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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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変態の特技

龍介の目の前に現れたのは、丸で幽霊船の様な、ボロボロの船に乗った、あの笛の持ち主の男性と、その他大勢の平安時代に生きていたと思われる亡霊達だった。


「来て貰おうか…。」


笛の男が悟に手を伸ばした。

悟は何もしていないのに、ズルズルと引っ張られている。

龍介は悟の腕を掴み、放り投げる様にして、自分の後ろに行かせた。


「なんでこいつは、あんたらの所に行かなきゃならない。」


「笛を手にし、我らの力を吸い取った…。

お陰で我らは暫くここで英気を養わねばならぬ。

生きた人間が居れば手っ取り早く済む。

さあ、そいつを寄越せ…。」


「こいつは別に、あんたらの力を吸い取ろうとした訳じゃない。

あんたらが、あんたらの世界に引き込もうとした時の不可抗力だ。」


「笛を取ろうとしたのだ…。だから返せとと、手を引いただけ…。」


「佐々木、笛は何処に落ちてたんだ。」


龍介は振り返らず、パタパタ竹刀を構えたまま聞いた。


「小さな古ぼけた石の前だよ。」


すると、誰よりも先に瑠璃が、声を荒げて問い質し始めた。


「それはお墓よ!どうしてそんな所の物、取っちゃったのかなあ!

鸞ちゃんが言う通り、奪い取ったのよ、あなた!」


「ええ!?お墓だったの!?

だって、本当に、道の脇にポツンてあって…。

花も添えられて無かったし…。

お線香とかだって無かったし…。」


「お墓と認識している人が少ないだけ!

古い土地には、そういう物がいっぱいそこら辺に転がってるの!

無闇矢鱈(むやみやたら)と触っちゃ駄目なの!」


「そうだったんだ…。すみません…。」


トランクスにセーター1枚と、なんだか変態チックな格好で頭を下げるが、もう遅いらしい。

笛の男は許す気配は無く、怒っている。


「この通り反省してる。知らなかったんだ。笛は返したんだし、許してやってくれ。」


「いいや…、許せぬわ!」


笛の男は大きくなって見えた。

実際大きくなったと思う。

そして、船毎、龍介目掛けて圧し潰すかの様な勢いで、湖から飛び出した。

パタパタ竹刀は掠るだけで、全く歯が立たない。


「アレがあれば一発なのに…。逃げるぞ!」


龍介がそう言って、瑠璃の手を取り、逃げようとした時、湖から、今度はザッパーンという聞き覚えのある水音が…。


「あおん!」


「タンザワッシー!」


「あおん!」


今日のタンザワッシーは勇ましい感じで、眼光鋭く、龍介に向けて、龍介が今切望していたアレを放り投げた。


「タンザワッシー!何故持って来れた!?」


それは、この間イギリスで悪霊退治に使ったあの剣だった。

確かに、龍介が使った王子の剣だけは、デビットのお爺さんが森を守って貰うと言って、森に返していたが、タンザワッシーの距離感覚、どうなっているんだか、想像もつかない。

しかし、今それをどうこう言っている場合でないのも確かである。

龍介は受け取った剣を抜き、船毎斬りかかった。

男以外の亡霊は断末魔の悲鳴というのか、耳障りな、気持ちの悪い叫び声を上げて消え、船も消えた。

男は苦しげに龍介に向かって来る。


「返せ…。力を返せえええ!」


「どうせろくな力じゃねえんだろ!なんで何百年も未練残して、笛がどうこうと言いながら、生きてる人間に喧嘩売るんだ!成仏出来ねえ理由を言ってみろ!」


「私の妹を…。」


「妹…。平安時代だから、嫁か?」


「ー妹を探している…。

笛を吹けば探し出せる…。

だが、笛を吹くには力が要る…。

なかなか長く吹いていられないから、見つからない…。」


「嫁の霊を探すためなのか…。」


悟が龍介の隣に立った。


「お詫びに僕が吹くよ。それでどうかな?」


「吹けるのか、お前…。」


「一応、この手の笛は吹けるんだ。」


男は悟に笛を渡した。

悟は男の横笛を吹き始めた。

なんという曲かは、龍介も瑠璃も分からない。

でも、悟は意外な程上手く、その音色は物悲しくもあり、平安の都の風景が浮かんでくる様な、澄んだ優しい音色だった。

タンザワッシーもご機嫌で、首を振っている。

暫くして、キラキラとした白い光の粒と共に、小袿を着た女性が現れた。


「嬉子…。」


男が嬉しそうな顔で、その女性に手を伸ばし、そのまま女性に連れられて、光と一緒に空へ上がって行ってしまった。


「あ!笛!」


悟が笛を吹くのを止め、笛をかざしたが、男は取り返す気配も無く、そのまま行ってしまう。


「ちょっとおお!また返せとか言って、おっかない事すんじゃないだろうな!おいってばあ!」


龍介は男の幸せそうな顔を見ながら、悟に言った。


「いいんじゃねえか。今度はお礼にくれんのかもしれないぜ。」


「本当だろうな…。」


瑠璃も龍介の隣に立って言った。


「多分そうよ。でも、佐々木君、凄く上手なのね。びっくりしちゃった。」


「中学でこういう宮廷楽器のクラブがあってさ。そこ入ったらはまっちゃって、ずっとやってるんだ。」


「へえ。凄~い。そんな変態みたいな格好してなかったら、もっと凄いのに。」


「唐沢さん…。相変わらず一言余計だ…。」


悲しそうに言う悟を笑いながら、龍介はタンザワッシーに剣を渡した。


「有難う。助かった。また戻しといてくれる?森のお守りの剣だからさ。」


「あおん!」


そして、タンザワッシーは、龍介と瑠璃、悟を指差す様に顎で差し、自分の背中を顎で差した。


「え…。送ってってくれるって?

い、いや、いいよ。水冷えから…。

ここで朝まで待って、夜が明けたら電話探すから…。」


「あおん!あおん!」


「いや、いいって…。セーターだのコートだの縮んだら洒落んなんねえしさあ…。瑠璃まで濡れたら風邪ひいちまうじゃん…。」


「あおん!あおん!」


タンザワッシー、なんか怒っている。


「そんな怒んなよ…。

だって、タンザワッシーが送ってくれんのって、水がある所だろ?

うちの近くっつったら、丹沢湖になっちまうじゃん…。

丹沢湖じゃ、うちからそんなに近かねえんだよ…。」


「あおん…。」


タンザワッシーは悲しそうにうつむき、泣きそうになっている。


「龍、なんか可哀想よ…。送って貰ったら?」


「だって、すんげえ冷たい水ん中通って行くんだぜ?

しかも、行き着く先は、丹沢湖だぜ?

ここよりは近いけど、自力で帰るのはどっち道無理じゃん。」


龍介も可哀想に思い、タンザワッシーの頭を撫でながら言った。


「ごめんな。気持ちだけ頂いとくよ。剣だけで助かった。本当に有難う。」


「あおん…。」


帰りかけたタンザワッシーだったが、突然何か思いついた様子で、振り返った。


「あ!おん!」


「どうした。なんか思いついたのか?」


「あおん!あおん!」


タンザワッシーは、湖のほとりに、絵を描き始めた。


「ん?プール?」


悟が言うと、頷くので、龍介が確認してみる。


「学校のプールって事?」


「あおん!」


胸を張って、返事をすると、龍介、瑠璃、悟の順に小脇に抱えて、首を伸ばした。


「いいいいー!?タンザワッシー!どこの学校のプールだよ!」


龍介の問いに返事は無く、次の瞬間には、龍介達は冷たい水の中…。


ーふごおお!確かに加納の言う通り、死んでしまうかもしれないー!!!


ーぬおおおお!これがタンザワッシーの移動!龍のお爺様はよくご無事だったわねえええ!


そして龍介は…。


ー慣れない…。やっぱ、慣れない…。


瑠璃を気遣いつつ、冷たさで気が遠くなりかけていた。




瑠璃の家は、悟達が通っていた中学のそばにある。

真行寺達は、まだ現場に居た。

なんとか、痕跡から飛んだ場所が割り出せないかと捜査していたのである。


「方向は分かったんですけどね…。あとは距離だな…。」


亀一がそう言った時だった。


ザッパーンと、中学校の方から、物凄い水音がし、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッと3回、何かが叩きつけられる音がした。


全員で顔を見合わせ、音のしたプールの方へ行くと、そこには、ずぶ濡れの龍介と瑠璃に、セーターにトランクス姿の変態が居た。

プールの中にはタンザワッシー…。


「あおん!」


「タンザワッシー!龍介達を助けて来てくれたのか!」


大急ぎで龍介と瑠璃を介抱しながら真行寺が言うと、ご機嫌よくお返事。


「あおん!」


そしてまた葉っぱを渡す。


「ん?俺はどこも悪くないぜ?ーあ、もしかして麗子か?」


「あおん!」


「え?婆ちゃん、どうかしたんですか。」


龍介を毛布で包んでさすりながら亀一が聞くと、真行寺は笑った。


「風邪ひいてさ。熱がなかなか下がらねえんだよ。医者嫌いだろ?」


「なるほど。」


「あおん。」


タンザワッシーが首を伸ばすと、龍介が鼻水垂らしたイケメン台無し状態で言った。


「あじがどな…ダンザワッジー。」


「あおん!」


タンザワッシーはご機嫌良く消えた。


そして、2人を介抱していて、寅彦が漸く気がつく。


「この変態、なんだろう。」


変態はムクっと起き上がった。


「変態じゃなくて、僕です…。」


「佐々木!?なんでそんな変態みてえな格好してんだよ!」


「諏訪湖で湖に落ちた時に、全部脱いで、セーターだけ借りたの!」


しかし、悟は、直ぐに怒っている場合でない事に気付いた。

竜朗が、指をボキボキ鳴らしながら龍介から離れ、ニヤリと不敵に笑っていたからである。


「佐々木の倅…。てめえ、今度ばっかは生かしちゃおけねえ…。」


「す…すみません…。ごめんなさい…。あ、あの、これには深い事情がありまして…。」


「知ったこっちゃねえなあ…。ええ?」


「あ、あ、ああああああ~!!!」


悟の悲痛な叫びが、夜中の中学校に響きわたった。




「なんでアタシが…?」


麗子はベットで呆然と、若い時よりもっと素敵な真行寺の笑顔を見つめていた。


「これ、本当に良く効くんだよ。騙されたと思って、貼っとけ?な?」


麗子のおでこには、タンザワッシーの葉っぱがぺったりとくっ付けられている。


「あんた…。たぬきにばかされる程、耄碌(もうろく)しちまったのかい…。」


「たぬきじゃねえよ、タンザワッシーだよ。いいからいいから。これつけて寝な。ここに居てやるから。」


「あ…あのさ…。」


「はいはい。無駄口たたかず寝る。起きたら、良くなってるぜ。」


真行寺に手を握られ、仕方なく目を閉じる麗子。


ーどうしちまったんだい…。タンザワッシー?なんだい、そりゃあ…。もう…。訳が分からないよ…。


葉っぱの被害者がまた一人…。







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