みんな変!
亀一の赤ちゃんが生まれて一月。
栞と赤ちゃんはとっくに戻って来てはいるが…。
「お前、なんの病気持ってるか分かんねえしな。」
「にゃあ!」
抗議する悟猫。
それに人間に戻った時に、亀一に赤ちゃんや奥さんがいるというのがバレても面倒だ。
亀一の家に連れて行くのは何れにせよ、得策では無い。
「龍、きいっちゃんとグランパ呼ぼうぜ。」
寅彦が言うと、龍介は唸った。
「大丈夫かな、きいっちゃん呼んで。コイツの病原菌、うちに持って帰ったりしねえかな…。」
「ああ、そっか…。」
「それにグランパも年だし、風邪気味だし、変な菌でもくっ付けられたら…。」
「だな。」
雲行きがどんどん悪くなる。
焦ってミーミー叫ぶ悟猫。
「なんか変な菌のせいで猫化してたら大変だぜ。」
「そんな事言ったら、俺たちや先生だってヤベエじゃん。」
「そうね。まあ、菌のせいというのは無いにしろ、なんか病気はありそうだしな。」
「そうだな。」
ぎゃあぎゃあ反論する悟猫だったが、日頃の龍介との仲が反映され、全く聞いて貰えない。
「やっぱ寅次郎さんの研究所持ってって、解剖でもして貰うか。」
「そうだな!」
竜朗が嬉々として返事をし、立ち上がった。
震え上がって泣く悟猫。
そこへ、瑠璃がやって来た。
「龍、昨日の猫…。」
「佐々木って判明した。原因も分かんねえし、変な病気持ってっと困るし、今日は母さん達がイギリス引き上げて帰って来るから、こんなの居たら困るから、寅次郎さんの研究所持ってって、解剖して貰おうかと。」
「解剖!?龍!佐々木君はどうしようもない人だけど、助けてあげないで、解剖だなんてどうしちゃったの!?」
瑠璃はなんだか、龍介の様子がおかしく思えた。
いつもの冷静な判断が丸で出来て居らず、目の前の厄介ごとを遠ざけようとしているだけに見える。
しかし、寅彦も竜朗も同じ様に、冷たい目で、龍介の意見を後押ししている。
ーなんか変だわ…。
瑠璃は龍介の目を覗き込む様にして見つめた。
見た事も無い様な、冷たい目をしている。
ーこれは違う…。いくら佐々木君が嫌いでも、ここまで冷たい目であしらった事は無いもの…。何かのせいで、みんなどうかしちゃったんだわ…。
瑠璃はそう判断すると、やおらゲージを持ち、加納家から飛び出した。
「瑠璃!何やってんだ!それ返せ!」
龍介が聞いた事も無い様な恐ろしい声で怒鳴った。
瑠璃は後ろを振り返らず、涙を堪えて、必死に走った。
そして、耳障りな鈴の音に気が付いた。
悟猫の首には、毛皮に埋もれて、鈴が付いている。
その音は、瑠璃にとっては、とても嫌な音域だった。
聞いているだけで、尚更不安になり、訳も分からず泣き出してしまいそうだ。
瑠璃は龍介が追って来ないのを確認すると、その鈴を外した。
ぎゅっと手の中で握ると、気分が落ち着いて来た。
ーこの鈴の音が原因で、龍達はあんな人が変わった様になっちゃったのかな…。
昨夜は気がつかなかったが、確かにこの悟猫に会った時、なんだか酷く憂鬱な気分になった。
そして龍介は、普段からすると、考えられない様な冷酷な人になっていた。
「佐々木君…。どうしてこんな事に?この鈴は何?」
「にゃーん…。にゃーん、にゃーん…。」
悟猫は、申し訳なさそうに俯いた。
説明している様だが、矢張り瑠璃にも分からない。
「兎に角、この鈴は鳴らさない様にして、あなたをなんとかしなくちゃ…。なんだか凄く危険な感じがするわ。」
瑠璃は、鸞の家に行って、事情を説明した。
「ーへーえ、これがあの小さくて、目が細くて、顔が大きい佐々木君が猫になった所なの…。猫になっても、可愛くないわねえ。」
「にゃああああ!」
悟猫が悲しげに、ショックだと言わんばかりに突っ伏した。
「まあ、それは兎も角。その鈴が精神状態に悪影響をもたらすなんて、確かに異常事態ね…。
この間のマッドサイエンティストの事件を思い出して、背筋が寒くなるわ。」
「でしょう?でも、事情を聞こうにも、この調子だから…。」
「ニャアニャア言われても分からないしね…。そうだわ。書けないかしら?」
鸞はシャープペンと紙を悟猫の前に置いた。
すると悟猫、シャープペンをなんとか持って、文字を書き始めた。
「こういう風にしてると、まあまあ可愛いわね。」
「鸞ちゃん、その言い様…。なんだかいくら佐々木君でもかわいそうになってくるわ…。」
「ところで、龍介君や寅はどうしてるのかしら?まだ冷たい目のまま冷血漢になってるのかな?」
「私は鈴の音を止めたら大丈夫になったんだけど、どうだろう…。ちょっとラインしてみようか。」
瑠璃は龍介にラインを入れた。
ー龍、元佐々木君な猫の事なんだけど、ちょっと分かった事があるの。
と。
ところが龍介の返事で瑠璃も鸞も驚いてしまった。
ーなんだあ?元佐々木な猫って。どうした、瑠璃。なんかあったのか?大丈夫?
「龍介君、全く覚えてないのね…。」
「これは益々怖いものだわ…。」
「そうね…。でも、どうして瑠璃ちゃんは大丈夫なのかしら?記憶もしっかりしてるし。」
「全然分からないわね…。矢張りここは長岡君に相談するしかないのかしら…。」
「きいっちゃん?休みの日ぐらいお父さんさせないと、栞さんとの仲が悪くなっちゃうわよ?」
「ああ、そっかあ…。」
龍介から再度、大丈夫かとラインが来た。
「龍、忘れてるけど、元に戻ってるわ…。どうしようかな…。」
「ニャア!」
悟猫の声に振り返ると、悟猫は事のあらましを書いていた。
しかし、それを読んだ瑠璃と鸞は額然として固まった。
あのマッドサイエンティスト並み、いや、もしかししたら、それ以上かもしれない恐ろしさを感じずには居れなかった。




