変態の特技
龍介の目の前に現れたのは、丸で幽霊船の様な、ボロボロの船に乗った、あの笛の持ち主の男性と、その他大勢の平安時代に生きていたと思われる亡霊達だった。
「来て貰おうか…。」
笛の男が悟に手を伸ばした。
悟は何もしていないのに、ズルズルと引っ張られている。
龍介は悟の腕を掴み、放り投げる様にして、自分の後ろに行かせた。
「なんでこいつは、あんたらの所に行かなきゃならない。」
「笛を手にし、我らの力を吸い取った…。
お陰で我らは暫くここで英気を養わねばならぬ。
生きた人間が居れば手っ取り早く済む。
さあ、そいつを寄越せ…。」
「こいつは別に、あんたらの力を吸い取ろうとした訳じゃない。
あんたらが、あんたらの世界に引き込もうとした時の不可抗力だ。」
「笛を取ろうとしたのだ…。だから返せとと、手を引いただけ…。」
「佐々木、笛は何処に落ちてたんだ。」
龍介は振り返らず、パタパタ竹刀を構えたまま聞いた。
「小さな古ぼけた石の前だよ。」
すると、誰よりも先に瑠璃が、声を荒げて問い質し始めた。
「それはお墓よ!どうしてそんな所の物、取っちゃったのかなあ!
鸞ちゃんが言う通り、奪い取ったのよ、あなた!」
「ええ!?お墓だったの!?
だって、本当に、道の脇にポツンてあって…。
花も添えられて無かったし…。
お線香とかだって無かったし…。」
「お墓と認識している人が少ないだけ!
古い土地には、そういう物がいっぱいそこら辺に転がってるの!
無闇矢鱈と触っちゃ駄目なの!」
「そうだったんだ…。すみません…。」
トランクスにセーター1枚と、なんだか変態チックな格好で頭を下げるが、もう遅いらしい。
笛の男は許す気配は無く、怒っている。
「この通り反省してる。知らなかったんだ。笛は返したんだし、許してやってくれ。」
「いいや…、許せぬわ!」
笛の男は大きくなって見えた。
実際大きくなったと思う。
そして、船毎、龍介目掛けて圧し潰すかの様な勢いで、湖から飛び出した。
パタパタ竹刀は掠るだけで、全く歯が立たない。
「アレがあれば一発なのに…。逃げるぞ!」
龍介がそう言って、瑠璃の手を取り、逃げようとした時、湖から、今度はザッパーンという聞き覚えのある水音が…。
「あおん!」
「タンザワッシー!」
「あおん!」
今日のタンザワッシーは勇ましい感じで、眼光鋭く、龍介に向けて、龍介が今切望していたアレを放り投げた。
「タンザワッシー!何故持って来れた!?」
それは、この間イギリスで悪霊退治に使ったあの剣だった。
確かに、龍介が使った王子の剣だけは、デビットのお爺さんが森を守って貰うと言って、森に返していたが、タンザワッシーの距離感覚、どうなっているんだか、想像もつかない。
しかし、今それをどうこう言っている場合でないのも確かである。
龍介は受け取った剣を抜き、船毎斬りかかった。
男以外の亡霊は断末魔の悲鳴というのか、耳障りな、気持ちの悪い叫び声を上げて消え、船も消えた。
男は苦しげに龍介に向かって来る。
「返せ…。力を返せえええ!」
「どうせろくな力じゃねえんだろ!なんで何百年も未練残して、笛がどうこうと言いながら、生きてる人間に喧嘩売るんだ!成仏出来ねえ理由を言ってみろ!」
「私の妹を…。」
「妹…。平安時代だから、嫁か?」
「ー妹を探している…。
笛を吹けば探し出せる…。
だが、笛を吹くには力が要る…。
なかなか長く吹いていられないから、見つからない…。」
「嫁の霊を探すためなのか…。」
悟が龍介の隣に立った。
「お詫びに僕が吹くよ。それでどうかな?」
「吹けるのか、お前…。」
「一応、この手の笛は吹けるんだ。」
男は悟に笛を渡した。
悟は男の横笛を吹き始めた。
なんという曲かは、龍介も瑠璃も分からない。
でも、悟は意外な程上手く、その音色は物悲しくもあり、平安の都の風景が浮かんでくる様な、澄んだ優しい音色だった。
タンザワッシーもご機嫌で、首を振っている。
暫くして、キラキラとした白い光の粒と共に、小袿を着た女性が現れた。
「嬉子…。」
男が嬉しそうな顔で、その女性に手を伸ばし、そのまま女性に連れられて、光と一緒に空へ上がって行ってしまった。
「あ!笛!」
悟が笛を吹くのを止め、笛をかざしたが、男は取り返す気配も無く、そのまま行ってしまう。
「ちょっとおお!また返せとか言って、おっかない事すんじゃないだろうな!おいってばあ!」
龍介は男の幸せそうな顔を見ながら、悟に言った。
「いいんじゃねえか。今度はお礼にくれんのかもしれないぜ。」
「本当だろうな…。」
瑠璃も龍介の隣に立って言った。
「多分そうよ。でも、佐々木君、凄く上手なのね。びっくりしちゃった。」
「中学でこういう宮廷楽器のクラブがあってさ。そこ入ったらはまっちゃって、ずっとやってるんだ。」
「へえ。凄~い。そんな変態みたいな格好してなかったら、もっと凄いのに。」
「唐沢さん…。相変わらず一言余計だ…。」
悲しそうに言う悟を笑いながら、龍介はタンザワッシーに剣を渡した。
「有難う。助かった。また戻しといてくれる?森のお守りの剣だからさ。」
「あおん!」
そして、タンザワッシーは、龍介と瑠璃、悟を指差す様に顎で差し、自分の背中を顎で差した。
「え…。送ってってくれるって?
い、いや、いいよ。水冷えから…。
ここで朝まで待って、夜が明けたら電話探すから…。」
「あおん!あおん!」
「いや、いいって…。セーターだのコートだの縮んだら洒落んなんねえしさあ…。瑠璃まで濡れたら風邪ひいちまうじゃん…。」
「あおん!あおん!」
タンザワッシー、なんか怒っている。
「そんな怒んなよ…。
だって、タンザワッシーが送ってくれんのって、水がある所だろ?
うちの近くっつったら、丹沢湖になっちまうじゃん…。
丹沢湖じゃ、うちからそんなに近かねえんだよ…。」
「あおん…。」
タンザワッシーは悲しそうにうつむき、泣きそうになっている。
「龍、なんか可哀想よ…。送って貰ったら?」
「だって、すんげえ冷たい水ん中通って行くんだぜ?
しかも、行き着く先は、丹沢湖だぜ?
ここよりは近いけど、自力で帰るのはどっち道無理じゃん。」
龍介も可哀想に思い、タンザワッシーの頭を撫でながら言った。
「ごめんな。気持ちだけ頂いとくよ。剣だけで助かった。本当に有難う。」
「あおん…。」
帰りかけたタンザワッシーだったが、突然何か思いついた様子で、振り返った。
「あ!おん!」
「どうした。なんか思いついたのか?」
「あおん!あおん!」
タンザワッシーは、湖のほとりに、絵を描き始めた。
「ん?プール?」
悟が言うと、頷くので、龍介が確認してみる。
「学校のプールって事?」
「あおん!」
胸を張って、返事をすると、龍介、瑠璃、悟の順に小脇に抱えて、首を伸ばした。
「いいいいー!?タンザワッシー!どこの学校のプールだよ!」
龍介の問いに返事は無く、次の瞬間には、龍介達は冷たい水の中…。
ーふごおお!確かに加納の言う通り、死んでしまうかもしれないー!!!
ーぬおおおお!これがタンザワッシーの移動!龍のお爺様はよくご無事だったわねえええ!
そして龍介は…。
ー慣れない…。やっぱ、慣れない…。
瑠璃を気遣いつつ、冷たさで気が遠くなりかけていた。
瑠璃の家は、悟達が通っていた中学のそばにある。
真行寺達は、まだ現場に居た。
なんとか、痕跡から飛んだ場所が割り出せないかと捜査していたのである。
「方向は分かったんですけどね…。あとは距離だな…。」
亀一がそう言った時だった。
ザッパーンと、中学校の方から、物凄い水音がし、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッと3回、何かが叩きつけられる音がした。
全員で顔を見合わせ、音のしたプールの方へ行くと、そこには、ずぶ濡れの龍介と瑠璃に、セーターにトランクス姿の変態が居た。
プールの中にはタンザワッシー…。
「あおん!」
「タンザワッシー!龍介達を助けて来てくれたのか!」
大急ぎで龍介と瑠璃を介抱しながら真行寺が言うと、ご機嫌よくお返事。
「あおん!」
そしてまた葉っぱを渡す。
「ん?俺はどこも悪くないぜ?ーあ、もしかして麗子か?」
「あおん!」
「え?婆ちゃん、どうかしたんですか。」
龍介を毛布で包んでさすりながら亀一が聞くと、真行寺は笑った。
「風邪ひいてさ。熱がなかなか下がらねえんだよ。医者嫌いだろ?」
「なるほど。」
「あおん。」
タンザワッシーが首を伸ばすと、龍介が鼻水垂らしたイケメン台無し状態で言った。
「あじがどな…ダンザワッジー。」
「あおん!」
タンザワッシーはご機嫌良く消えた。
そして、2人を介抱していて、寅彦が漸く気がつく。
「この変態、なんだろう。」
変態はムクっと起き上がった。
「変態じゃなくて、僕です…。」
「佐々木!?なんでそんな変態みてえな格好してんだよ!」
「諏訪湖で湖に落ちた時に、全部脱いで、セーターだけ借りたの!」
しかし、悟は、直ぐに怒っている場合でない事に気付いた。
竜朗が、指をボキボキ鳴らしながら龍介から離れ、ニヤリと不敵に笑っていたからである。
「佐々木の倅…。てめえ、今度ばっかは生かしちゃおけねえ…。」
「す…すみません…。ごめんなさい…。あ、あの、これには深い事情がありまして…。」
「知ったこっちゃねえなあ…。ええ?」
「あ、あ、ああああああ~!!!」
悟の悲痛な叫びが、夜中の中学校に響きわたった。
「なんでアタシが…?」
麗子はベットで呆然と、若い時よりもっと素敵な真行寺の笑顔を見つめていた。
「これ、本当に良く効くんだよ。騙されたと思って、貼っとけ?な?」
麗子のおでこには、タンザワッシーの葉っぱがぺったりとくっ付けられている。
「あんた…。たぬきにばかされる程、耄碌しちまったのかい…。」
「たぬきじゃねえよ、タンザワッシーだよ。いいからいいから。これつけて寝な。ここに居てやるから。」
「あ…あのさ…。」
「はいはい。無駄口たたかず寝る。起きたら、良くなってるぜ。」
真行寺に手を握られ、仕方なく目を閉じる麗子。
ーどうしちまったんだい…。タンザワッシー?なんだい、そりゃあ…。もう…。訳が分からないよ…。
葉っぱの被害者がまた一人…。




