調査結果
寅彦はトイレに行くと言って、休み時間に保健室に現れた。
「大丈夫だったか、きいっちゃん。」
「なんか疑惑の目で見られたけどな。
でも、鸞と唐沢が意外と素直に言う事聞いてくれて助かったよ。」
「良かった。そんで?」
「1人引っかかった。元公安の人間だ。
現在は、総合人間科学研究所って、訳の分かんねえ所に勤めてる。
そいつが、裏門付近をうろついて、監視カメラの範囲から消えた。
でっかいジェラルミンケース持ってる。
時期は、丁度1週間前。
中3ーAで事件が起きた日の前日。」
「流石寅。十中八九当たりだな。
ところで、総合人間科学研究所?
なんだそれは。
公的機関じゃねえよな?」
「確かに民間なんだが、怪しげな金が入ってる。」
「怪しげな金?ヤクザ絡みか?」
「違う。もっとヤバイ感じ。」
「ーまさか…。内閣官房費?」
「そう。増田健治って男から、毎月ガバッと入金があるんだが、その増田って男は、内閣官房長官の第1秘書。」
「うわ…。確かにこれはヤバイ…。
だけど、そんな所に官房費が流れて、俺たちの学校に被害を及ぼすとはどういうこったい。
実験か?
或いは、図書館側への宣戦布告か?」
「今の段階だと、どっちにも取れるな。」
「アッタマ来るな…。なんで子供で試し撃ちすんだ…。」
「だよな。俺も腹立ってしょうがない。
龍が手え引くって言ったって、俺はこのまま調べて暴いてやる。」
「俺だって、このまま引き下がって堪るか。学校は俺たちが守るんだ。」
「ん。」
「で、その総合人間科学研究所とやらだが、どこにあるんだ。所在地は?」
「それがだな…。」
寅彦が答えようとした所で、突然、龍介が寝ているベットのカーテンが、ジャッという音を立てて、なんの前触れも無く開いた。
亀一が立っている。
「きいっちゃん…。」
「それは諏訪湖の畔にある。」
「なんでそれを…?」
「昨日、あれから変な研究して、学界を追放された科学者を2人思い出した。
1人はロシア人で、現在アメリカに亡命中。
NASAに入ってるし、研究内容が、若干今回の件とはズレてんで、もう1人をよくよく調べてみたら、人間の情動に影響を与え、怒りを抑えられなくなり、攻撃性を高める電波を開発。
学生で人体実験をやり、研究室をボロボロにさせ、重傷者を出した日本人が居る。
足立良純って男だ。
結局、その電波はその1回しか成功させられず、また人道上酷い発明だという事で、大学と学界を追放された。
そいつが、どういう経緯だか知らないが、総合人間科学研究所とやらの所長に、2年前に収まったのを、昨日調べた。
諏訪湖にあるって事と、諏訪湖に移ってから、その研究が成功したってのは、佐々木がやられた電流と無関係じゃねえだろう。」
「きいっちゃん、有難う。もうそこまででいい。」
「龍。お前が今言った通り、学校は俺たちの手で守る。
それに、俺も、まだ純真な中学生を試し撃ちにしたのは、許し難い。
これは、親父になる身として、許せない。
だから、頼むから、外さないでくれ。
無理はしない。お前の指示には従う。」
龍介は、亀一が龍介達よりも、一歩先を歩いている気がした。
親父になる身として許せないというのは、ちょっとかっこいい。
「うん…。分かった。幸い、明日から創立記念日とかで週末明けるまで休みだ。明日出発しよう。」
「ん。」
そこへヌッと現れたのは、担任の貝塚先生。
聞かれていたのかと、龍介達は固まってしまった。
「加納。ダメじゃないか。
お爺さんが迎えに来てるぞ。
今日も来られる状態じゃなかったんだろ?
生徒会長としての責任感は大変立派だが、無理して入院なんて事になったら、話にならんぞ?」
「はい…。すみません…。」
先生は龍介の鞄を持って来ており、コートを着せながら、ボソッと言った。
「あんま危険な事せんようにな。いくら君らが強くても、過信は禁物。」
「えっ…。」
貝塚先生を振り返ると、何事も無かった様に、笑った。
「4日間も休みだから。大人しく寝てなさい。」
貝塚先生は、この学校に15年以上勤めているらしいから、色々深~くご存知なのかもしれない。
「龍、何でまだ嗅ぎ回ってんだい。
寅は恭彦ん所で仕事して、腕上げすぎだな。
加来と同じペースで調べてんじゃねえかよ。」
車に乗るなり、竜朗に叱られる。
「すいません…。俺の指示です…。」
「龍、いいか?
爺ちゃんはな、お前を子供扱いした事は無え。
出来る限り、本当の事を話して来たし、いつも本気で、正直に付き合って来た。
しかし、今回の事は言えねえ。
それ位危ねえって事なんだ。
それで分かって、手え引いてくれ。」
「…。」
「龍!」
「ごめん、爺ちゃん…。出来ません…。」
竜朗は不機嫌そうに煙草を咥え、窓を開けて火を点けると、フッと笑った。
「2度目だなあ。龍が俺の言う事、聞かねえのは…。」
「うん…。」
「瑠璃ちゃんの時と、今度は学校か…。自分の手で守りてえってか。」
「ーはい…。」
「ーなら競争だ。図書館が始末着けんのと、どっちが早えか。手加減無しだ。本気で行くぜ?」
「はい。お願いします。」
「但し、1つ条件がある。」
「何?」
「顧問がタンザワッシーから、新しい葉っぱ貰って来てくれた。
今度は剥がさず、ちゃんと着けて行く事。
それから、顧問付きでやる事。」
「ーへっ!?」
「俺が言ってもダメだったら、許可するって言ったら、あの人はもう…。
たっちゃんの時、あんな過保護じゃなかったんだけどな…。
揉めに揉めて、挙句の果てに、俺じゃなくて、龍の方に着くってよ。
て訳で、顧問と動きな。まあ、車無しじゃフェアじゃねえしな。」
「は…はあ…。」
「麗子さんまで行くっつった時は、どうしようかと思ったぜ。」
「ええ!?」
「全力でお断りしたんで、そっちは大丈夫だ。」
「ああ、びっくりした…。」
「あらかた調べたんなら分かってんだろうが、あの総合人間科学研究所とやらは、軍事要塞みてえな事になってるとも限らねえ。
バックが官邸だからな。」
「やっぱり親分は首相なの?」
「分かんねえ。微妙だ。
官房費ってのは、首相の命令でも動かせるが、官房長官の裁量1つでも動かせる。
未だ調査中って、おい。勝負だろ?
出さねえぞ、これ以上。」
龍介は苦笑して頷いた。
竜朗も笑うと、龍介の頭をいつもの様に、ガシガシと撫でた。




