瑠璃救出
竜朗や柏木に龍介と寅彦が駆け付けた。
「しずかちゃん!怪我、本当に無えのか…って怪我してんじゃねえかよお!」
「大した事無いわ、お父様。それより、発信器の方は如何です?」
傷の手当てに入る竜朗に代わり、寅彦が答えた。
「途中で突然止まったかと思ったら、急に方向が変わりました。
監視カメラでその車を確認しましたが、単なる営業車です。身元もしっかりしてますし、状況から見て、対向車に投げ付けたのではないかと…。
鸞、大丈夫か?」
緊張が解けたのか、泣き出して、寅彦に抱きつく鸞。
みんな、揶揄う気は無く、無言で同じ事を思っていた。
ー良かった…。鸞ちゃんも普通の女の子だったんだ…。
「寅、取り敢えず、車で鸞ちゃん落ち着かせてやんな。」
竜朗が言った。
鸞の動揺は無理も無い。
瑠璃が目の前で拉致されただけでなく、悪い奴とはいえ、人間が直ぐ側で、頭を撃ち抜かれで死んだのだから。
「大丈夫かしら…。申し訳無い事しちゃったわ…。」
寅彦に抱えられて車に行く、鸞の後ろ姿を見ながら、しずかが呟いた。
「仕方ねえよ。鸞ちゃん助け出す為だ。
瑠璃ちゃん先に行かせて、鸞ちゃん盾にしてたって事は、しずかちゃんが鸞ちゃんの親戚だって知ってるからだろう。躊躇してたら、しずかちゃんが殺られてたよ。」
「うん…。」
「恭彦の子なんだから、大丈夫だよ。寅もついてるし。」
「はい…。お父様、瑠璃ちゃん…。申し訳ありません…。」
ところが、竜朗はニヤッと笑った。
「ん?」
「丁度お誂え向きの奴が、逃走車の近くを走っててさ。
瑠璃ちゃん攫われたってなって、龍を押さえつけんのに一苦労かと思ったんだが、お陰で、龍も納得で待ってくれるとさ。」
「ーは…。風間さん?」
竜朗は途端に嫌そうな顔になった。
「んな訳ねえだろお?しずかちゃん。風間なんか信用出来るかあ。」
「そんな言い方無いでしょう、お父様…。あんなにご苦労お掛けしてるのに…。」
「あいつは事務仕事向きなの。」
「ーとなると…。柏木さんはここに居るし…。誰だろう…。」
「まあ、そっちは大丈夫。それより問題はこっちだな。」
竜朗は、柏木達が運び出している瀕死の男達に目をやりながら言った。
「やっぱり、公安?」
「顔写真から行くと、身元はそうなってる。そしてこいつは内調。」
竜朗は、しずかが頭をぶち抜いた男を顎で差して言った。
「内調…。どういう事?お父様…。」
「相当数の安藤の手先が居るってこったな。
図書館いもいるかもしれねえ。って訳で、これは極秘で調査する事にした。
今頃は、龍太郎と和臣がうちに着いて、さっき鸞ちゃんが送ってくれた佐々木の倅が書いたメモ頼りに調べてるよ。」
「アレ、なんて書いてあったの?」
「ー見てねえのかい、しずかちゃん…。」
「老眼で全っ然見えなくて!」
竜朗も目が点になっている。
「そんな年かい!?」
「もう今年で45ですよ、お父様。」
「うーん…。そうだっけ…。でも、早くないかね…。」
「元々目がいいせいでしょうかねえ…。龍彦さんも、やっちゃんも、実は老眼鏡かけてるんですよ。細かいの見る時は。」
この3人、確かに視力は良かった。
しかし、この3人が老眼鏡をかけている姿はなんだか悲しい気もする。
ずっと黙っている龍介を見ると、しずかを心配そうに見つめている。
「龍、大丈夫よ?」
「ーうん…。」
「瑠璃ちゃんが心配?」
「それはそうだけど、でも、多分そっちは大丈夫…。」
「母さんの怪我?」
「うん…。」
「こんなの平気よ?これからお嫁に行く訳でなし。」
「ーあんま無茶しない様に…。」
竜朗にも頷かれ、しずかは苦笑しつつ、首を捻った。
「でも、龍がそこまで安心して任せられる人って誰なのかしら…。お父様でも無く、グランパでもなく、龍彦さんでもないという…。」
その人物とは…。
「加来さん、ターゲット捉えました。泳がせますか。」
ドスの効いたダミ声でそう指示を仰ぐ男ー。
夏目である。
偶々夏目は、プジョーの修理工場に行った帰りで、相模原周辺を走っていた。
久しぶりに龍介の顔でも見ようかと、加納家に電話したところ、逆に竜朗に聞かれた。
「近くってどこだあ!?」
と。
それで場所を言うと、いきなり、瑠璃と猫にされた悟が、公安か内調の首相側の奴に拉致された、容疑者は車両で逃走中。その近辺を走っているはずだから、加来と連絡を取り合って、追いかけてくれと、頼まれたのである。
「今回は瑠璃ちゃん最優先て顧問の指示だ。出来そうなところで、確保して下さい。」
「了解。」
携帯はハンズフリーの状態で、そのまま切らず、夏目は突然スピードを上げ始め、対向車もなんのそので追い越しを掛け、2台前に居る瑠璃を拉致した車両の後ろにピタリと付けた。
トランクが不自然に揺れている。
瑠璃や悟猫が暴れていると思われた。
その夏目の動きに実行犯も気付き、スピードを上げ始めたが、更にハイスペックにしたばかりの205GTIに敵うはずも無い。
夏目はそのまま実行犯の車を、突き回す様に走る。
実行犯は逃げようと対向車線に出ようとしたが、今度は対向車を停めてまで、後ろから追い越して、実行犯の車の横にピタリと付けた車が居て、左側はトンネルの壁であるし、身動き出来ない。
その車はシトロエンC5V6。
夏目の父の車である。
彼も夏目と一緒に愛車シトロエンを修理という名の改造に出した帰りで、夏目から報告を受け、協力していた。
「加来さん、お願いします。」
「了解。トンネル封鎖。」
1分とかからず、周りでサポートの為に走っていた図書館の手でトンネルは封鎖され、トンネル内は、この3台だけになった。
2人は何の相談もしていないにも関わらず、同時に車を斜めにし、逆ハ字状態で、実行犯の車をトンネルの壁に押し付け、強引に停めさせると、銃を構えながら実行犯に素早く近寄った。
実行犯は素直に両手を挙げた。
「降りろ。」
両手を挙げたまま降りて来た実行犯を見ると、夏目の父の片眉が上がった。
「黒崎…。」
「室長、お久し振りです。」
実行犯は片側の口角だけ上げて、作り笑いをした。
「何やってんだ、お前…。」
「日本の為を考えた結果です。」
「安藤の考えるファシズム国家がか!?」
「ファシズムじゃありません。優秀な日本人が生き残り、日本て国を立て直す為です。この国は堕落しきってしまった。こんなんじゃ中国に食い潰される。」
「黒崎、冷静に考えろ。人の価値を決めんのは、人間がやっちゃいけねえんだ。
日本がそんな非人道的なファシズム国家になったら、世界中を敵に回す事になるんだぞ。
中国がどうこう言ってる場合じゃなくなるんだよ。」
「室長、歯車は回り出したんです。もう遅い。」
夏目の父は何かに気付いた様子で、黒崎に駆け寄ったが、その瞬間、黒崎は倒れた。
夏目の父が抱き起こしたが、泡を吹き、既に絶命していた。
「親父…。」
「俺達が追ってる最中にいざという時の為に自殺用カプセルを口ん中に入れてたんだろう…。」
「元部下か…。」
「ああ。優秀な男だった…。こいつもとなると…。内調は半数が汚染されてるかもしれんな…。」
「親父の引退待って、一気に推し進めたんだろ…。」
黒崎を調べるのを父に任せ、夏目はトランクを開けた。
涙目の瑠璃がガムテープで口を塞がれ、両手両足を結束バンドで縛られた状態でそこに居た。
「大丈夫か?。加来さん、救出完了。」
「龍介君に伝える。」
夏目は瑠璃のガムテープをそっと剥がし、怪我の有無を確かめながら結束バンドをナイフで切り、瑠璃を抱き上げ、トランクから出した。
「怪我は無いか?」
「はい。殴られたお腹がちょっと痛い位で…。有難うございます。」
「いや。通りがかっただけだ。」
そして夏目は、トランクの中でニャアニャア言いながら、蠢く麻の袋を見つめた。
「あの…。元佐々木君です…。」
夏目は嫌そうに片眉を上げると、麻袋を乱暴に持ち上げ、そのまま投げ入れると、トランクのドアを閉めてしまった。
「えっ!?」
「取り敢えず帰ろう。龍介が死にそうに心配してる。俺じゃなきゃ自分が行くってエライ騒ぎだったらしい。」
「あ、あの…。」
悟猫の事を聞こうとしたが、夏目の目は聞くなと言っていた。
仕方が無いので、促されるまま夏目の車に乗る瑠璃…。
ー佐々木君…、大丈夫かしら…。ていうか夏目さん、何で佐々木君猫を無視…?あ、もしかして、龍のお爺様と同じ、なかった事にしちゃう人…?
図星である事は、今の所、薄っすら気付いている龍介しか知らない。




