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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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続きが描けない理由

愛子の部屋はかなり荒れ果てていて、愛子はお菓子の袋や服を適当に退け、龍介達を座らせると、こたつの上のペットボトルから人数分のお茶を注ぎながら、話し始めた。


「私、恐竜に興味があって、それであの話を書き始めたの。

お店のお客さんにあそこの幼稚園の先生が居て、見せたら、子供達に読み聞かせしないかって言われて。

やってみたら、子供達が凄く喜んでくれて、続きをせがんで…。

出版社じゃダメだけど、この子達は私の作品、喜んでくれるんだって凄く嬉しかったわ。

内容はね、あなたが言ったタンザワッシーのコウタが、友達を助けて行くって話なの。

でも、まさか実在するなんて…。」


「いや、違います。あなたの創作から生まれたんです。寅、画像出して。」


龍介に促され、寅彦がタンザワッシーの画像を見せると、愛子は食い入る様に見つめながら、何度も嘘…と呟いた。


「ほんとだわ…。私が描いたまま…。」


「タンザワッシーの世界にも連れて行って貰いましたが、全部クレヨン画で、あなたの署名もありました。

あなたが描いていない部分は無い、画用紙の切れ端みたいになってました。

その中に、描きかけの恐竜とその周りから、徐々に彼らの世界が滅んで来てしまってるんです。

続きを描かなければ、彼らはこの世から消えてしまいます。」


「どうしよう…。私が描いた世界が存在する様になってるなんて、ほんと嬉しい…。でも、描けない、私…。」


「どうしてですか…?スランプ?」


「ーううん…。その描きかけの恐竜は、コウタのお嫁さんになる恐竜なの…。私の投影…。そしてコウタは…。」


そして話の途中で、愛子は突然泣き出した。

腰を浮かす龍介達。


「コウタは元彼なのおおおおー!だからもう描けないのおおおー!コウタの事考えると、彼を思い出して、辛くて描けないのよおおおー!」


どうも、失恋が原因で、タンザワッシーの物語が描けなくなってしまったらしい。


龍介達は3人で固まって、相談し始めた。


「失恋が原因じゃ、どうにもなんねえだろ、龍。」


寅彦が言うと、龍介も困り果てた表情で言い返す。


「んな事言ったって、じゃあ、タンザワッシーはどうすんだよ。

いくら空想から生まれた、別世界の住人とはいえ、存在してんだぜ?

このまま滅びたら可哀想じゃねえかよ。

あの世界はさ、愛子さんのタンザワッシーに対する愛情とか、思い入れだけじゃなくて、子供達の夢や空想が源になって、存在する様になった気がすんだよ。

そういうのなくなっちまう世の中って寂しくねえ?」


「そら、そうだけど、振られちまったもん、どうすりゃいいんだよ…。」


すると、珍しく、亀一が方針を打ち出した。

愛子に向き直り、質問を始める。


「愛子さん、タンザワッシーのモデルが、その彼氏なんだとしたら、凄えいい奴なんじゃないですか。優しくて。」


「そうなの…。ちょっと乱暴な所はあるけど、でも、優しくて、凄くいい人…。いつも、少ない言葉で、私の絵本褒めてくれたし、絶対モノになるって言ってくれてた…。」


「それがなんで別れる事になったんですか。もしかして、誤解なんじゃないんですか。」


「ご…誤解?いや、そんな筈は…。」


「別れた経緯を話してみて下さい。男の感覚と女の感覚ってえのは、ズレがある。龍だって、体験済みだろ?」


「は、はあ…。」


龍介がたじろぎながら返事をすると、愛子は首を傾げながら話し始めた。


「あの…、コウタはね…。」


「タンザワッシーですか。」


龍介が真顔で聞くと、愛子を含めた全員が吹き出した。


「えっと、加納龍介君だっけ?顔の割に面白いのね。今、私達の話だから、人間のコウタよ。」


「ああ!名前も同じなんですか!」


「そうなの。えっと、人間のコウタはね、ミュージシャンやってるの。ギタリスト。

まだ売れてないけど、ライブなんかは、かなり人が入る様になって、ちょっと話題になり始めてるの。

それで、お世話になってるライブハウスの店長が、友達がライブハウスやってる大阪の有名人が出た所でやってみないかって話が来て…。」


またうわあああ!と泣き出す愛子の声に、慣れる事なく、腰を浮かす3人。


「行ったきり、連絡が来ないのよおお!LINEも既読スルーなのよおおお!」


亀一が手を広げて出した。


「ちょっと、そのLINE、見せてもらっても?」


「あ、はい…。」


愛子に見せて貰い、3人でLINEを覗き込む。


コウタ:すっげー楽しい。来て良かった。


アイコ:良かったね。いつ帰って来るの?


コウタ:まだ分かんねえよ。レコーディング会社の人が聞きに来るらしいし、忙しいから、またな。


そしてコウタの返信はそれっきりになり、後は愛子の独り言のようになっているが、一応、既読にはなっている。


愛子のLINEも、風邪ひいてないかとか、そんな様な事ばかりで、取り立てて、別れ話になどなっていない。


3人の少年は首をありったけ捻った。


「これでなんで別れたって話になるんですか?」


亀一が聞くと、愛子は涙ながらに言った。


「だってえ!何の返事も無いのよ!?」


亀一は面倒くさそうに、早口でまくし立てた。


「だから、忙しいって書いてあんじゃないですか。返事出来ない位、忙しいんですよ。」


「ちょっとでもいいのよ!?」


「そのちょっとを適当な返事しちまうと、女ってのは怒るでしょう?

そうすっと面倒くせえじゃないですか。

忙しくて、疲れてる時に、そんなゴタゴタやってられねえって分かりません?」


「つまり、私はそれだけの女って事なんじゃないの!」


龍介達、3人は揃って白目を剥いてしまった。


ー何故そうなる…。


女心は難しいが、出来たら、分かりたくは無い気がする。


愛子が再び、感極まって泣き始め、龍介達の白目が元に戻っていない状態の中、突然、玄関の扉が乱暴に開いた。


「愛子!やった!CDデビュー決まった!」


チェックのシャツに赤いダウン、細身のジーンズ。痩せた身体に、金髪。

絶対ロッカーの見た目の彼に、予想通り愛子が叫んだ。


「コウタ!?」


ーやっぱり…。ロッカーって、なんか決まりでもあんのかな…。


かなりの脱力感には襲われたが、失恋騒動は、矢張り誤解だった様だ。




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