あの短気
見取り図を見た龍介は、研究室のダストシューターの配管と通気ダクトが並行して通っているのを見つけていた。
そして、その2つのダクトの間は空間である事も分かった。
龍介はここに何か仕掛けがあるのではないかと、ペンライトを咥えて、通気ダクトを身を縮ませて這っている。
匍匐前進していても、しっかり進んだ距離は測っていた。
ーそろそろ、カッターとの間の3メートル付近だな…。
龍介は通気ダクトのダストシューターに面した壁を丹念に見ながら、仰向けになって、進み始めた。
そしてその場所は直ぐに見つかった。
恐らく、ダストシューターのカッターの直ぐ前辺りに、後から作った切れ込みがある場所があった。
何故直ぐ分かったかと言えば、その扉状の物の前に、箱が置いてあり、そこに無傷の開発品や書類がいくつか入っていたからである。
横50センチ、高さ40センチ位の大きさの扉状の物の下部には、蝶番が2つ付いており、こちらから引っ張るタイプではない様だ。こっちから押しても引いてもビクともしない。
ーいつも開いてたらバレるし、実際、さっきはこんな扉があるのは、全く分からなかったしな…。
仕掛けたのは、下山って人が1番怪しいが、彼でないにしても、ここの人だ…。
父さんほどでないにしても、びっくり箱な仕掛けをするはず…。
そうやって考えて、ふと思いついたのは、リモートコントロールだった。
小さな物で、ポケットに手を突っ込んで操作出来る様な物…。
龍介はしずかにメールを送った。
ーなにいい!?
しずかは心の中で片眉を釣り上げている様な気分になった。
原因は勿論、龍介からのメールだ。
『ダストシューターに入れて、カッターに巻き込まれる前に、ここに欲しい物を落としてるようだ。
多分、リモートコントロールじゃねえかと思う。
リモコンはポケットの中とか、手を突っ込んでも不自然でない場所だと思う。探して。』
ーあんにゃろおおお…。探せって、いとも簡単に言いやがってえええ…。大人の男のポケットに手なんか突っ込めないっつーのよ…。
なんとか突っ込める状況を作るにしても、犯人と確信を持てた相手に対して、1回こっきりしかチャンスは無い。
一度空振りしてしまったら、真犯人は警戒し、絶対に見つからなくなる。
ここは慎重に見極めなければならない。
しずかが見た限り、この部屋の中に、怪しい人物は3人居た。
1人は龍介に接触して来た、下山。
確かに彼なら、龍太郎がゴミを捨てるのを見張ってろと言われたも同然なのだから、龍太郎が動く度に龍太郎を目で追っていても、怪しまれない。
それに、親切にしても、特にもならない、龍介に対しての、あの親切度合い。
もう1人は、丸岡一尉。
しずかや龍介の動きを、入った時からずっと、一挙手一投足を観察している。
ただ、特に話し掛けては来ていない。
微妙である。
そしてもう1人は、取り分け感じの悪い、河野だ。
感じが悪いのだから、除外しようかとも思ったが、どうも話していると、言葉の端々に、龍太郎を追い込もうとする悪意が感じられた。
しかし、これは、キャラクターかもしれないので、現段階ではなんとも言えない。
というのも、ここは、頭だけはずば抜けていい人間ばかりだが、龍太郎並みに個性的な人間ばかりの集団になっている。
しずかの目から見ても、一般企業ではやって行けそうも無いキャラクターのまま貫き通している、かなりの変わり者ばかりである。
大抵の場合、こういった部外者が調査に来たら、それなりに気もそぞろになるものだが、全く無関心になって、驚異の集中力で仕事に没頭し続ける者も居るし、そして、殆どの人間が、機密が漏洩したかもしれないという一大事に、動じていないのだ。
動じていないというよりも、無関心と言った方が正確かもしれない。
それより研究なのである。
ーどうすんの…。誰か1人でなく、この3人全員だったりしたら、もっと厄介だわ…。
しずかは先ほど手早く打った、寅彦宛てのメールの返信が来ていないか確認した。
寅彦には、この部屋の監視カメラ映像を調べて貰っていたのだ。
鈴とデータを廃棄した日を龍太郎が覚えていたので、その日の分を…。
携帯を見た瞬間、丁度、返事が届いた。
『確かに、下山って人の証言通り、龍太郎さんが捨てて、スイッチを押してる。だけど、なんか妙なんだ。
その直後の数秒間、消されてる形跡があるよ。』
ーかああ!!!消したかああ!まあ、当然と言えば、当然ね…。
こうなったら、一か八か…。強硬策に出るしか無いわね…。
しずかは寅彦にメールし、それと同時に、室内は猛烈な暑さとなって来た。
この部屋の暖房をフル稼働にさせ、こちら側からは調節不可能にし、真夏並みの室温にさせたのだ。
「あれ、壊れたのかな…。」
真っ先に河野が軍服の上着を脱いだ。
ーん?シロかな…?
しかし、しずかは念の為、通りすがりに小型ナイフでサッとボタンの糸を切って、汗を拭きながら河野に言った。
「あら。ボタンが取れかかっていますわ。お直し致しましょう。」
「え?いいんですか。そりゃ有難いな。」
河野はだらしなくニヤニヤと笑った。
龍太郎は嫌いでも、しずかには好感を持っているらしい。
ーああ、この反応はシロかなあ…。でも、上着のポケットじゃないのかしら…。
しかし、各々デスクはあるが、結構全員が1つ所には居らず、動き回っている。
ズボンのポケットでは、手を入れるのは、少し目立つ。
矢張り、上着のポケットが1番クサイ。
しずかは手早くボタンを付けながら、河野のポケットを探った。
いいのか悪いのか、河野のポケットにはコンビニかスーパーのレシートしか入っていない。
つまり、河野は、機密を盗んだという実行犯としては、シロという事になる。
しずかは、次から次へと、上着を脱いで行く面々と脱がない面々を観察していた。
ーやっぱり、下山は脱がないか…。丸岡は脱いだけど…。
丸岡が脱ぐ前に、チラッと下山と目線を合わせたのが気になる。
そして下山は漸く脱いだが、上着を椅子に掛ける等はせず、ポケット部分を守る様に折り畳んで、わざわざ机の下に置いてある棚の上にしまう様に置いた。
ー超おおお〜、怪しいじゃん!!!しかし、あそこからどうやって奪うんじゃい…。
自分が指示した事とはいえ、猛烈な真夏の様な暑さの中、しずかは早くも窮地に陥った。
ー困ったわね…。もう…。あの短気がいつまで持つかが問題になって来たわ…。
『あの短気』とは、勿論、龍介の事である。
しずかは新たな思いつきを実行するしかなかった。
「それにしても変ですわね。電気系に詳しい子も連れて来ていますから、ちょっと見てくれる様、言って来ますね。皆さんには冷たいお飲み物をお持ちしますわ。」
その頃、『あの短気』は、窮屈な通気ダクトの中で、段々耐えきれなくなり、自力でなんとかする策を練り始めていた。
「コレ、こっち側に扉が倒れて来て開くんだから…。」
ブツブツいいながら、強引にナイフを差し込んで、ぐいぐい引き出そうとやっていると、バキッと何かが壊れた音がして、扉がバカンと落ちて来た。
証拠品である、その扉や金具、箱に入ったゴミになるはずの機密を肩掛けカバンに詰め込み、その扉のあった四角い穴に顔を出すと、そのままステンレス製の壁に囲まれ、ダストシューターの配管らしき壁に繋げてあり、そこにも四角い扉化してある物があった。
龍介の読み通り、リモートコントロールの受信機の様な物が、扉に付いていた。
一応、メールを確認したが、しずかからの返信は無い。
「遅えな、母さん…。いいやもう。さっきのが開いたんだから、こっちも開くだろう。」
またナイフを差し込んでぐいぐいやる。
バキッという音と共に扉は落ち、龍介は顔を覗かせ、その場所を確認すると、ニヤリと笑った。




