龍太郎、消える
龍介達の大活躍があった翌々日、大きなプール位の大きさはある水槽の前で、宇宙開発関連の実験をしていた和臣は、それを見た途端、流石に仰け反って、部下達と一緒に素直に驚いてしまった。
「ボゴボゴボゴ!」
それは水の中で、何か言っている。
「これがタンザワッシーかあ。可愛いなあ。おい、加納呼んで来て。」
そう。
それはタンザワッシー。
何故水の中で喋っているかというと、この水槽は重くて頑丈な可動式の蓋がしまっているからなのだが、和臣は全く気付かない。
可愛い、可愛いと言って、写真なんか撮ったり、一緒に撮って貰ったりしている。
龍太郎がそこに来た時、タンザワッシーは涙目になって、ボゴボゴボゴ言いながら、必死に訴えていた。
「長岡!蓋開けてやれよ!泣いてんじゃん!」
「ええ!?そうだったのか!ごめん!ごめん!」
和臣が蓋を開ける装置を作動させている間に、龍太郎は階段を駆け上がり、水面でタンザワッシーを待った。
蓋がゆっくりと開き始めると、タンザワッシーが隙間から顔を出した。
「あおん!あおん!あおん!」
涙目のまま凄い勢いで怒っている。
「ごめんな。水には潜れるけど、長時間はキツイんだよな。申し訳なかった。」
「あおん!」
「まあいいって?有難う。ところで、こんな所までどうしたの?龍の事?」
「あおん!」
「そっかあ…。龍が入院しちゃって、真行寺さんも付きっ切りだから、俺ントコに来てくれたんだね。」
「あおん。」
嬉しそうになるタンザワッシーは、小脇に挟んだ、2種類の葉っぱを出した。
「また持って来てくれたのか。どうも有難う。」
「あおん。」
なんだか嬉しそうなので、龍太郎も自然と笑顔になると、やって来た和臣や部下達も感心している。
「加納、よく分かるなあ。あおんしか言わねえのにさあ。」
「なんか分かるよ?」
「へーえ。にしても、可愛いな。亀一が言ってた通りだ。さっきの写真、栞ちゃんにも見せてあげよう。」
「優子ちゃんじゃないのかよ。」
「優子にはさっき写メった。」
タンザワッシーは、龍太郎に葉っぱを渡したのに、まだ居る。
「タンザワッシー、どうしたんだ。帰らなくていいのか?ここ見学でもする?」
タンザワッシーは首を横にふりつつ、辺りを見回し、龍太郎をジッと見つめた。
純真無垢なつぶらな瞳は胸キュンもの。
「可愛いのう!どしたどした。」
するとタンザワッシー、やおら龍太郎を抱え込んだ。
「んん!?」
そしていきなり潜って、和臣達の目の前で消えてしまった。
「うおおおお!?加納ー!!!」
しかし、呼べど叫べど、龍太郎の姿も、タンザワッシーの姿も水槽の中には無い。
あるのは、龍太郎が居た部分に落ちている龍介用の葉っぱだけ。
「うーん、どうしよう。一応、加納顧問に報告すべきだよな…。安全だろうとはいえ、加納が消えたんだもんな。」
という訳で、和臣は竜朗にメールした。
「あん…?」
竜朗は機嫌が悪かった。
本当は龍介についていたいのに、昨日判明した『日本人浄化計画』の超極秘調査チームを作り、その指揮がある為、仕事に出なければならなかったからである。
その上、今、和臣から来たメール…。
ー加納がタンザワッシーに連れ去られました。
竜朗は不機嫌そうな顔のまま、パソコン画面を見つめていた。
ー龍太郎がタンザワッシーに…?
この忙しい時に、龍太郎の事も考えたくないし、そもそも、竜朗にとっては、タンザワッシーがいくら可愛くて、龍介や真行寺に尽くしてくれても、絵本の中の恐竜が自由に空間を移動しまくって、あおんあおんと、真行寺や龍介と会話しているという事実は、あまり深く考えたくない。
寄って、竜朗はメールを消去した。
例によって、無かった事にしてしまったのである。
ーすげえな!潜水艦もびっくりの急速潜行だな…。
にしても、龍の話だと、行きは水の中じゃなくて、気絶して、帰りが水の中なんじゃなかったっけ?なんで最近水の中なんだろうか…。
あ、そっか。最近は、タンザワッシーの世界へ行って帰ってる訳じゃねえもんな。
そっかそっか。タンザワッシーの世界に行く時だけなんだな。気絶すんのは。
て、事は、俺はタンザワッシーの世界に連れて行かれるんじゃないのか…。どこ行くんだろうな…。
回り回って、龍介は結局、和臣から預かった葉っぱを届けに、病院に見舞いに来た亀一から、龍太郎の行方不明を聞いた。
「そんな事んなってたのか。父さん、今日の夕方は来なくてさ。朝夕、必ず来てくれてたのに、どうしたのかって、爺ちゃんに聞いたけど、知らねえって…。」
「先生お得意の無かった事にしちまったんじゃねえの?親父は先生には連絡したってよ?」
「ああ…。タンザワッシーに関しては、受け入れては無えもんなって、父さんが連れ去られたのに?
まあ、タンザワッシーなら危険は無えだろうけど…。」
「龍はあんま気にせんと、葉っぱ着けて、看護婦さんと医者の言う事聞いて大人しくしてろ。」
「うん…。」
龍太郎はその頃、陸地に放り投げられて、受身を取りつつ、凍りつく様な寒さに震えながら、女の子に叫ばれていた。
「んにゃあああ!コウタ!?そしてこの人は誰!?なんで自衛隊の人攫って来ちゃったの!?」
「あおん!あおん!」
タンザワッシーが一生懸命何か言っているが、アイコは全く分からない様子で、なんで!?どうして!?を繰り返している。
龍太郎は寒いのを我慢しながら目前の状況を整理しつつ、言った。
「タンザワッシーをコウタと呼ぶという事は、さしずめあなたは、作者のアイコさん。
隣の金髪に皮のパンツは、タンザワッシーのモデルのギタリストのロッカー、コウタ君。
そして、必死にバイクをいじっている所を見ると、こんな山奥で、誰も来てくれない所なのに、バイクが故障。
で、タンザワッシーとしては、龍の葉っぱを俺に届けに来た所、メカに強そうだと判断して、ここに連れて来たと。
そんな所では?
因みに俺は、加納龍介の父です。」
「あおん!あおん!」
タンザワッシーはご機嫌で頷いている。
「うわあ、凄いですね…。龍介君のお父さんも頭いいんだ…。」
「ていうか、アイコさん、死にそうに寒いんですが…。」
「あ!そうですよね!コウタ、どうしよう!?」
人間のコウタは、龍太郎が言う前に、ガサゴソと荷物を漁って、寝巻きっぽいトレーナー上下を出して、龍太郎に渡しながら言った。
「これ、入りますかね?パンツも要ります?」
「パンツもあれば…。」
「じゃ、これ…。新品じゃないけど、洗濯はしてありますんで。着替えてて下さい。俺、焚き火作ってます。」
「あ、有難う…。」
「いえ。こちらこそこんな所まで有難うございます。
ーこの子は随分落ち着いてるんだな…。
まあ、龍より大分年は上みたいだけど、普通はアイコさんの反応で終わりだよな…。
ブツブツ考えながら着替えて戻ると、コウタがタバコを吸いながら、焚き火を作ってくれていた。
若干試行錯誤だった様で、火がつかないとか、小枝じゃなくて、枯葉じゃないのか、持ってこいとか言う声は聞こえていたが。
アイコが龍太郎の服を干しながら、話し始めた。
「私達、新婚旅行だったんです。
ダムが見えて、綺麗だねとか言って、走ってたら、突然バイクが止まっちゃって。
本当にすみません、いきなり…。
なんというか、コウタがご迷惑おかけしまして…。」
「俺が連れて来ちまった訳じゃねえじゃん!」
「違うわよ!恐竜のコウタの事よ!」
「ややこしいから、お前もタンザワッシーって呼べよ!」
「分かったわよ!ごめんね!」
でも…と、アイコはタンザワッシーを見詰めた。
「あなたは、コウタって名前なのよ?」
「あおん?」
首を横に捻るタンザワッシー…。
アイコが試しにタンザワッシーと呼んでみると…。
「あおん!」
ご機嫌でお返事。
「定着しちゃってるしいい~!作者より、龍介君の方が影響力大なのね!?そうなのね!?まあ、分かる気もするけど!?」
龍太郎は、笑いながら、バイクの調子が悪くなった経緯を人間のコウタから聞いていた。
「ああ、大体分かるよ。やってみよう。」
龍太郎は、来る時そのまま着けていた腰から下げる工具袋から工具を出し、バイクを直し始めた。
「結婚したんだね。おめでとう。」
コウタは照れくさそうに笑った。
「龍介君にも知らせようと思ったんですけど、アイコのヤツ、住所とか連絡先も聞いてないっつーんで…。」
「聞いても、あの子は言わなかったよ。親の職業がこんななんでね…。ん…?」
龍太郎が急に真顔になったので、コウタは不安気に龍太郎を見詰めた。
「どうかしたんすか…。直る気配無し…?」
「いや…。バイクは大丈夫。」
龍太郎は、先ほどよりもっと早くバイクを修理すると、エンジンを掛けた。
「早く行って。ここから出来るだけ離れるんだ。いいね?」
お礼を言わせるのも急き立て、2人を行かせると、龍太郎はタンザワッシーに言った。
「タンザワッシー、直ぐ帰りなさい。」
「あお…?」
龍太郎の異変を感じとって、心配そうに見詰めるタンザワッシー。
「いいから、早く。
これは、俺達の世界の問題なんだから。
タンザワッシーになんかあったら、龍が泣く。
早く行きなさい。」
タンザワッシーは龍太郎の強い口調に、渋々ダムの中に戻った。
龍太郎は、タンザワッシーを行かせると、腰に手を当てた。
残念ながら武器は無い。
タンザワッシーが来たと聞いて、タンザワッシーを怖がらせてはいけないと、わざわざ置いてきてしまった。
あるのは、ペンチやドライバー等だけだ。
龍太郎は数人の人の気配を感じていた。
この人里離れた、車も滅多に通らない様な道ではあり得ない人数だった。
ー5人…。いや、6人か…。
人の気配が動いた。
それと同時に、龍太郎は森の中にドライバーを投げつけた。
当たったらしく、『うっ。』という苦しげな声と同時に、ガサガサっと倒れる音がした。
人の気配の動きが慌ただしくなり、龍太郎はドライバーやペンチを投げつけながら、ダムの方へ走ったが、足を撃たれた。
見ると、針が刺さっている。
ー麻酔銃かよ…。これ、クマ用じゃん…。俺はクマか…。
遠のく意識の中、龍太郎は水から目だけ出して、心配そうに自分を見詰めるタンザワッシーを見ていた。
ー龍に知らせないでくれよ…?って、知らせちまうのかなあ、この子は…。




