悟猫のメモ
悟猫が書いたメモには、こう書かれていた。
『友達と出かけた帰り道、スーツ姿の男に声を掛けられた。
「佐々木悟君かい?」
って。
「はい」って答えると、今度は、
「加納龍太郎さんを知ってるね?」
って。
頷くなり、突然スーツ姿の男の数が増えて、僕の腕や足を掴んで、口を押さえて、何か注射した。
気が付いた時には、病室みたいな、真っ白い部屋のベットに身体を固定されて、何かを点滴されてた。
「誰か助けて!」って叫んでたんだけど、段々声も出なくなって、身体が熱くなって、また気絶してしまった。
目を開けたら、にゃあとしか言えなくなっていて、手足を見たら、猫になってたんだ。
眼鏡の白衣の男が成功だなって言って、横には、加納のお父さんが立っていて、ニヤって笑って、頷いた。
僕は加納が加納のお父さんに頼んでこんな姿にしたのかと思って、うちの近所で車を降ろされた後、加納の家目掛けて走ってた。
でも、今日は土曜日だし、また唐沢さんとデートしているのかもしれないと思って、唐沢さんの家の前で暫く待っていると来たんだ。2人が。
だから、唐沢さんに言い付けようとしたら、加納が邪魔するし、こんな目にあったのは、加納のせいだと思ったら、猛烈に頭に来て、抵抗したんだけど、なんか加納もいつもと様子が違ってた。いくら僕と犬猿の仲でも、あんな態度は取ったこと無いのに、かなり冷たい感じで。
それに、加納がこんな汚い事するはず無いとも考え始めたんだ。
あいつ、馬鹿みたいに、正面から行く性格だから。
加納のお父さんがこんな事をっていうのも、実際見たけど、なんだか信じられなかった。
だから、加納に必死に訴えてみたんだ。僕だよって。
それはわかってくれたんだけど、でも、どうでもいいみたいになってきちゃって、解剖するとか言い出した所に、唐沢さんが来てくれたんだ。
鈴がそうさせてたっていうのも、唐沢さんのお陰で分かった。
鈴は、加納のお父さんらしき人が着けたんだ。
「俺の開発品だよ。」って言って。
みんなヘッドホンしてたのは、鈴の音の効力を無くす為だったのかなと思う。』
悟のメモはこれで終わっている。
「俺、そんな事してないですよ!?」
しずかの傷を、心配そうに撫で回す勢いで見ていた龍太郎が叫ぶ様に言うと、竜朗は嫌そうな顔で答えた。
「分かってるよ、んな事あ。問題は、お前に罪着せようと、影武者用意されてるってこったろ。」
「まぁ、この顔、どこにでもいそうですからねえ。」
「んな呑気な事言ってる場合か!」
しずかも竜朗に続けて、深刻な顔になっていた。
「そうよ。龍太郎さんを罠に嵌めて、蔵から追い出す気なのかもしれないわ。
この間の拉致事件だって、蔵には、向こうの手の者が居るって証明されたも同然よ。
スパイは、まだ見つからないの?」
「スパイ探しは、隠密で空将自らやってくれてるけど、さっぱり分からない。」
「私、戻ってきた事だし、私が調べるわ。」
「それ駄目!それは駄目よ、しずか!危険過ぎ!」
「あなた、舐めんじゃないわよ。この業界何年やってると思ってんのよ。」
「そうだけどさあ!」
「いいでしょう?お父様。図書館や内調の方のスパイ探しで、そちらは手一杯でしょうし、ね?」
「う、うん。」
「親父!?駄目でしょ、それえ!折角真行寺だって、事務仕事オンリーになって、日本に帰って来られるのに!」
龍彦は、やっと後継者が見つかり、現役引退となり、本部長だけの職務となって、残務処理を終えた後、帰国する事になっている。
「だから舐めんじゃないと言ってんの。龍彦さんが帰国するのは、精々一月後。その間には、スパイの1人や2人、見つけ出します。」
そこに瑠璃が夏目に伴われて戻って来た。
若干ドサクサに紛れてという感じがしないでもないが、龍介に抱きついて、にたあ…。
「大丈夫か?どこも痛くない?」
心配そうに聞く龍介に、だらしない笑顔で答える。
「うん。大丈夫。お腹ちょっと痛いだけ。」
「医者行く?湿布貼る?」
「大丈夫~。」
全く問題なさそうなのは、龍介以外には、全員に分かる。
苦笑する夏目の横から、夏目の父が、悟猫を抱いて、龍太郎に渡した。
龍太郎は心から申し訳なさそうな顔で、悟猫を見つめた。
「ごめんな、巻き込んで…。なんでこんな事になっちまったのか調べて、必ず元に戻すからね。」
「にゃーん…。」
力なく泣いた悟猫は、そのまま龍太郎に抱かれると、疲れた様子で眠ってしまった。
「夏目、黒崎ってのは、元右腕だったよな。しんどかったな。」
竜朗が労うと、夏目の父は無言で頷いた。
「しかし、黒崎がとなると、もしかしたら、内調は全部ヤバイかもしれん。
今の室長は、安藤の推薦で入った、元公安の男だ。あいつが室長になってから、かなりの人数が内調から出てる。
安藤側の奴らに総入れ替えした可能性が高い。」
「だな…。内調には、情報流れねえ様に手エ打ったりしてるが、図書館にもいるかもしれねえからな…。」
「図書館、いそうか?スパイ。」
「いや、正直怪しい奴は居ねえと思う。俺が全員直接面談してるが、見抜けてねえのかな。」
「案外、図書館には居ないのかもしれんぞ。
居るとしたら、蔵だけなのかもな。
蔵と内調を安藤側にしておいて、この間の電流や、その、人が変わる鈴とか使って、図書館に問題を起こさせて、図書館の人員を総入れ替えすりゃあ、安藤の天下になる。
図書館の人間は人数が少ないし、お前や真行寺元顧問のカリスマ性もあって、結束力はどの組織よりも固い。
苦労してスパイを入れるより、そうやって一気に潰した方が楽かもしれん。少なくとも俺ならそうする。」
「そうか…。ありがとよ…。あ、そうだ、鈴。瑠璃ちゃん、持ってるかい?」
「あ、はい。」
瑠璃はハンカチで包み、更にヘアゴムで厳重に縛って、音を出なくした鈴を竜朗に渡した。
竜朗は、不思議そうな顔になり、瑠璃に聞き返した。
「取られなかった?」
「はい。てっきりすぐ取られるかと思ったんですけど、全然。存在すら聞かれませんでした。」
「うーん…。はいよ。」
竜朗が、首を横に捻りながら和臣に渡すと、開けた和臣の顔色が変わった。
「加納、これ!」
見た龍太郎も、顔色を変える。
「ゲッ!なんでこれが!?」
「なんだい。」
嫌な予感がしながら竜朗が聞くと、龍太郎の返事はその予感が的中したものだった。
「コレ…。俺が作りました…。」
「何い!?なんでそんな危険なもん作って、報告もしねえんだ!」
「いや、副産物だったんですよ。
宇宙開発の方の研究してる最中に、嫌な気分になる超音波ってのを発見してしまい、足立が作った電流の影響を失くす効果が得られないかと、鈴に加工して実験してみたんですが、相殺は出来なかったので、データも、この鈴も処分したんです。」
竜朗が文句を言う前に、しずかが言った。
「処分品も、データも、誰かが奪い取ったという事ね…。龍太郎さん達は、人間を猫化する実験は?」
「んな事はした事ないよ。」
「でしょうね。じゃあ、悟君を元に戻す事を最優先にして。私は誰がデータやこの鈴を横流ししたのか調べます。」
珍しく、何も言わず、ずっと静観していた龍介が、満を持して口を開いた。
「母さん1人で?」
「ええっと…。図書館は大丈夫そうなので、図書館の応援を…。」
「でも、さっきの夏目さんのお父さんと爺ちゃんの話だと、それどころじゃねえだろ?
内調が敵だらけじゃ、通常業務だってやりづれえだろうし、筒抜けになる可能性もある。」
「う…。」
龍介はニヤリと笑って携帯を手にした。
「ここは俺たちでしょう。どっち道、Xファイル絡みといえばそう。グランパも居るし、百人力なんじゃねえの?」
「龍…。あのね、さっき龍太郎さんも言ったけど…。」
しずかを遮り、今度は龍太郎が叫ぶ。
「危険なの!絶対ダメ!」
「だからグランパ居るし。大丈夫、大丈夫。ね、爺ちゃん。」
いきなり振られた竜朗。
固まったまま、ゆっくりと、龍介を振り返り、じっと龍介の目を見つめ、そして笑った。
「こりゃダメだ。引かねえよ。しずかちゃん。」
竜朗の隣からしずかも覗き込む。
「あらやだ…。そうですねえ…。」
龍太郎が悟猫を抱いたまま割って入る。
「ちょっとお!?どうしてそう甘いのよ、2人共!」
「甘いのは龍太郎さんでしょう?全く、昔から直ぐあまやかそうとするんだから…。」
「しずかあ!これはキコキコカーで隣町まで大冒険とかと訳が違うんだよ!?」
龍介は4歳の時、行って来ますと、ヒヨコの縫いぐるみで出来たリュックに当時の彼が考えられるだけの装備を詰めて、隣町まで、ペダルカーで行ってしまったという事があった。
しずかと竜朗はやるなあと笑って、こっそり尾行していたが、龍太郎は一々「危ない!」と大騒ぎし、遂には迎えに行ってしまい、龍介に、
「余計な事ちゅるな!」
と怒られてしまったという事があった。
「だけど、龍太郎さん。龍には、向こうは手出しはして来ない筈だわ。どう考えたって、後が面倒だもの。あの男だってそう言ってたんでしょう?」
確かに、龍太郎が拉致された時に会った、安藤家のフィクサーの男はそう言っていた。
「うーん…。」
「大丈夫よ。私とお義父様がついてるんだし。じゃ、そういう事で、早く悟君をなんとかしてあげて。いくら佐々木君がファジーな人でも、息子が猫になっちゃったと聞いたら、倒れちゃうかもしれないわ。」
「うん…。」
龍太郎は渋々と言った感じではあったが、悟を元に戻す班と、スパイ探しの班とに分かれ、動く事になった。




