妙なテンション
足立やその他の人間6人が、総合人間科学研究所に住み込んでいるのは、調査済みだ。
「竜朗としては、安藤と繋がる証拠固めてから突入するだろう。
とはいえ、こっちがもう向かってんのはバレてるからな。
まあ、龍介の作戦通り行けば問題無いだろう。」
真行寺がカイエンを飛ばしながらそう言った。
平日の午前3時という事もあり、道はかなり空いている。
まだ夜の明けきらない冬の4時半に総合人間科学研究所の側の繁みに到着。
武器系の購入や搬入の様子が無いのは、京極の下で腕を磨いた寅彦の調査のお陰で判明している。
「マスク装着。」
全員、普通のマスクをする。
そしてヘルメットを被っているので、目しか見えていない状態だ。
「んじゃ、行こう。」
龍介が言うと、真行寺は銃を。
龍介達はパタパタ竹刀をガチャリと言わせて開いた。
寅彦が厳重なロックを難なく解除し、監視カメラの映像を切り替えると、龍介はそっと入り、中を確認して、3人を手振りで入れた。
もうどっから見ても、特殊部隊の動きで、パタパタ竹刀を構えつつ、物陰に隠れながら進む。
見取り図から行って、足立は建物の最上階である、3階の奥の部屋に居るはずだ。
監視カメラもすり替えてあるし、寅彦のエージェント仕込みの技術力が凄いにしても、龍介達の侵入の仕方も見事だとしても、不気味な程警備が手薄だ。
侵入者は全員、あの電流の餌食にして、同士討ちにさせる気なのかもしれない。
ご丁寧に、目星を付けた部屋のドアには、『Dr.Adachi』という金色のプレートが付いている。
博士号は異例の剥奪となった筈だが、全く反省の色は無く、博士という名称にしがみついているという所か。
龍介が鍵を難なく開けて入ると、足立はいびきをかいて熟睡していた。
「おい。」
龍介が何度か声をかけ、揺さぶると、漸く起きた。
「なんだあ!君達はああ!」
足立がブザーを押し、バタバタと数人が走って来る音がする。
だが、そんな事は折り込み済みだ。
龍介と亀一は足立の首の目の前にバッテンにする様にパタパタ竹刀を交差して構え、寅彦は何かをセットし、真行寺は部屋の隅のソファーに脚を組んで座り、銃をドア方向に向けて構えた。
それを見て、入って来た男達が固まる。
「彼らの邪魔は止めておいた方がいいな。こんな爺さんだが、射撃の腕はそう悪くない。」
「博士!」
男1人が叫ぶと、足立は恐怖に裏返った声で叫び返した。
「装置をつけるんだ!」
「はい!」
男達も、足立も、龍太郎が作ってくれた物とは違い、非常に不恰好な方々に出っ張りのある、おかしな形のヘルメットを被り、男の1人がスイッチを押した。
しかし龍介達はニヤリと笑う。
「あんた、この機械、うちの学校に設置しただろ。」
「ー見つけたというのか…。
何故ピンピンしてるんだ…。
そうかその身体の大きさから考えると、設置出来なかった高等部の生徒なんだな…。
そうだ、被害は!?効果はどうだった!?」
「中等部の子供達全員が、ボーっとしてお幸せになったり、それを見て猛烈に腹が立ったりして、殴ったり蹴ったりの乱闘騒ぎが起き、大変な事になった。
俺とコイツは産まれた時からの幼馴染で、仲もいいが、突然怒りに支配され、殴る蹴るの大喧嘩になって、危うく人間関係が破壊される所だった。」
「そうか!矢張り成功したんだな!ほら!君達も聞いたかね!?
人間の情動に作用し、人間関係を壊し、暴力的にさせるんだ!
私の発明はなんと素晴らしい!」
実験結果にご満悦になっている。
予想はしていたし、足立のこの倫理観の無い性格を前提に計画を練ったのだが、矢張り目の前で見ると、腹が立ち過ぎて、気分が悪くなる。
しかし、龍太郎のヘルメットと防弾ベストのお陰で、怒りはしっかり抑えられる。
龍介は冷静なまま、再度聞いた。
「あんたが、そんな危険な非人道的な機械を開発し、実験の為に、うちの学校に設置させて、子供達に被害を及ぼしたんだな?」
「そうだ!私以外に誰があんな素晴らしい発明が出来るものか!
さあ、君達、浅水さんに報告して例の件を…。」
「博士!」
男達が慌てて止めるが、足立は研究以外はバカなのか、全く動じない。
「例の件を進めなさいよ。もっと強化するからさ。」
「博士!それ以上は!」
「大丈夫だよ。どうせこの子達はほっといたって殺し合いをするんだから。
マックスにしてあるんだろ?そろそろだろう。」
ところが、龍介達はマスクの奥から不敵に笑っている。
「あれ…。おかしいな…。どういう事だ…。」
「あんたらのヘルメットより、数十倍かっこいい、この特製ヘルメットのお陰だ!寅!どうだ!」
「バッチリ。」
その頃、しずかは双子に呼ばれて、キッチンから手を拭きながら出て来ていた。
「おかたん。にいに。」
「へっ!?」
「ほら。」
「ーほんとだわ…。目しか出てないけど、龍ときいっちゃんじゃないの…。」
しずかは早速、龍彦にメッセージ。
受け取った龍彦は、にやけている。
「しずか?どうしたのかなー?さっき別れたばっかでもう寂しくなっちゃったのかなー。」
「ドラゴン…。バカにしか見えないわよ…。」
デビットに呆れられるが、我関せず。
「ん?YouTube見て?
なんか面白い動画でもあったのか?
ごめん、ちょっとYouTube出して。
マッドサイエンティストだって。」
言われた情報官がYouTubeをパソコンモニターに出す。
それを見た龍彦も、流石に目を丸くして驚いた。
「龍介!?。きいっちゃんも!?」
「ドラゴン、これ、足立って学界追放された科学者だ。
英学園に危険な装置を実験の為に設置。
その上、一緒に、官房長官の第1秘書から多額の入金て証拠ファイルまで付いてる上、さっき足立が、浅水に実験は成功したと伝え、『例の件を進めろ』と指示したのまで写ってたそうだ。
生だ。録画じゃない。」
「はああー。なるほどね…。やるもんだな。」
龍彦は嬉しそうに笑いつつ、苦笑した。
「お義父さん、困ってんだろうな。」
龍彦の予想通り、竜朗は笑っている場合ではなかった。
証拠固めで出だしは遅かったものの、そこはプロである。
安藤に繋がりそうな証拠を掴み、あとは突入していちかバチかという所まで行ったのだが、龍介達の方が、30秒先に入ってしまったのだ。
その後、直ぐに入ろうとしたら、YouTubeに、浅水の第1秘書からの多額の入金が内閣官房費から出ているという証拠のファイルと共に、足立のバカ丸出しの発言と、龍介とのやり取りが流れ出してしまった。
こんな風に全てを白日の下に晒されては、日本には無い事になっている竜朗の組織が突入するわけには行かない。
龍介はその辺を上手く使ったと思われる。
憤懣やるかた無い竜朗は、司令室代わりのバンの中に、響き渡る様な声で怒鳴る。
「加来!止めろ!」
「すみません…。寅の奴、何重にも迂回させて配信してます。追いつくまで3時間はかかります…。」
「なにい!?。全くおめえの息子はよおお!!!。」
「すみません…。」
加来は二重に申し訳なくなりながら、小さくなっている。
竜朗はラオウになったまま頭を掻いた。
突入出来ない事に加え、問題はもう1つある。
「参ったな…。ここでコレ出されちまったら…。安藤まで行き着けねえよ…。
あのフィクサーが全部消しちまう…。」
そして、デスクに突っ伏し、自分のデスクの上に並ぶモニターを恨めしげに眺めた。
「もおおお…。顧問のバカー。龍のくそったれー。」
そして戻って龍介達。
龍介はYouTubeの画像を見せながら、パタパタ竹刀を構えた。
「さあ、観念しろ!このマッドサイエンティスト!
2度と子供に手え出したり、人体実験なんかすんじゃねえ!
お前みてえな人間以下の奴は、科学者でいる資格なんか無い!
即刻このおかしな研究を止めろ!」
「子供のくせになんだあ!私の崇高な研究は、何人たりとも止められはしないのだ!」
「どこが崇高な研究だあ!
人の精神状態をおかしくして、暴力的にして、人間関係破壊するなんざ、崇高でなんでもない!
下衆のやる事だ!んなもん見下げた研究だ!
この世に要らねえんだよ!」
「何を言うか!このガキは!大体お前は誰だ!」
男達が、電磁棒の様な警棒状の物を構え、龍介と亀一を囲み始めた。
そういえば、いつの間にか、真行寺が居なくなっている。
寅彦は警棒を突きつけられ、配信を切った。
龍介はまたニヤリと笑い、ご機嫌で答えた。
「ルール2。名は明かさない。」
「はあ!?おい!あの銃を持った爺さんは居ないぞ!早く始末しろ!
亀一が隙を作らずに、寅彦に耳打ちした。
「なんだ今の龍のセリフは…。」
「トランスポーターの主人公の口癖みてえなもんだよ…。
なんか龍のテンション、おかしくなってねえか…?」
「うん…。どうしちまったんだ…?」
配信が切れたと思っている6人の男達。
龍介達に襲いかかったが、ただの少年と侮ったのが仇となる。
振り上げられた警棒を片手で抑えるなり、首筋に一撃を加え、気絶させながら、そこへ後ろから来た男の腹を手に持った警棒で叩き、すかさずみぞおちに刺す様にパタパタ竹刀で一撃といった具合に、3人で2人づつ、あっという間にのしてしまった。
そのついでの様に、男が持っていた例の機械も、龍介が叩き壊している。
その間に、足立はベットのサイドテーブルから銃を取り出して来ており、震える手で龍介に向かって構えた。
「怪我すんぞお!マッドサイエンティスト!」
「だからお前は誰なんだ!
そんな精度の高いヘルメットや防護ベストを、こんな短期間で作れる人間は、私は1人しか知らないぞ!
奴の関係者かあ!」
「だから名は明かさないっつってんだろう!」
龍介はバッと走り出し、足立が引き金を引く前に銃を蹴り上げた。
「全部写ってるからな!お前はもうこれで終わりだ!」
「さっき切ったんじゃないのか…。」
寅彦が得意気にパソコン画面を出した。
しっかり配信され続けている。
切ったと見せかけるなど、寅彦には朝飯前だ。
そして足立を縛り上げ、警察に連れて行くと言って、配信を本当に切り、今度は全ての部屋に行って、機械を全部見つけ出し、足立の前に持って行った。
「あ…、あああ…。何を…何をする気だ…。」
龍介は嬉々として言った。
「叩き壊すぜ!」
そして、3人で、これでもかという程、パタパタ竹刀で機械を叩き壊し始めると、足立は悲鳴の様な泣き声を上げ始めた。
「やめてくれー!頼む、やめてくれー!」
「止めるかあ!
子供なんか試し撃ちにしやがって!
俺たちの学校で実験なんかしやがって!
てめえは一生許さねえ!」
「だから、君は一体、誰なんだ…。」
中年の男のくせに、鼻水まで垂らして泣いている足立に、叩き壊し終わった龍介は、やっぱり嬉しそうに言った。
「だから名は明かさないっつってんだろう?」
寅彦の顔色が変わる。
「どうした?」
亀一は動画配信を切り忘れたのかと思って、焦って聞く。
「ー分かった…。龍のこのテンション…。
どっかで見たと思ったら、うちの組長が熱が8度超えて、ハイテンションになった時と同じだ…。」
「ええ!?」
亀一は龍介に駆け寄り、龍介の額に手を当てた。
葉っぱがものすごく熱くなっている。
「龍!大丈夫か!?」
「うはははは!大丈夫だあ!なんか気分いいな!一層の事、研究室もぶっ壊しちまうかあ!?」
「それはやめとこうって、お前が言ったんだろ?先生が証拠で何か使うかもだからって…。」
「あはははは!そっかあ!」
「龍、もう帰ろう…。グランパ探して…。」
亀一は泣きたくなって来た。
龍介、完全にテンションがおかしな事になっている。
「ん?でも、父さんがここ撃って壊さねえ様に、爺ちゃん達が入って来るまで居るんだろ?」
「それは覚えておったのか…。寅、先生に連絡してくれ。」
「し…した…。龍、葉っぱ替えよう…。今度は予備も持って来てくれたらしいから…。」
「ヤダ!」
「ヤダじゃねえっつーの。」
「ヤーダ、ヤーダ、ヤーダぴょん!」
「ぴょんてなんだよお…。」
寅彦まで泣きたくなり、亀一はもう泣いているかもしれない。
あの、常に冷静で、完全無欠の司令官である龍介が…である。
2人は、遊んでいるかの如く、『ヤーダぴょん』を繰り返し、逃げ回る龍介に、薬を飲ませよう、葉っぱを替えさせよう、キッチンから拝借して来た氷で頭を冷やそうと必死に追いかけながら、真行寺が戻って来るのと、竜朗達の到着を待ちわびていた。




