大丈夫よおお〜
しずかは空調を元に戻させ、カフェテリアで用意したアイスティーを人数分、トレーに載せて戻って来た。
「ああ!すみませんね。有難うございます。」
河野が嬉しそうに礼を言った。
どうも彼は、龍太郎と和臣が不在の時には、ここの責任者になっている様だ。
ーそれもあって、龍太郎さんが邪魔なのかもね。野心家の顔してるもの…。
でも、その割に、妙に愛想がいいわね…。やっぱり要注意かもしれないわ…。
しずかは、にこやかにアイスティを配ろうとしつつ、一世一代の派手なコケ方をして、トレーのアイスティを、これでもかという勢いで、床にぶちまけた。
目指したのは、下山のデスク。
見事に下山のデスクの下、全面にアイスティがかかった。
「きゃあー!ごめんなさい!大変だわ!制服が濡れちゃう!」
しずかが制服をバッと取ると、下山は真っ青になって、奪い返そうと必死になった。
「大丈夫です!いいですから!」
「よくありませんわ!紅茶はシミになりますから!直ぐ落とさないと!」
その細い腕のどこにそんな力が…という満身の力で、制服を抱きしめて離さないしずか。
取り戻そうと、血相を変える下山。
流石に、皆がおかしいと思い始めた時、いきなり、ダストシューターの蓋が、バカンと派手な音を立てて開き、龍介が扉を蹴って、そこから出ながら、さっきの穴を塞いでいた扉を見せつつ言った。
「誰かがこういう仕掛けを作って、下を通ってる通気ダクトに、この様に機密ゴミを収集していました。
この装置はリモートコントロールで作動します。
リモートコントローラーを持っている人が犯人です。」
しずかは座った目でそれを見ていた。
ーあの野郎…。人が苦労して下準備したのを、悉く壊しやがって…。
しかし、もう、龍介の行動に乗るしかなくなっている。
しずかは河野と丸岡に目をやりつつも、下山に怒鳴った。
「あなたじゃないんですか!?さっきから、やけに上着を守ってるわね!その手を離しなさい!」
しずかの凄まじい剣幕に、一瞬怯んだ下山の手が緩むと、すかさずしずかは上着を奪い取り、ポケットの中を探って、コントローラーらしき、小さな車のキーの様な物を取り出し、ボタンを押した。
ピッという音が龍介が持っていた扉からした。
河野達はそこは軍人なのか、直ぐに動いて、下山を拘束した。
そしてしずかは、いきなり、自分のスマホを丸岡の手に向けて投げつけた。
龍介が丸岡に駆け寄り、両手を抑えつけると、丸岡の手から、スマホが落ちた。
しずかは、そのスマホを確認しようとして、また遠くにやったが、見えないらしく、龍介に渡した。
龍介が代わりに読み上げる。
「下山がしくじったってメールを書いてる最中だった様ですね。宛先のXって、誰です。」
丸岡は真っ青な顔で俯いて、何も言わない。
その一瞬の隙だった。
銃声がし、下山が倒れた。
銃を構えていたのは、河野だ。
そして河野は丸岡に銃口を向けた。
しずかは咄嗟に、龍介を突き飛ばして、丸岡から離し、河野を撃ったが、既に遅く、丸岡は河野に頭を撃たれていた。
河野は部下を盾にして、しずかを撃ち始め、しずかも、その辺のスチールデスクを盾にして、他の自衛隊員と共に、応戦し始めたが、盾にしている隊員が邪魔で、上手く河野に当たらない。
それに、この部屋は精密機器でいっぱいだ。
あまり派手に撃ってくれるなよと、龍太郎と和臣に泣きながら頼まれた手前、そうそうドンパチも出来ない。
しずかの一発目で、河野は腕を負傷しているが、苦にもしていない様子で、しっかりと、隊員を抱え込んでいる。
騒ぎを知った他の隊員も、次々に応援に駆けつけるが、そんな訳で、埒があかない。
何故なら、河野が盾にしている隊員は、河野から背丈も幅もほんの少しづつ大きくて、河野はすっぽり隠れている状態だからだ。
河野はジワジワと、ダストシューターに向かっていた。
龍介はスチールデスクを倒した盾に隠れながら、河野の逆方向からジワジワと近づいている。
「龍、ちょっと!」
「いいから黙ってろ。」
「なんですか、その口の利き方はあ!」
「うるせっつーの。黙って見てろ。」
河野は龍介の予想通り、ダストシューターから通気口に抜ける穴を使って、逃走する気らしい。
河野は盾にした男を抱えたまま、龍介が蹴破ったダストシューターに腰掛けた。
その瞬間、龍介は盾にしたスチールデスクから飛び出した。
「んもおおお〜!」
嘆きながらも、援護射撃しながらしずかも動く。
河野が盾にしていた男を突き飛ばし、避けた龍介以外の隊員が盾にされていた男の下敷きになると、龍介が河野の足を掴み、しずかは龍介を撃とうとする河野の銃を持つ手を蹴り上げて、銃を落とし、抵抗する河野と3人で揉み合いになった。
他の者も集まって、なんとか河野を確保しようと、しずか達を手伝ったが、河野は左手でナイフを出し、龍介を斬りつけようとした。
しずかがダストシューターに上半身入った状態でその手を掴み、龍介が満身の力で、河野を引っ張りだし、河野は無事確保出来たが、しずかは河野の手を掴み、ナイフを握ったものの、河野の馬鹿力に振り回される格好となり、ダストシューターに落ちてしまった。
しずかは、なんとか片手でダストシューターの蓋に捕まっている。
「母さん!」
「自動運転止めろ!!!」
誰かが慌てて叫んだが、自動運転は始まってしまった。
カッターは回り出した。
龍介達がしずかに手を伸ばした時、しずかは風圧に負けて落ちた。
「大丈夫よおお〜!」
と言いながら…。
「母さん!」
龍介は河野を放り投げて、ダストシューターを、身を乗り出して覗き込み、全員が龍介まで落ちない様に抑えながら、覗き込んだが、次の瞬間には、安堵の息が漏れた。
しずかは、カッターに巻き込まれる直前に、スルリと例の穴に入り込んだからだ。
「ああ…。びっくりした…。」
ホッとしたのも束の間、また激震が走った。
河野が口から血を流して動かなくなったからだ。
空将が河野の頸動脈に手を当てて、首を横に振った。
「舌、嚙み切りやがった…。そんな忠誠心がコイツにあったとはな…。」
その騒ぎの中、亀一と寅彦が真行寺に伴われて駆け付けた。
監視カメラ映像を見て、走って来たらしいが、3人が全速力で走って来るという短い時間に、全て終わってしまったという事になる。
「寅、この送信先調べてくれ!」
龍介が、丸岡のスマホを放り投げた。
「はいよ!。」
直ぐに調査にかかる寅彦に代わり、亀一が話し始める。
「龍太郎さんは、データを完全に消去しました。
だけど、パソコンのハードディスクの方に、その残骸が散らばって、残ってたんです。
それを取り出して、復元した奴が居た。
そして、データを元の状態に戻し、コピーした後、更にこれ見よがしに龍太郎さんのパソコンに戻したんです。
そのやり方の癖みてえなもんを、寅が見つけ出し、ここの人達の作業の仕方と照らし合わせた所、丸岡一尉の癖と同じでした。」
既に死体となった丸岡を全員が見た。
そして、その丸岡のスマホを調べていた寅彦も言った。
「駄目だ。辿れない。
相手側の携帯も使い捨てだし、この感じだと、シムカードも足がつかないものに差し替えてある。
身元は全くの不明だな。」
通気ダクトから回り込んで戻って来たしずかが、真行寺に言った。
「相手はアレですね。龍太郎さんが会った…。」
「安藤のフィクサー。通称X…。さて、東国原君。」
真行寺は元顧問の顔に戻って、空将に声を掛けた。
「はい。」
「我々は、しずかちゃんと龍介がここに入ってからの様子はずっと見ていたが、怪しい動きをしていたのは、一応、この3人だけだ。
この3人の全てを調べさせて貰うが、いいかね?」
「勿論です。」
「他も居れば、炙り出せりゃいいがな…。」
3人の私物、携帯電話、デスク周り、パソコン、そして、自宅の捜査を図書館の人間に頼み、彼らのを全てを徹底的に調べ上げた結果、3人が共同して機密を盗み出し、情報を流していた事実が発覚した。
3人のロッカーや自宅のクローゼットからは、多額の現金も出て来ている。
恐らく、銀行振り込みにすると、足がつくので、現金を直に渡す方式を取ったのだろう。
今回の一件で、龍太郎は、やっとしずかに話したそうだ。
Xが龍太郎に言った事ー「龍太郎の居場所を失くせばいい。」というセリフを。
今回の一件が解決を見なかったら、状況証拠から龍太郎の責任となり、蔵から出して、閑職に近い、事務仕事に回すしかなかった。
Xの計画では、閑職で、才能と能力を持て余している龍太郎に、再度声を掛ける気だったのかもしれない。
それで龍太郎がなびくとは思えないが、なびく様に、まだまだ策を講じるつもりであったのかもしれない。
今回は阻止出来たが、次はどんな手を使って来るのか、そして、蔵に向こう側の人間がもう居ないのか、まだまだ居るのか、それも分からない。
一応の危機は去ったが、予断は許さない状況に変わりは無かった。
そして、もう1つ。
悟猫の問題がある。
龍介達は、蔵での仕事が終わるなり、急いで加納家に戻った。




