ちょっかいの理由
翌日は放課後まで、例の横浜北高との対決は無く、特に何もないので、カラスの件を片付けに、B組へ行った。
「きゃあああ!加納君よお!来てくれたんだわあ!」
龍介は無表情にまりもを虚ろな目で見つめた。
「お前がなんとかしてくれって投書したんだろうがよ。で?学校側には訴えたのか?」
「うん。ほら。カラス除けのネットとか、色々窓際にしてくれてるんだけど…。」
まりもの言う通り、ネットや目玉のでっかい風船等、カラス除けで思いつく物は全部設置されていた。
「それでも来るのか。」
「うん。凄いのよ。ネットに足とられたりしないで、ちゃんとネットの縁に止まるの。目玉みたいなのも、全然怖くないみたい。」
「でもお前、なんで同じカラスだって分かったんだ。」
「それがね…。足に赤いリボン着けてるの…。」
「赤いリボン?」
「そう。布じゃなくて、プラスチックみたいなので出来たヤツなの。」
「人間の手が加わってんだな…。お前を見てんのか。」
「うん…。昨日なんかね、ここの窓じゃなくて、帰りに校門の塀に止まって見てたのよ。
嫌だなあと思って、通り過ぎようとしたら、鞄とられそうになって…。
警備員さんが来てくれなかったら、鞄を取られちゃう所だったわ。」
「なんでお前だけ執拗に…。」
「分からない…。カラスに恨みをかうような事、した覚えは無いんだけど…。」
カラスの方は簡単に終わると思っていたのだが、意外と謎に満ち、横浜北高の件同様、どういう事なのかサッパリ分からない。
「今日は来たのか?」
「まだ。大体午後なの。5限目位に、そこに。」
龍介はまりもが指さした所がバッチリ映る様に監視カメラを設置した。
「先生には許可取ってあるから、ちょっとこれで見させてくれ。」
「はい…。んもおおお!相変わらずかっこいいんだからあ!頼もしいいー!!!」
まりもの心の声に、すっかり慣れてしまったクラスメート達が、忍び笑いをしている。
5限目が終わり、設置したカメラの映像を見ていると、赤いリボンを着けたカラスは、確かにまりもの指し示した場所に止まり、まりもの方をジッと見ている。
結局5限の45分間ずっとそこに居て、まりもを観察し、飛び立って行ったのだが、気になる事があった。
そのカラスはパッと見では目立たないが、黒い首輪をしているのである。その首輪は、真ん中部分が時々光る。
レンズの様だと思った龍介は更に拡大して、確信を得た。
光っているのは小さなレンズで、その下に録画中の赤いランプが点滅しているのだ。
「柊木をストーキングかよ。変わってんな。」
正直者の瑠璃は、亀一の失礼発言を否定は出来なかったが、でも…と言った。
「柊木さん、可愛いもの。うちの学校では変わった人として有名人だけど、学校外の人は、柊木さんの心の声全開は知らないわ。姿形だけ見て、好きになるって事はあるかも。」
龍介が頷いた。
「ストーカーなら鞄をカラスに奪わせようとしたのも納得だな。きいっちゃん、カラスにさ…。」
亀一と寅彦、鸞の3人はどう見ても、真面目に捉えて居らず、さっきから笑い続けている。
「きいっちゃんてばあ!一応、柊木も困ってんだから、真面目にやってくれよ!」
「はいはい。カラスにそんな事をやらせるまで仕込めるのかって事だろ?
まあ、出来ねえ事は無えだろうな。
カラスってのは、概ね5歳児の頭脳だっていう。
それに、人間の個体差も分かってて、一回睨み合いで撃退して来た人間の事は覚えてるそうだ。
気長にやれば、仕込めねえ事は無えかもな。」
「じゃあ、誰がカラスにそんな事を仕込んだかだな…。
取り敢えず、柊木に誰かにつけ狙われてねえかとか聞かないと…。」
龍介が言うと、鸞が手を挙げた。
「じゃあ、こっちは私と瑠璃ちゃんに任せて。」
龍介は心配そうに鸞をジッと見つめた。
「けど、ストーカーだとしたら犯人は少々イカれた男って事んなる。犯人と直接対決は危険過ぎる。ちょっと任せるのは…。」
「まあ、あなたはそう言うんでしょうね。じゃあ、柊木さんへの聞き込みと、下調べだけにしておくわ。それならいい?」
龍介は、寅彦と顔を見合わせた。
渋々という感じがありあり分かる顔で寅彦が頷くと、龍介も渋い顔で念を押した。
「本当にそこまでにしなさいよ?犯人追跡だのは一切しない。仮に犯人が分かっても、そのまま置いとく。約束出来る?」
「ええ。」
なんだか怪しい気もしたが、こういう場合、鸞が引き下がる事は無い。
だから、寅彦も渋々許可したのだ。
しかし、横浜北高の件も急ぐし、まりものカラスの方も、鞄を盗もうとする積極的な行動に移して来た以上、急いだ方がいい感じだ。
龍介も仕方無く許可し、まりもからの聞き込みと下調べを2人に頼み、放課後、準備をしつつ、5時半を待ち、別々の車両に3人で乗り込み、横浜北高の生徒が接触して来るのを待った。
菱川の証言通り、横浜北高の生徒は各車両に5人づつ乗っており、1人で乗り込んだ龍介達をそれぞれ見つけると、早速、昨日の様にせせら笑ったりするちょっかいを出し始めた。
3人は、イヤホンで音楽を聴いている様に見せかけた無線でやり取りしている。
やがて龍介を囲み出して、昨日同様、足を踏み始めた。
昨日のメンバーとはまた別の奴らだ。
龍介は昨日とは打って変わり、いきなり1番初めに足を踏んだ奴の胸倉を掴んだ。
相手はニヤリと笑い、周りの4人は嬉々としてという表現がふさわしい様な様子で龍介を小突き始め、囃し立てた。
「おお?やんのかよ。英のお坊ちゃんが。いいぜ?ちょっと位遊んでやっても。」
龍介はニヤリと笑った。
横浜北高の連中が一瞬たじろぐ。
「ここじゃ、他の乗客の迷惑になる。次の駅で降りて、誰にも邪魔されない所でやる。」
「いいよー?」
「後悔すんなよな。」
小者のセリフを吐きながらも、なんだか嬉しそうにすら見える。
ーやっぱり殴り合いに持って行きたかったのか…。
まあ、話を聞くのは、作戦通り、殴り合ってからにしてやろう。
菱川の降りる駅の、1つ手前の駅付近に見つけておいた公園に向かって歩き出すと、流石に横浜北高の連中が、ザワザワと落ち着かない風で騒ぎだした。
亀一と寅彦が引き連れた仲間も、同じ方向に誘導されているからだ。
「おい!ちょっと、なんだよ、これ!お前らグルなんじゃねえの?!汚ねえぞ!」
龍介はくるっと振り返り、言った人物を見据えた。
それだけでも相当な迫力なもんだから、相手は強がりつつも、かなり怯えている。
ー札付きの割に全然大した事ねえな。まぁ、こんなもんか、素人は。
似たような事を後ろの2つの集団もやっている。
「あんたらが、どう見ても喧嘩したいとしか思えねえから、お望み通り喧嘩するだけだ。
後ろの2人もそのつもりで、俺と別れて電車に乗った。そんだけの話。
大体、グルでやってんのは、てめえらの方だろ。俺たちは、お前らを痛めつける為の仕掛けなんざ作っちゃいねえ。
いいから、殴り合いしてえんなら、黙って公園まで着いて来い。」
龍介がわざと後続の連中にまで聞こえる様に言うと、横浜北の生徒達は黙り、顔を見合わせ、また歩き出した。
そして公園に着くと、ヤケの様に、5人がかりで龍介達に殴りかかって来たが、龍介達にしてみたら、隙だらけで、相手にもならない。
さっと身を翻し、戻りながら足を掴んで転ばせたり、パンチや蹴りの間際で避け、相手のバランスを崩して、自滅的に転ばせるを繰り返し、1分もかからず、全員を公園の土の上に倒してしまった。
「クッソー!」
悔しそうに、立ち上がって、頑張って殴りかかって来たのは、昨日龍介に絡んで来て、1番初めに靴を踏んだ奴だ。
瑠璃の調べでは、名前は村田健太とかいった気がする。
龍介は村田の拳をガシっと掴み、微動だにせず、表情も変えずに言った。
「なんで俺達、英の人間と殴り合いたい?」
「うるせえな!気に入らねえんだよ!」
「何が気に入らねえのかと聞いてる。うちの生徒がお前になんかしたのか。」
満身の力で繰り出したパンチを片手で抑えられ、村田の方が力が尽きて来たらしく、拳が震えだした。
「言ってみろよ。なんなんだ。」
「どうせ…。お前らみたいな恵まれた奴に言っても分からない…。」
龍介の片眉が上がり、怒った目で村田を睨みつけた。
「どうせどうせと、初めっからやりもしねえで、ブチブチ文句言ってんじゃねえ!俺はそっちの神経の方がよっぽど分かんねえよ!さっさと言ってみろ!」
龍介も、亀一も寅彦も、どうせという言葉は大嫌いである。
龍介の剣幕に気圧されたのか、村田は口籠りながらも話し始めた。
「笑われた…。凄えバカにした感じで、偉そうに…。」
「誰に。」
「分かんねえ。でも、英の制服着てる、俺たちが帰る方向の電車に乗った高校生だった…。」
「何もしてないのに、笑ったのか?」
龍介が真剣に聞いている態度だったせいか、村田は、割と素直に話し続けた。
「そう…。俺、彼女と乗ってたんだ。
付き合い初めで、ちょっとハイっていうか…。
嬉しくってさ…。
うちの学校の中では1番可愛い子だったから…。
で、彼女に話してたら、顎でなんつーの?こういう風にして俺の事さ…。」
村田が顎を上げて、その時の様子を再現した。
「ああ、分かる。そんで?」
「で、車両に乗ってる全員に、聞こえるように言ったんだ。『あんな可愛いのに、あんなバカと付き合ってんじゃ、お先真っ暗だな。』って。
そしたら、隣の奴も笑って、『あんなのと付き合うんだから、女の方もタカがしれてんだろ。俺たちには無縁の存在だろ。』ってさ…。」
「失礼な奴だな。突き止めてやるから、後でそいつらの特徴を言え。そんで?」
村田は、え?と驚いた顔で、龍介を見つめ返した。
「お前…。あいつらの肩持たねえのかよ…。」
「持つか、そんな奴。人様の幸せを嫉妬した挙句、そんな失礼発言をうちの制服着たまま言うとは、許せない。それで?」
村田は少し嬉しそうに微笑んだ。
もうさっきの拳も下げている。
「変わってんだな、お前…。で、乗客の何人かにまで笑われて、俺も彼女までバカにされて、頭来たから表出ろって言ったんだ。」
「ふんふん。それは当然だな。」
「次の駅で降りたら、2人がかりでいきなり蹴り入れて来て、俺が転んだら、腹に蹴り入れて、ダッシュで逃げた…。
彼女にはフラれるし、見つけ出して仕返ししようと思ったんだが、同じ時間に乗っても、なかなか会わない。
ダチに言って、協力して貰ったけど、全然駄目。
だから、英の奴に喧嘩仕掛けたら、出て来るんじゃねえかなって思って…。」
「全く汚ねえやり口だな。2人がかりで襲った挙句、逃げるとは…。
つまり、お前が被害に遭ったのは、5時半の下り電車。
しかし、それ以降、一度も会って居ない…。
て事は、逆に、そいつらはたまたま普段乗らない5時半前後の電車に乗って、お前に酷え事したとしたと考えられるので、5時半に待ち伏せしてても会わない可能性が高いな。」
「そうなのか…。」
「そう。うちの学校の奴らは、剣道部かラグビー部に入っている、或いは、なんの部活にも入っていない奴は、5時半には乗らねえんだ。
呼び出しとか、進路指導とか、なんらかの用事が無い限り、その時間には丁度乗らない。」
「そうなんだ…。じゃあ、あいつらは、剣道部かラグビー部か帰宅部かって事になるのか?」
「そういう事。んじゃ特徴を言え。」
その頃、まりもに話を聞いていた鸞と瑠璃は揉めていた。
「鸞ちゃん!駄目だってえ!龍や加来君に怒られるよ!?」
「でも、あの人達は横浜北高の件で忙しいわ!これは1分1秒を争う問題よ!」
「だから、取り敢えず私が奴の事を調べて、龍に報告して、動いて貰いましょうって言ってんじゃん!」
「それじゃ遅いわ!どう考えてもエスカレートしてる!このままじゃ柊木さんが危ないわ!
それに、柊木さんちは、東京じゃないの!龍介君達に動いて貰ったら、時間的に遅すぎる!
その間に柊木さんが何かされないとは限らないでしょお!?私は行く!」
「鸞ちゃん!」
「お爺様がいるから大丈夫よ!」
瑠璃は迷った挙句、結局は、ブリブリ怒りながら、鸞を追い掛けた。
「もう!情報官居なくてどおすんのよ!私も行く!」
龍介達が村田に話を聞いている頃、鸞は龍介達の不安通り、動いてしまっていた。




