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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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変態心はともかく

瑠璃の母は、加納家に向かって、まさしく爆走していた。

セーラも一生懸命走っているが、コーギーの足は短い。

瑠璃の母の、山で鍛えた健脚には敵わず、しまいには抱っこされて、土煙を立てる様に走る母の腕の中で必死に母のダウンジャケットの袖にしがみついている。


「すみません!唐沢です!」


竜朗が驚いた様子で出て来た。


「唐沢さん?どうしたんだい、そんな慌てて…。」


「瑠璃と龍介君が、佐々木のアホンダラと消えちゃったんですううう!!!!」


「何いい!?また佐々木の倅だとおお!?あの野郎、今度こそ生かしちゃおけねえ!現場はどこだい!?」


「うちの前の電柱の辺りなんです!」


「消えたってなると…、顧問だな。」


心配して出て来た寅彦に、早速指示を出す。


「亀一と顧問呼んでくれ。Xファイルだ。」


「はい。」




現場に駆けつけ、調べていた亀一は、瑠璃の母に聞いた。


「3人が消える時、ブンという様な音がしませんでしたか。」


「ーええ…。聞こえたと思うわ。何だろうとは思った記憶が。」


「ブンて音って事は、瞬間移動か、きいっちゃん。」


真行寺が聞くと、コクッと頷いた。


「ここに微かですが焦げ跡も残ってますし、微弱電流がまだあります。

だけど、装置的なもんは無い。理由は分かりません。」


「ー電流と仰った?」


セーラを抱いたままの瑠璃の母が、遠慮がちに聞いた。


「はい。」


「佐々木のバカタレは、カーテンの向こう側に手を突っ込んで抜けなくなってたのよね…。

あの、お化けって、電気系壊すの…。

誰も研究出来た人は居ないけど、私はお化けって、一種の電気を帯びた物なんじゃないかと思ってるんだけど…。」


瑠璃の母の話がヒントとなり、亀一の頭が瞬時に回転し始めた。


「ーなんか分かった気がすんな…。

佐々木はそういう電気帯の中に手を突っ込んでた事で、身体全体に電気を帯びる様になっていた…。

それが単なる電流ではなく、瞬間移動に必要な振動なんかも含まれた特殊な電気で、佐々木の意志でどうにでも出来るとしたら、瞬間移動も可能かもしれない…。

精神面で異常が出たのも、得体の知れない電流が、脳に流れ続けてるとしたら合点が行く。

瞬間移動の理由も筋が通る。」


「問題は、龍介と瑠璃ちゃんがどこへ連れて行かれたかだな。

竜朗、発信器や電話の電波は?」


「それが無反応なんです。電波の全く届かねえ所だとしても、発信器は反応する筈なんで、壊れた可能性が高いです。」


亀一が真行寺達を呼び、しゃがむ様に言って、ある一点を指差した。


「あそこ。肉眼でも分かるでしょう?まだビリビリって電流が走ってる。相当強い電流ですから、精密機器の類いは一発でアウトです。」


「龍介達本人は大丈夫なのか、きいっちゃん。」


「それは大丈夫。どういう訳だか、人体には影響ありません。ほら。」


亀一がその電流に手をかざしたが、何事も無い。


「唐沢さんの話で納得だけど、本当に特殊な電気なんだと思います。もしかしたら、まだ発見されてねえ電流かもしれない。」


「ー取り敢えず無事な様だが…。しかし、どうやって見つけるかだな…。」




龍介は物凄い寒さと、耳が千切れる様な寒風で目を覚ました。

横で気を失っている瑠璃も、寒そうに身を縮めている。


「瑠璃。大丈夫か?」


瑠璃が薄目を開け、震えた。


「うん…。寒い…。」


「おいで。」


龍介は瑠璃を自分のダッフルコートの中に入れて抱え、足元に転がっている悟を見た。


ー全くこいつはやってくれるぜ…。


そして時計を見た。

完全に止まってしまっている。

ポケットの携帯も反応しない。


ー壊れちまったのか…。


周囲を見回す。

雪深く、薄氷の張った、湖の様な物が暗闇の中に見える。

刺す様な冷気は湖の上を吹く風のせいの様だ。


瑠璃は龍介のコートの中にすっぽり収まり、龍介の胸に頬をぴったりくっつけて、若干にやけている。


「大丈夫?」


思わずそのだらしないにやけ顔に笑ってしまいながら聞くと、コクっと頷いた。


「あったか〜い。幸せ〜。」


悟がムクッと起き上がった。

やっぱり行っちゃった目をして、何処からどう見てもアホにしか見えないバカ面で、お幸せそうに言った。


「僕のかぐや姫は何処〜?」


「かぐや姫だあ?何を言ってんだ、てめえは。」


「唐沢さんだよ〜。何処なの、唐沢さーん。一緒に月に帰ろ〜。」


龍介は物凄い勢いで腹が立って来た。


ーこの野郎…。未だ瑠璃に変態心持ってやがんのか…。しかもなんだ、このお幸せ具合は…。ムカつくなああああ!!!


どうにも抑える事が出来ず、龍介は座ったまま、悟を思いっきり蹴り飛ばした。

制御が効かない程、今の悟は異様な程ムカつく。

悟は吹っ飛び、湖に頭から落ちた。


「し…死んじゃわない!?」


瑠璃が龍介のコートから顔を出し、びっくりした顔で言うが、龍介の怒りは収まらない。


「なんか分かんねえけど、凄え腹立つ!死んじまっていい!」


「ええええー!?龍らしくないよ!?どうしちゃったの!?」


「あの行っちゃってる目と、お幸せそうなバカ面見てるともうダメ!」


「あ…。取り憑かれてる人って、凄いイライラさせるって、うちのお母さん言ってたわ。それかしら…。」


悟は湖の中で暫くもがいていたが、突然、ザッパーンと水音を立てて立ち上がった。


「なんだ…。僕、何してんだ…?」


もうその顔は正気に戻った、いつもの悟になっていた。


すると、不思議な事に、龍介の激しい怒りも収まった。


「お前、流石に凍死しちまうから、全部脱げ。今火起こす。」


「ぜ…全部脱げって…。か…唐沢さん居るじゃん!」


「仕方ねえだろ。んじゃ、パンツだけ履いとけ。」


龍介はデート帰りなので、大した装備は持って居ない。

しかし、もしもの時に備え、レーザーソードとパタパタ竹刀、ナイフとライター位は持ち歩いているので、レーザーソードで木を切り、ライターで枯葉に火を点け、焚き火を難なく作った。

そして、簡易的な物干しを作り、悟の服を干す。


「さ…寒いんですけど…。」


「俺のコートは貸せない。」


作業が終わると、また瑠璃を入れているので…。

悟は、それを横目で見ると、面白くなさそうに目を逸らした。


「んじゃ、ほら。」


龍介は瑠璃を出し、コートを脱ぐと、中に着ていたグレーのカシミアのセーターを脱ぎ、白いボタンダウンシャツ1枚になると、悟にセーターを渡した。


「すみませんね…。」


「お前、なんか覚えてる?」


コートを着て、瑠璃をまたコートの中に入れながら聞くと、悟は龍介のセーターを着ながら話し始めた。


「実を言うと、あんまり記憶が無いんだ。

京都であの笛を拾って、橋のそばを通りがかったら、捕まって…。

加納が助けてくれたのだけは覚えてるんだけど、その捕まってる時に、何かが流れ込んで来てる感じがした。

その後の事は、なんだか夢の中みたいなんだ。

お地蔵さんが並んでる、薬師峠って所に行ってみたいなって思ったら、行っちゃってたり…。

朱雀やみんなが凄い怒ってるんだけど、なんで怒ってるのかもよく分からない。

全部の実際の出来事が、遠い所で起きてるみたいな感じがしてた。

その内、多分、現実は見えなくなっちゃってたんだと思う。

京都の修学旅行で、かぐや姫の話が出来そうな竹林を見たのが頭に残ってて、唐沢さんと月に行けば、唐沢さんは加納と別れて僕となんていう、自分でも訳の分からない考えが本当になっちゃって、月に行くにはどうしたらとか、月に行きたいとかそればっかり考えてる様になって、唐沢さんちの近くまで行ってたみたいだ。

そしたら、唐沢さんが走って来たから、これで月に行けるって、なんか確信を持ったら、ここに来てたみたい…。」


「お前、まだ瑠璃に変態心を…。」


ポケットに手を入れ、パタパタ竹刀を掴みながら、殺気立った目で言う龍介にビビりながらも、悟は冷静に言った。


「変態心って…。

恋心って表現にしてくれないかな…。

まあ、ご迷惑でしょうが、他に好きな人も出来ない上、唐沢さんは見かける度に可愛くなるし、忘れられなくてね…。

すみませんね…。」


「しかし、お前の変態心はともかく。」


「恋心だって。」


「変態心はともかく!」


意地でも認めない龍介に、瑠璃が笑っている。


「なんで念じたからって、月でも無く、こんな極寒の湖に来てしまったのか…。

夜が明ける前にウロチョロしても、この雪深さじゃ危険なだけだから、取り敢えず夜明けを待つとして、ここはどこかだけでも知りたいな。」


「んー、諏訪湖じゃないかな…。」


悟が湖の遠くの方を見ながら言った。


「諏訪湖?」


「うん。アレ。見てみな。凍った湖の氷が立ってるみたいだろ?

あれ、御神渡りっていうんだ。諏訪湖特有の現象だよ。」


「へえ…って、諏訪湖かよ!凄え遠いじゃん!」


「だ、だね。すみません…。」


「なんで諏訪湖…。かぐや姫が何故諏訪湖…。」


瑠璃が龍介のコートの中から龍介を見上げて言った。


「諏訪湖って、日本のど真ん中にあるよね。

日本のおへそって言われてて、なんか不思議な力があるかもって言う説もあるらしいよ?」


「つまり…。佐々木はカーテンの向こう側に手を突っ込んで、なんか変な力を得て、その力で瞬間移動するから、結局なんとなく霊的な所に吹っ飛んでってるという事?」


「かもしれないわ。よく分からないけど。」


「うーん…。そうか…。」


悟は仲が良く、そしてお似合いの2人から目を逸らし、湖を見て思わず立ち上がった。


「加納…、アレ…。」


それを見た龍介も瑠璃をコートから出し、後手に隠すと、パタパタ竹刀を出しながら立ち上がった。


「ああ…。なんか来るな…。」


湖からボコボコ言いながら、湧き上がって来る様に、何かが浮かび上がって来ていた…。













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