良かった…
龍介達が戻って来ると、悟猫は毛布に包まれ、瑠璃の膝の上で、グッタリしていた。
「どした…。」
心配そうに、龍介が悟猫の顔を覗き込みながら聞くと、瑠璃も心配そうに答えた。
「お熱が出てきちゃったの…。いくら丈夫な佐々木君でも、人間が猫になるなんて、相当な負担だからじゃないかって、おじ様達が…。」
龍介は悟猫の頭を優しく撫でた。
「ごめんな…。なんか酷え態度取ってたんだよな…。うちのせいで、こうなっちまったのに、本当に申し訳ない…。」
「にゃあ…。」
悟猫は力無く鳴いた。
しょうがないよと言ってくれている様な気がしたが、自己満足のような気がして、龍介は何も言わず、また頭を撫でて、龍太郎達を見た。
龍太郎と和臣は、陸自の研究所から寅次郎も呼んで、対策について話し合っている。
「うちじゃやらないよ。人間を動物にだなんて。
まあ、興味が無いとは言わないけど、でも、そんな事してなんの得があるんだ。
スパイにして送り込むにしたって、動物の機能しか持って無いんだぜ?
ほぼ、なんの役にも立たないじゃないか。
そういう研究している奴も居ないね。」
「ほんとか?1人2人位、居るんじゃねえの?」
龍太郎が食い下がると、寅次郎は唸ったきり黙ってしまった。
しずかが蔵での事の顛末を報告し始めると、黙り込んでしまった寅次郎が顔を上げた。
「ちょっと、待って。河野って言った?しずかさん。」
「ええ。河野一尉ですが。」
「河野って、うちに居たけど、人数多くて、出世の見込みが無いって、そっちに鞍替えしたんじゃなかったっけ?僕の管轄に居た人じゃないから、よく分かんないんだけど。」
ところが、和臣も龍太郎も、人事などは全く把握していない。
仕方が無いので、寅彦が調べる。
「うん。叔父さんの言う通りだな。陸自の研究所から移動願い出して、移動してる。やってた専門の分野は…。物質を変換させて、移動させる?なんだそりゃ…。」
「加納さんの所でやってた瞬間移動に近いんだけど、もっと過激。物体の質量その物を小さくして、簡単に移動させられないかってヤツ。」
全員が悟猫を見た。
確かに、人間の時よりは、大分小さくなっている。
悟猫は目を開け、寅彦のパソコン画面を見ると、凄い勢いで、騒ぎだした。
「どうしたの?佐々木君。お熱上がっちゃうわ。」
瑠璃が宥めるが、騒いでいるので、龍介も声をかける。
「佐々木、どうした…。」
悟猫の目線は、寅彦のパソコン画面だ。
寅彦のパソコン画面には、河野の顔写真が出ている。
龍介は何か思いついた様子で、悟猫の前にパソコンを持って行き、見せながら聞いた。
「もしかして、コイツなのか?お前の事、こんな姿にしたのは。」
「にゃあ!にゃあ!」
悟猫は激しく頷いた。
「直ぐ、河野の自宅を調べに行きましょう!」
という、しずかの掛け声で、その場に居る、ほぼ全員が河野の自宅マンションに向かった。
彼のマンションは、相模原市内にある。
独身が1人で住むにも、又、給料から考えても、分不相応なマンションだった。
見つかった現金だけで無く、相当額が渡っていたのだろう。
金だけの為にやっていたのか、それとも更なる野心を満たす為だったのか、河野が死んでしまった今となっては分からない。
河野の部屋に入ると、丁度、柏木がパソコンを分析に回すため、持ち出そうとしていた所だった。
「柏木、待って。それ、調べたい。」
珍しく深刻な顔で言う龍太郎に、柏木も素直に渡した。
早速龍太郎と亀一、寅彦、和臣の4人がかりで調べ始めると、しずかや龍介は、柏木達に話を聞きながら、室内を調べ始めた。
瑠璃は悟猫を抱いたまま、ソファーにちょこんと座っている。
「なんか…。外から見るのより、狭い感じがするのは気のせい?」
しずかが柏木に言うと、柏木も頷きながら、このマンションの見取り図を出した。
「そうなんですよね。リビングが4畳分程、狭いんです。隠し部屋でもあるのかと、今探させてたんですが…。」
「なるほど…。あるとすれば、ここよね…。」
しずかは壁の前に立っていた。
よくテレビや映画で見る隠し部屋と言うと、スイッチを押すと、本棚がガーッと開くというパターンが多いが、ここはただの壁だった。
切れ込みも無いし、入り口は別にあるのかもしれない。
「龍、隠し部屋の入り口を探して。」
「はい。」
リビングにあったパソコンには、特に悟猫の研究に関する物は無いようだ。
専ら、丸岡や下田と龍太郎の悪口をやり取りしたメールが残っているのと、科学関係の海外のサイトを閲覧したり、買い物に使ったりしていただけの様だ。
龍介は、空間があると思われる場所の周りを丹念に調べ始めた。
寝室のクローゼットが、丁度、そこに面している。
クローゼットの中には、趣味の悪い派手な服が大量に入っていたが、それを全部出し、クローゼットの中の電気を点けると、扉の様な切れ込みが見つかった。
押したり引いたりしてもビクともしないし、取っ手の様な物も無いから、スイッチで開くのだろう。
ースイッチ…。
若干ワクワクしながら手探りでも探すと、帽子を掛ける金具に気付いた。
河野は帽子は持っていない様だし、こういった押し入れサイズのクローゼットで、洋服を掛ける場所の奥に帽子掛けが付いているというのも、不自然な気がして、それを下に引くと、ガラリと引き戸式に扉が開いた。
「母さん!あった!」
しずか達が駆け付ける前に龍介が目にしたのは、研究室だった。
壁は真っ白で、窓も無い。
壁には、研究室にある様な、ガラス扉の冷蔵庫がびっちりと並び、真ん中のデスクには、パソコンがあり、DNA配列の様な物が画面に出ている。
点滴のセットもあるし、今は畳まれているが、簡易ベットもある。
大量の白いシーツは、もしかしたら、これらの目隠しに使ったのかもしれない。
そう考えた龍介は、しずか達と入れ違いに、悟猫を瑠璃からそっと受け取り、優しく抱くと、その研究室に連れて行った。
「佐々木、ここじゃねえか?お前がこんな風にされたの…。」
「にゃ…。」
悟猫は、パッと見、ピンと来ない様子だったが、研究室を見回すと、訴える様に、頷いて鳴き出した。
「にゃあ!にゃあ!」
「やっぱそうか…。父さん、絶対ここにあると思う。」
「分かった。お手柄だ、龍。調べるからちょっと待ってて。」
河野は、隠し部屋にある物は、全く隠して居なかったので、龍太郎達は、悟を猫化した物質を直ぐに見つけた。
「薬品もありました。Nー26ですよね。」
冷蔵庫を調べていた亀一が言うと、龍太郎は頷きながら、和臣と解毒剤の設計図を探した。
「あの野郎…。解毒剤作ってねえのかよ…。」
龍太郎が憎々しげに呟く。
「なってねえなあ。だから出世出来ねえんだよ、あいつ。」
和臣も、憤懣やるかた無い様子で言う。
毒物を作ったら、必ず解毒剤も一緒に作る。
これは絶対条件だ。
河野は、猫化する薬だけ作って、喜んでいただけの様である。
「俺たちが作るしかない。寅次郎の所持ってって、直ぐ作ろう。」
翌日、陸自の研究所にある病院に、龍介達が見舞いに行くと、悟はもう人間の姿になり、元気にベットの上で、食事を摂っていた。
「良かった…。」
ほっとする龍介達の横で、鸞が呟く。
「でも、やっぱり、猫の方がまだ可愛かった様な気がするわ。」
すると、悟が怒る前に、珍しく寅彦が説教し始めた。
「鸞。あと1日人間に戻すのが遅れたら、コイツの命は無かったんだぜ?勘弁してやれ。気持ちは分かるが。」
思わず、全員頷いたのは、気持ちは分かるの下りである事は言うまでも無い。
「酷いわね!あんた達はあ!まあ、それは兎も角、本とに有難う。ゴールデンウィークなのに、僕の為に動いてくれて…。」
龍介は首を横に振りながら、しずかに持たせられた、手作りお菓子詰め合わせの籠を枕元に置き、申し訳なさそうに、頭を下げた。
「本当に申し訳ない。俺の知り合いじゃなかったら…。父さんの顔知らなかったら…。こんな事にはならなかったのに…。」
「いや、それは気にしなくていいよ。僕はだからって、加納の知り合いである事や、加納のお父さんを知ってた事を後悔なんてしていない。
そういう風に、人の仲が裂ける様な計画練って、加納のお父さんを陥れようとする奴らが悪いんだもん。気にすんなよ。」
「ごめんな…。」
「そんな言うなら、唐沢さん貸してよ。」
言ったそばから真っ青な顔で固まる悟。
「あん…?」
こめかみに青筋が立ち、不敵にニヤリの、龍介の超お怒り顔が出たからだ。
「冗談だよな…?」
「じょ…冗談です…。」
龍介は笑って元に戻ると言った。
「でも、なんかお詫びはしなきゃとは思ってる。どうしたらいいかな…。欲しいもんとかあるか、聞いてくれって、両親に言われて来たんだが…。」
「んまあ、それは山ほどあるんだけど…。そういうんじゃなくてもいいかな?」
「どうぞ。」
「タイムマシンでさ、過去は行ったけど、未来は行った事ないじゃん。ちょっと行ってみたくない?」
龍介の顔は曇ったが、亀一と鸞の目は光り輝いた。
亀一はハイテンションのまま言う。
「いいな!早速メンテナンスに取り掛かろう!」
「きいっちゃん、それはやめとこうぜ。」
「またかよ、龍〜。」
心底嫌そうな顔になる亀一に、龍介は真剣に言った。
「だって、未来なんか見たってしょうがねえだろ?どうすんだよ、そんなの見て。もし、とんでもない世界になってたら?それ受け入れられるのか?帰って来て、普通に元通りに暮らせんのかよ。」
「大丈夫だよ!」
「何が大丈夫だよ!」
「いいから!はい、賛成の人!」
亀一は強引に多数決にしてしまった。
龍介の反対も虚しくというか、あまりピンと来なかったのか、瑠璃以外の全員が手を挙げてしまった。
「ツー事で。じゃあ、残りの休みはメンテナンスだ。寅、鸞ちゃん、手伝え。」
2人が頷くと、悟も手を挙げた。
退院して、元気だったらという条件で参加する事になると、亀一は龍介を手招きし、部屋の隅に連れて行って、小声で言った。
「龍、そういう訳で、俺はうちに居られねえから、唐沢と2人で、景虎のお守り頼む。」
景虎とは、この間産まれた、亀一の長男である。
長尾景虎を文字ったのだというのは、龍介達にも直ぐ分かり、可哀想な名前の付け方だが、亀一らしいよなと話題になっていた。
「はあ!?なんで!?」
「あいつ、凄え大変なんだよ。キーキーキーキーさあ。お袋と栞だけに任せてたら、2人共、ぶっ倒れちまうだろ?」
「だからって、なんで俺たちだあ?!」
「タイムマシンの修理修復作業に、俺が居なくてどうすんじゃい。な?唐沢と将来に向けての予行練習だと思ってさ。それに、景虎、お前好きみてえだし。じゃ、そういう事で、宜しく。」
全く納得行かないが、仕方がない。
龍介は渋々頷いた。




