああ…。そうでしょうね…。あそこまで訓練するのは、うちでもいませんよ。夏目位しか。」
夏目は竜朗の護衛の合間を縫って、しずかと一緒に訓練をやっている。
地下に設えた室内に、テロリスト15人と、人質30人のパネル写真をごちゃ混ぜに置き、テロリストだけを瞬時に判断して撃つ。
その間、協力してくれる図書館の手すきの人間が、テロリストに扮して銃を撃って来るので、本物の人間も、そのごちゃごちゃ中から先に探し出さねばなければならない。
他にも、こっちはコンピューター制御だが、油断していると、テロリストの写真からも、訓練用のペイント弾が出て来るという、かなり難易度の高い訓練だ。
「達也君は素晴らしいわ。あの的確な判断力は、人間じゃないみたいよ。龍は嫌だけど、達也君ならいつ組んでもいいって感じ。まあ、達也君が嫌がらなければだけど。」
風間が苦笑しながら答えた。
「龍介さんの仕事の仕方は、実際に入ったら、変わって来ますよ。でも、夏目も言っていましたよ。しずかさんとはやりやすい。流石、ベテラン。自分がやりやすい様にしてくれてるって。」
「むふう。龍は達也君の爪の垢でも煎じて飲めっつーのよ。」
食べさせ終えた竜朗は、今度はしずかの腕に湿布を貼ってやりながら苦笑した。
「本と、しずかちゃんは、ケチョンケチョンだなあ。17であれだけやれりゃ、大したもんだと思うがな。」
「そうですけど、一応、私と組んで動いてるんですから、短気と勝手きままな路線変更は困ります。」
「しずかちゃんなら臨機応変に対応してくれるって分かってっからだろう。相手が対応出来そうにないと思えば、それ相応の作戦で行くさ。あいつだって。」
「ーその言い草…。もし、そうなら、龍彦さんと同じだわ…。なんか無茶苦茶やって、後で何アレって言うと、しずかだから、なんとかしてくれると思ってさあって…。」
「たっちゃんて、そうなのかい!?」
「2人だけで動く時は結構そういう感じで、適当なのよ。」
「はあ…。しずかちゃんへの信頼度までDNAに組み込まれてんのかねえ…。」
「うーん…。組み込んで頂かなくていいんだけどなあ…。」
「で、 なんだ、風間。」
「あ、失礼しました。これ、Xファイルか、うちかで悩んだもんですから…。」
風間がプリントアウトされた紙を竜朗に渡した。
読んだ竜朗も首を捻る。
「死人が出てんのか…。でも、死に方が人間の仕業でも、獣の仕業でも無えと…。ああ、確かに悩むな…。」
「どうしましょう…。」
「まあ、過保護の顧問がついてっから、問題は起きねえだろう。Xファイルに回しな。亀一が抜けて、改心した佐々木の倅が入った、新生Xファイル班の実力、見てみようじゃねえか。」
「あの…。それと、柏木の息子が入りたいんだか、柏木が無理矢理なんだか、今一つ定かでないんですが、柏木の方から、是非という申し出がありましたが。」
「朱雀?なんで!?。柏木が未来の話聞いて焦ってるだけじゃねえのか?朱雀はやるキャラじゃねえっつーか、アレは却ってお荷物なんじゃねえかあ?」
「いや、よく分かんないんですよ…。柏木は兎に角、是非ともしか言わないんで…。」
「ああそう…。じゃあ、龍に面接させとこう。それで決めるって事で、柏木は落ち着かせろ。」
「承知しました。」
風間と入れ違いに、昼を終えたらしい夏目が護衛に来た。
「あら。今日はスーツなの。達也君。」
「内閣との会議だそうなので。」
「そっかあ。睨み殺さない様に気をつけて。」
夏目は苦笑して頷いた。
眼力の凄さは自覚があるらしい。




