祈る龍介くん
「なんであんたが居るんだい。」
麗子の声にギョッとなって、振り返った真行寺が見たのは、相変わらず粋な着物を着て、そこら辺に買い物にでも行くような雰囲気で、ファーストクラスの真行寺の席の隣に立つ麗子の姿だった。
「それはこっちのセリフだろっ。なんで来るんだよ!しかも、席…ここ!?」
2人は同時に考えが纏まったらしく、仲良く揃って、龍介を睨み付けて、同時に言った。
「龍介…。どういうつもりだ…。
瑠璃ちゃんを急遽連れて行くって言った時から、なんか変だとは思っていたが…。
グランパに分かる様に説明しなさい。」
「龍介、あんた誰から何を聞いたんだか知らないが、一体何を企んでるんだい。
あたしゃ降りるよ。」
龍介は動じず、笑顔で麗子をエスコートし、真行寺に窓際の席を譲らせ、座らせた。
「いや、もう離陸準備に入ってますから。」
「優子ちゃんのトイレがやたら長かったのは、この為かい…。
全くもう…。
帰ったら、お説教部屋4時間だね。」
麗子が渋々座るなり、龍介はシートの向きを変え、2人に背を向けてしまった。
「おい!龍介!せめてこっち向いてろ!」
「グランパ、邪魔しないで欲しいな。こう見えて、瑠璃と俺はお付き合いしてるんだから。」
内容は、かなりの勢いで友達に傾いているが、それを言われたら、真行寺も何も言えない。
不機嫌そうに黙って、頬杖をつき、長い足を組んで、麗子から顔を背けた。
「ほんと、子供みてえだな…。」
龍介が若干情けなさそうに瑠璃の耳元に呟くと、瑠璃はクスッと楽しそうに笑った。
「でも、あの座り方、親子3人同じ。かっこいいの。」
「いや、そういう問題でなくて…。」
瑠璃と見つめ合い、にっこり微笑んで、デコッパチにチュ。
ーああああ…。複雑だわ…。私はいつになったら、シンプルな喜びを感じられるのかしら…。
その頃、しずかと龍彦は楽しげに計画を練っていた。
「でも、龍がグランパの恋のキューピッドだなんて。上手く行くのかしらね。」
「だから、細かい所は全部、優子ちゃんや俺達任せなんだろ。」
「納得。でも、あなた、気が付いてた?お義父様のお気持ち。」
「んー、薄々って感じかな。
割と親父って、いい親父だろ?
龍介が産まれた時から爺ちゃんやってた訳じゃねえのに、龍介の爺ちゃんも、ちゃんとやってる。
お義父さんが親父に接するの見てても、上司としても、いいんだろう。
でも、その親父が、昔から麗子さんの事となると、人が変わる。
昔は、嫌いなのかなと思ってたけど、どうも違う、子供じみた裏返しなんだなって思い始めたのは…。しずかと結婚した頃かな。」
「何かあったの?」
「その頃、長岡さんが亡くなったろ?。1人で山登りに行って、足滑らしてって、あの人らしいっちゃあ、らしい亡くなり方で。」
「まあ、確かに子供の時の記憶からしても、よく自衛官が務まるなって位、ボケーっとした人だったけどねえ…。」
「うん。でも、仕事は出来たらしいから、不思議だけどな。
その時に、麗子さんがフラッと行方をくらましたらしいんだ。」
「え!?知らなかったわ!ショックで!?」
「いや、それが、『清々(せいせい)した。旅に出る。』って書き置き残してたらしいから、本気で清々してたのかも。」
「あららら…。それで優子ちゃんも何も言わなかったのね…。」
「うん。だから周りは心配してなかったんだが、親父だけは異常な程心配して、密かに行方を追いながら、安否を確認してた。」
「そうだったの…。」
「うん。麗子さんの旅先がイギリスで、叔父さんに電話してるの聞いちゃったんだ。」
「へえ…。」
「で、笑っちゃうのが、あの通りの美人。
しかも着物姿っていうんで、ナンパ男が近づくと、叔父さんに命令して阻止させてたらしい。」
しずかは笑いながらも、龍彦をいたずらっぽく見た。
「あなたと同じ。凄いやきもちやき。」
「うるさい。という訳で、実らせてやろうじゃないか。」
「はいはい。そう致しましょう。」
その頃、真行寺は時々チラチラと麗子を見ては、怒られていた。
「なんだいっ。」
物凄くイラついた声で問い質される。
「なんでもねえよっ。慣れねえだろうから、大丈夫かなって見てただけだっ。」
「何が大丈夫かだいっ。あんたになんか心配して貰わなくて結構っ。」
「ああ、そうかいっ。悪かったなっ。」
かれこれ5時間、ずっとこの調子で、龍介と瑠璃の目はどんどん細くなり、とうとう線になってしまった。
「龍…。なんだか途方もない計画な気がしてきたわ…。」
「俺もだ…。こんな計画の初期段階で不安になるのは初めてだ…。」
百戦錬磨。
今までどんな状況にあっても、揺るぎない信念と、そのずば抜けた危機管理能力で、数々の年齢不相応な修羅場を潜り抜けて来た龍介が、不安に感じるというのは、かなりの暗雲が立ち込めているという事だ。
大体、この後ろのお爺さんとお婆さん、凄い迫力の持ち主である。
元の気性は荒いはずなのに、普段、子供達にはとても優しい。
その分、怒らせたら、きっと誰よりも怖い。
この計画が失敗に終わったら、間違いなく火砕流、土石流を伴う大噴火が予想される。
思わず2人、手と手を取り合い、神様仏様…と祈ってしまった。
空港に降り立つと、龍彦は物も言わず、しずかの愛車である、ルノー メガーヌ ルノー・スポール レッドブル・レーシング RB7のキーを渡した。
「なんだよ。」
「来て早々悪いんだが、仕事頼まれてくれ。
日本から熟年旅行で来た老夫婦を装い、ここに行って、滞在し、この日本人が情報漏らしてねえか、探ってくれ。
日本人のデータは、親父の携帯に送る。」
「おいっ。なんだそれは!」
「俺は仕事が立て込んでんの。
ふたごっちとも、龍介&瑠璃ちゃんともクリスマスを楽しまねばならないし、しずかと行ってる暇は無い。」
麗子も黙ってはいない。
「だからって、なんでアタシまでやらなきゃなんないんだい。
あたしゃ、バナナケーキ受け取ったら帰るんだよっ、たっちゃん!」
龍彦はニヤリと笑い、麗子を見つめた。
「バナナケーキは一応ご用意しておきますが、優子ちゃんの策だって、ご承知なんでしょう?
そう急いで帰らなくても、栞ちゃんは、ちゃんとご飯食べられてますから。
場所はリゾート地なんです。
いくらジジイとはいえ、こんな目つきの鋭い、機敏な動きするジジイが1人で居たら、直ぐ公安関係ってバレます。
夫婦ってのが、1番疑われずに済むんです。
という訳で、宜しくお願いします。」
龍彦の仕事を手伝えと言われて、関係者としては逃げるわけにも行かない。
麗子も真行寺も真っ青な顔で、カチンコチンになって、4人に見送られながら、RB7に乗り込んだ。




