犯人の本当の目的は…?
龍太郎は都内の一等地にあると思われるマンションの一室に居た。
手足は椅子に縛られているが、周りに座っている4人の男達は、どう見ても高級官僚だ。
いいスーツを着て、嫌味なブランド物の眼鏡をかけ、お勉強だけは出来そうで、ずる賢そうな笑みを浮かべて、目覚めた龍太郎を見ていた。
「お目覚めですか。加納空幕一佐。」
「霞が関のお役人が俺に何の用だ。」
「お願いがありましてね。」
「これが人に物を頼む態度か。」
「すみません。あなたは肉弾戦もずば抜けた成績で防衛大を卒業されたと聞いておりますので、話の前に我々を殴り倒して逃げてしまわれては、元も子もないので。」
「ああそう。」
「そうご機嫌を悪くされないで、我々の話を聞いて下さい。
お父上から、日本浄化計画については、お聞き及びですよね。」
龍太郎が答えなくても、相手の男は、その答えがイエスである事を知っている様子で、薄ら笑いを浮かべた。
「あなたはお父上の加納顧問とは、大変仲がお悪いと聞いています。
そこでご相談です。
日本浄化計画に参加して頂けませんか。」
龍太郎は小馬鹿にした様に笑った。
「笑わせるな。親父と俺の仲が悪くたって、俺はポリシーに反する事はしない。」
「ポリシーに反する事でしょうか。
あなたがなさっている、地球温存化計画にも、余分な国民や国は無くなってくれた方が都合がいいのではありませんか。
大気を汚染しまくって、自国民の健康被害も厭わない隣国とか。」
「それとこれとは、全く別の話だ。大体、お前らの言う、要らない国民てえのはなんだよ。」
「別の話とは思えませんね。
一般の高齢者、日本に住んでる他民族、社会の役に立たない者達。
彼らにかける金は、血税から出されている。
つまり税金の無駄使いと言えるのでは?。
それらの税が全てあなたの地球温存化計画の研究に行けば、何も宇宙に移住なんかしなくても、済む様になるのではありませんか。」
龍太郎は、真意を探る様に、相手の目をじっと見詰めた。
相手の男は、失敗でつまづいた事もなく、自信に満ち溢れた目をしていたが、どこか窺う様な目をしていた。
ーこの若造が頭な訳じゃねえな…。
この4人の嫌味な官僚他に、部屋の隅の1人掛けソファーに、龍太郎より少し上の、50代位の男が座っている。
この男は、役人には見えない。
どちらかと言うと、裏社会の住人の様な、凄みのある目をしていたし、ただ座っているだけなのに、隙というものが全く無かった。
龍太郎に話している若造は、この男の事をさっきから気にしている様に見えた。
「お前の様な使いっ走りじゃなくて、そっちのオッさんと話してえな。」
龍太郎はそう言うと、もう目の前の若造を無視して、その中年男性に話し掛けた。
「あんた何者だ。このお坊ちゃん達と同じ官僚じゃねえだろ。
差し詰め、あんたが噂の安藤のフィクサーか。」
男は声も無く笑うと、龍太郎を見詰めた。
「噂通り、勘の鋭い男だな。
そう取って頂いて構わんが、あんたの息子が大暴れしてくれたお陰で、あの馬鹿科学者は逮捕され、浄化計画の全貌を記した書類まで見つけられてしまった。
浄化計画は振り出しに戻ってしまったんだ。
新しい技術屋が必要だ。やらないか。」
「やらねえっつったら?」
「そう言うだろうとは思っている。
そこのボンボンは、加納顧問と仲の悪い、変わり者なら、話せば、こっちに容易に引き込めると思っていた様だが、俺はそんなに甘くない。
あんたと加納顧問の仲の悪さも、 何かのカモフラージュかと考える。
見たままは信じない。長年の癖でね。」
「期待を裏切って申し訳ないが、俺と親父は本当に仲悪いぜ。親子でもソリが合わねえとかあんだよ。」
「成る程。一応承っておこうか。」
「で?。俺が素直に応じない場合はどうするんだ。息子でも人質に取るか。」
「そんな事したら、あんたとイギリスのファイヤードラゴン。それに真行寺元顧問という非常に厄介な人に加え、何をしでかすか分からない、あんたと同種の吉行局長が束になってやって来る上、加納顧問も正面切って戦いを挑んで来るだろう。我々はそんなリスキーな事はしない。」
「じゃあ、なんだ。」
「あんたの居場所を失くせばいいんじゃないのかな。」
「俺の…居場所を失くす…?」
「用は済んだ。では、お帰り願おう。」
龍介と真行寺は、途方に暮れた。
タンザワッシーが連れて来てくれたのは、なんと千鳥ヶ淵で、そこから方角を顎で指し示し、あおん!あおん!言って教えてくれるのだが、流石の龍介をもってしても、どこなんだか一向に分からない。
心配するタンザワッシーに、大丈夫だと、言い含めてなんとか帰し、寅彦を呼んだ。
スパイが、蔵か図書館のどちらかに居ると分かった以上、図書館の人間は使えないからだ。
「竜朗が調べさせた所、誰が誰とまでは分かって居ないが、官僚の半数以上が秘密裏に進められてる計画に関わっている。
もしかしたら、官僚が連れ去ったんじゃないかと思うんだ。まあ、半分は俺のカンだが。」
「ううーん…。分かりました…。」
「ごめんな、ネタが少なくて。後は、絶対、安藤が使ってる裏仕事専門の奴は絡んでる。」
「フィクサーって奴ですか…。」
「うん。尻尾は掴めないが、その代わり、奴らは何かあった時、必ず身代わりに出来る人間を作って置くんだ。
例えば、龍太郎君の拉致に使うのは、下っ端の家で、そいつはヤバくなったら、適当な罪状。例えば汚職絡みとかで逮捕される様に、金の出入りに不審な点を作っておくとかね。
そして、逮捕される前に、下手に喋らせない様、自殺に見せかけて殺す。
勿論、本人はそんな計画の為に、金を渡されているとは知らないんだが。」
「ー成る程…。金の出入りが不審な若手の官僚で、この辺りに家を持っている奴を探せばいいって事ですね?」
「流石寅だ。その通り。」
「やってみます。」
ウェットスーツを適当にしまっていた龍介が嬉しそうにしている。
「寅って、本と凄えな。」
寅彦はニヤリと笑うと、パソコン画面から目を離さず、手も止めずに言った。
「その褒め言葉は、見つけ出してからにして貰おうか。」
「おう。」
龍介もニヤリと笑って、そう返事をすると、急に深刻な顔付きになって、真行寺を見た。
「官僚の、少なくとも半分が安藤側って…。一体、何をしようとしてんの?」
「龍介達はまだ知らなくていい。
ただ、龍介達があの馬鹿な研究を暴いてくれた事で、奴らの計画は振り出しに戻った筈だ。
だからこそ、代わりの科学者として、龍太郎君が欲しいんだろう。」
「父さんはそんなのに加担なんかしないぜ?」
「その通り、そこだけは信用出来る男だ。だからこそ、敵はどう出てくるのか…。
そもそも拉致した位で、話が通じる相手じゃないって事位、奴らなら分かっていそうなもんなんだが…。
最後通告なのかもしれんな。」
「父さんをどんな目に遭わせる気なんだ…。」
「分からない。奴らの手は汚い。汚すぎて俺もよく分からんぐらいだ。
ただ、スパイを入れてるって事に関係しているかもしれないな。
スパイは、こっちの情報を掴む為だけではないのかもしれない。」
「ーフィクサーって、一体どんな奴なの…?」
「ー安藤の爺さんの時代にはもう居た。
政権がどうこうでは無く、安藤家に直接雇われている。
だが、正体不明。
さっき言ったが、尻尾も掴めない。
そして、俺と竜朗が行き着いた結論は、奴らには、戸籍も無いんじゃないかという仮説だ。」
「ーえっ!?」
「だから、安藤家は責任持って、死ぬまで面倒を見る。
そして、奴らは他の職業にも就けないし、学校にも行けないから、正体も掴めないが、安藤家に仕えるしかない。
そういう図式なんじゃないかとね。」
「そんな…。学校にも行けず、生まれた時からそんな陰の、犯罪者集団みたいなのになる事が決まってるなんて…。」
「あり得ん話じゃないんだ。実は、安藤のご先祖は甲賀の出でさ。」
「甲賀…?甲賀忍者…?」
「そう。未だ貴族院とかあった明治時代に、貧乏で中学しか出て居らず、軍人でもなかった安藤の曾祖父さんは、突然政界で名乗りを上げ、あっという間に内務大臣になった。
当時の内務省と言えば、特高警察とか、庶民にスパイが居ないか、政権に反旗を翻す様な奴が居ないかと嗅ぎ回ってる連中を総括してた所だ。
金をばら撒いたのかとも思えるが、曾祖父さんにそんな金は無かった。
甲賀忍者を使って、時の首相や党幹部の弱味を握って、脅して大臣になったんじゃねえかって、俺の爺さんが冗談めかして言ってたが、あれは強ち冗談じゃねえのかもなって話。」
2人の話が丁度一区切り着いた時、寅彦がパソコン画面を見せながら、早口で話し始めた。
「コイツ、怪しいです。村上渉。厚生労働省のキャリア官僚37歳。
給料以上のマンションを都内に2つも購入し、フェラーリまで購入してます。
マンションの1つは、九段北にあります。この近くです。」
「よくやった、寅!流石だ!」
真行寺と龍介に満面の笑みで揉みくちゃにされて褒められた後は、タクシーを拾い、その九段北の高級マンションに向かった。




