若干バレバレだが…
翌日、瑠璃に会うと、もう既にあらかた調べておいてくれた。
「流石にグランパの同期の方はみんな凄い人達で、うちの理事長を始め、経済界や官僚のトップばかりだけど、特に、この元国家公安委員長の方は剣道部で一緒だったし、未だに時々連絡を取り合ってらっしゃるようよ。」
「有難う。じゃ、アポ取ってみよう。」
龍介が電話し、真行寺の孫だと名乗ると、快く自宅に招いてくれたので、早速出向いた。
「突然すみません。」
「構わんよ。真行寺が目に入れて泳がせる位可愛がってる龍介君だろう?
一度会ってみたいと思ってた。」
元国家公安委員長の長谷部という老人は、真行寺よりは年相応に老けてはいるものの、なかなか矍鑠とした格好いいお爺さんだ。
「学生時代の真行寺は、顔と頭はいいが、所謂、最低男だったな。
モテるのをいい事に、そこら中の女の子に手をつけて。
まあ、プレイボーイだ。
でも、よく見ていると、ちゃんと断れないだけなんだ。優しいんだよ、女性に。」
「いやあ…。ちゃんと断った方が親切だと思うんですが…。」
「はははは。君の方が大人だね。
まあ、そんな訳で、断れない真行寺には、実は入学当初から好きな女性が居た。
それが春日麗子さんだ。」
「へえ…。」
「ところが、麗子さんも顔と頭はいいが、えらい気が強くてね。
諸刃の剣だな。どこ触っても、こっちが怪我するタイプ。
真行寺は、初めて自分から人を好きになったもんだから、どうしたらいいか分からない。
頑張って麗子さんに話しかけてみると、ドスケベに用は無いなどと悪態を吐かれ、言い合いになっておしまい。
小学生より酷かったね。いつも喧嘩になってんだもん。
その癖、その後の、真行寺の落ち込み様ったら無い。やけ酒。
そしてまたどうでもいい女の子を相手にしてしまう。以下繰り返し。」
「何をしてんですか、グランパは…。」
本気で呆れかえっている龍介を見て、長谷部は吹き出し、腹を抱えて笑った。
「はははは!こりゃ、トンビが鷹だな。
まあ、そんな感じ。
しかし、真行寺もこれではいかんと、卒業前に漸く気づいた。
麗子さんに、あの女の子達とはきっぱり別れるし、2度とそういう事はしない。
君一筋に生きて行くと、俺なら顔から火が出そうな事を麗子さんに言って、一応、愛の告白をした。
麗子さんも、実は真行寺が好きだったんだろうな。うんて言ったんだ。
それで、真行寺は、女の子達全員集めて、もう付き合えないと宣言したまでは良かったが、女の子達に泣かれたりすると、グラグラと…。
それで結局、自宅まで追いかけられてしまった。
自宅には、麗子さんが待ってたんだ。
そして、玄関先で揉め出し、事情を麗子さんから聞いていた父上は大激怒。
女の子達には、父上の方から、息子の事は諦めて欲しいと言って貰って、決着はついたが、麗子さんは完全にしらけてしまった。
自分で決着もつけず、結局は父上任せだったからな。
そして、怒った父上は自分だけならまだしも、麗子さんの顔にまで泥を塗りおって。もう貴様を殺して俺も死ぬと、日本刀を抜いて、追いかけ回し…。
で、麗子さんは去り、卒業するなり、長岡と結婚してしまったと。こういう訳だ。」
「そりゃ、グランパが悪いですね。麗子お婆さんが怒って、見限って、当然だ。」
「その通り。でも、真行寺にしてみたら、本気だった。
もう少し猶予というか、待って欲しかったんだな、麗子さんに。
せめて、一件の直後に結婚しなくたっていいじゃないか、しかもあんなポワンとした男って、2週間はやけ酒してたな。」
「はああ…。それで、過去の様々な失態と、傷が疼くので、麗子お婆さんに会うと、あんな状態に?」
「だろうな。相変わらずガキだな。」
「2人を仲直りさせたいんですが、どうでしょう?
まだそんなモヤモヤと、お互いに角突き合わせてるって事は、やっぱり好きなのでは?」
「だろうね。今だって、会えば必ず、麗子さんの話題は出る。
どうしてあんないつまでもいい女で、気が強いんだかと…。」
「やけ酒ですか。」
「おう。分かってきたな。その通り。
君の自慢と麗子さんの話がメイン。
間に少し龍彦君としずかちゃんの話って感じだな。
ただまあ、爺さんと婆さんだからなあ。
それに、元々、2人して素直じゃない。
仲直りさせて、あわよくばくっ付けてやるというのは、厳しいんじゃないのか?」
「そうですか…。」
ずっと黙っていた瑠璃が遠慮がちに口を開いた。
「2人っきりで逃げられない状況にしてみたら如何でしょうか。
モヤモヤ抱えてるなら、必然的に、そういう話になるのでは?」
「おや、お嬢さん、策士だね。それはいいかもしれない。でも、そんな機会あるのかな?」
龍介はふと何か思いついた様子で、ニヤリと笑った。
「やってみます。」
龍介は長谷部の家を出るなり、優子に電話し、計画を話す。
優子はノリノリで引き受けてくれた。
電話を切った優子、バッとリビングを見る。
麗子は拓也とテレビゲームで伊達政宗になっており、夢中。
「もおお!上手く技がはまらないね!」
「婆ちゃん、その技タメが長すぎるから使わない方がいいよ、初心者なんだから。」
「だって、これが1番かっこいいじゃないか!」
という訳で、周囲は全く目に入っていない。
これはチャンスなので、亀一と栞をそっと呼ぶ。
「ちょっといらっしゃい。」
「はい。」
素直に返事をし、立ち上がる栞の横で、亀一は身を固くした。
優子のこのトーン、長岡家名物のお説教部屋で3時間コースの時と同じである。
「何…。俺、何にもしてねえぞ…。」
「いいから、ちょっといらっしゃい。」
場所はお説教部屋だったが、内容はお説教ではなかったので、ほっとしたものの、亀一は困った様な顔になった。
「あのさあ…。グランパと再婚したとして、麗子ババアは幸せになれるのかよ。
今の俺たちから見るグランパは、かっこいいし、仕事出来るし、動きもそこら辺の刑事より遥かに勝ってて、大変頼もしい。
お爺ちゃんとしても、父親として見ても、理想的な人だと思う。
だけど、その大学時代の話聞いてると、男としちゃあ、最低の部類だろ。大丈夫なのかよ。」
「だって、その時だって、君一筋に生きて行くって言ったじゃないの。大丈夫よ。
それに、私、何度も、私に、『和臣でいいのかい。』って聞いたお義母様の顔が忘れられないの。
きっと、後悔なさってるんだと思う。
ああいう方だから、後悔がこんがらがって、真行寺顧問に対する怒りになっちゃってるのかもしれないわ。」
「はああ…。」
乗り気でない亀一とは裏腹に、栞はやる気になっている。
「それで何をすればいいんですか、お母様。」
優子は膝を詰め、小声で計画を語った。
「どうしたんだい、栞ちゃん…。」
ゲームが終わって、ハッと気がつくと、栞がぐったりとソファーに横になり、亀一と優子が介抱している。
「それがね、お母様。
急につわりが酷くなっちゃったみたいで、さっき凄い勢いで戻しちゃって、何も食べられないって言うんです。」
「あらら…。それはいけないね。
栞ちゃん、痩せてるから、子供に栄養やろうとして、栞ちゃんの身体に負担が行っちまうよ。
何か食べれそうな物はないかい。」
心配そうに聞く麗子に、栞は弱々しい声で言った。
「しずかおば様のバナナケーキが食べたいです…。あれなら食べれそう…。」
「んー、アレなら確かに栄養価も高いし、アレが食べられりゃ、心配は無いけども…。
でも、しずかちゃんの味を再現出来る人は…。」
そこで間髪を容れず優子が言う。
「居ませんわ。
という訳で、お義母様、ご面倒ではございますが、イギリスまで取りに行って頂けないでしょうか。」
「ーへえっ!?」
麗子がびっくりしている。
滅多に見られないので、亀一は吹き出しそうになった。
「しずかちゃんにはもう頼んであります。
飛行機も取りました。
今日の午後の便で、今から出れば間に合います。
栞ちゃんはもう飛行機は心配ですし、亀一も栞ちゃんを置いて行くわけにはいきません。
私もクリスマスに年末年始で、宇宙人の方々をお招きする準備が。
というわけで、お義母様、お願いいたします。」
麗子は呆然と優子を見つめた後、ニヤリと笑った。
「何の策だか知らないが、他ならぬ優子ちゃんの策なら乗ってやろうかね。
いいよ。行って来よう。」
なんだかバレバレである。
「お袋、準備周到過ぎんだよ…。もう少し自然にやれよ。」
「う…。だって…。」
「まあ、いいさ。じゃあ、イギリス行って来よ。」
こうして、バレバレなのが若干微妙ではあるものの、麗子は優子に送られ、空港に向かった。




