越田と会う…
竜朗には帰って貰い、3人だけで越田の自宅を訪れた。
「初めまして。加納です。ごめんな…。直ぐ動かなかったばっかりにこんな事に…。」
越田は、怒っている様子は無かった。
でも、にっこり笑って許してくれるという感じでも無い。
「別に君達のせいとは思ってないよ。
相談した時は、鉄道マニアの心配事程度な感じだったし、僕らは英の人間じゃない。
でも、運動オンチの鉄道オタクの戯言だ、どうせ大した事じゃないってバカにして、忘れてたって面はあるんじゃないのか。
だから、君達はもう動いてくれないと思って、横田と2人で、あの光がなんなのか突き止めようと行ったんだ。
まあ、結局こんな事になっちゃって、何も分からずじまいだったけど。」
龍介は、腹を括って、正直に越田と向き合おうと思った。
「そこまでバカにしてたつもりは無い。
ただ、あの時、純粋な鉄道活動というのが、正直、バカバカしいとは思った。
そんな事の為に、行事が目白押しで、ただでさえ忙しいのに、動くのは面倒臭えなと思ってしまった。
でも、心霊騒ぎなんかになったら、他の乗客も迷惑だろうし、京急側も困るだろうから、落ち着いたら掛かろうとは思った。
でも、君が言う様に、そのまま忘れてたのは事実だ。
試験が終わったら早速調査すると約束しておきながら、忘れ去って、やきもきさせて、危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ないと思ってる。ごめん。」
最後のごめんで再び頭を下げると、越田は慌てた様子で龍介の肩にそっと手を置いた。
「驚いた。すごい正直で。
生徒会長に、剣道部主将、写真部部長までやってるって聞いたから、もっと弁が立って、言いくるめられるのかと思った。」
龍介が顔を上げると、越田は微笑んでくれていた。
「わざわざ家まで謝りに来てくれたのか…。
有難う。
まあ、入ってよ。
調査の為、僕の話も必要だろ?
直前に撮った写真もプリントアウトするからさ。」
「有難う。本当ごめんな…。火傷はどう?」
「まあ、ちょっとは痛いけど、大丈夫だよ。ママー。」
その瞬間、龍介達3人は青い顔で仰け反ってしまった。
全員、同じ思いが頭を駆け巡っている。
ーママだと!?この年で!?朱雀位かと思ってたぜ!
仰け反る3人を不思議そうに見ながら、越田は母親に龍介達を紹介。
対して、龍介達は、惚けた顔のまま、なんとか挨拶を交わし、二階の越田の自室に通される。
ママと呼ばれた母親は、いきなり現れたイケメン3人衆に喜び勇んでいた様だが、そんな事は知った事では無い。
3人の母親達より、20位年上に見える、おばちゃんおばちゃんした人だったが、それもどうでもいい。
確かに、英は質実剛健をうたっているだけに、入って来る子も、雄々しいタイプが多い。
課外活動もハードな物が多いので、身体の弱い子や、運動嫌いの子も入って来ない。
従って、多分だが、同学年で、母親の事をママと呼ぶ子は居ない。
居たとしても、人前ではママとは言わない。
反して、聖ガブリエルは、勉強や研究活動に重きを置いており、課外活動も普通だし、体育会系の部活動も盛んでは無いと聞いてはいる。
聖ガブリエルの体育会系の部は、県の大会でも、いつも最下位だし。
ひ弱なガリ勉の学校というイメージが有名な学校ではあり、今初めて会った越田も、そんな感じだ。
しかも、17にしてママと言う…。
勉強一筋の母子一体型のガリ勉像が、自ずと浮かんでしまうのは、先入観の問題だけでは無い気がしてしまう。
呆然としながら、越田の部屋に通されて、またしても絶句して固まる3人。
今度は、初めて見る、コテコテの鉄ちゃんの部屋にカルチャーショックを受けている。
凄いとしか言いようが無い。
写真部部長で、そこそこの腕とセンスを持つ龍介からしてみたら、かなり下手くそな、見た事無い様な電車や汽車の写真が大きくプリントアウトされ、壁から天井から、家具が無いところ全てに貼られ、その合間に、古い駅の看板だとか、多分、レバーというのか?運転手が操作する何かとか、計器板とか、昔の特急の正面に付けられていたっぽい、丸い看板みたいなのとかが、所狭しと飾られている。
本棚も、勉強関係以外は全て鉄道関係の本…。
ー凄い…。凄すぎる…。これが鉄道マニアというものなのか…。インテリアのイの字も無えな…。
3人共、母が家の中を整理整頓して、綺麗に飾るのが好きなので、自分達の部屋でも、インテリア性と、機能性と煩く言われて育ったせいか、そこそこのインテリアセンスは持ち合わせているので、この雑多な倉庫の様な環境にも度肝を抜かれていた。
「びっくりしちゃった?落ち着かないかもしれないけど、座って。
今、ママが飲み物持って来るから。」
立派にバリバリにとまでは言わないが、髭だって生えているし、同い年である亀一は実質結婚して子供が産まれるというのに、人前でも平気でママと言い、ママ頼み…。
薄ら寒くなって来たが、龍介は用件に入った。
「じゃ…じゃあ、順を追って、話して貰えるか?」
「うん。何度か、あの光を見てて、雑色を出て、直ぐの線路脇から出てるのが分かったんだ。
それで、そこが撮れるポイントを探して、電車が通るのを待ってた。
電車が通らない限り、あの光は出ないんだ。
しかも、品川方面行きだけ。
横浜方面には無いからさ。
帰りにも必ず先頭車両に乗って見たり、写真撮ってるんだけど、1度も無いんだ。」
「その…写真なんだが…。」
「あ、加納君、写真部の部長なんだよね。どうかな、僕の写真。」
和かに聞かれ、言いづらい事この上無かったが、龍介は良くも悪くも嘘がつけない。
仕方が無いので、なるべく言い方を柔らかくして言ってみた。
「せめて、カメラを構える時は真っ直ぐに。
お前の写真、必ず、微妙に右に傾いてる。
それから、黄金ルールというのがあって、水平線や、縦に線の様な物が入る場合、絶対ど真ん中には入れない事。
ほんの少しでいいからズラす。
それから、なんでもかんでも欲張って入れない方がいい。
情報過多になって、何を伝えたいのか分からなくなるから…。」
越田は素直な性格なのか、不機嫌になる事も無く、感心していた。
「へえー。凄いね、写真部の部長は。専門家みたいだ。分かった、気をつけるよ。」
ママという名の母親が、ジュースとケーキを持って入って来た。
高校生の男なのに、ジュースとケーキ…。
コーヒーや紅茶とケーキでない所もなかなかにカルチャーショック…。
「素敵ねえ。英学園の人はイケメンさんが多いのかしらあ。」
「ママ、あっち行っててよ。大事な話してるんだから。」
「はいはい。ごめんね、大希君。」
ー何…。なんなの、このベタベタした感じ…。幼稚園児じゃあるまいし…。大希君て…。あああああ…。
震えと冷や汗まで出てきた龍介達。
ここは速攻で済ませて、早い所出なければ、身が持たない。
「そ、それで…。」
「何度か失敗したんだけど、漸く写真が撮れたんだ。光の。
それをデジカメで確認しようと、横田と2人でカメラを見てたら、なんか熱いって思った時にはもう、光が直ぐ近くに来てて、僕、咄嗟にカメラ庇ったんだ。
そしたら、僕を襲うみたいに、その光が向きを変えて、僕の頭に来たから、腕で頭を覆ったら、火傷してて、横田が急いで救急車を呼んでくれたって感じ。
光はその時にはもう無くなってた。
あ、写真、プリントアウトするね。食べてて。ママが作ったんだ。結構美味しいよ。お店のみたいに。」
頂きますと、プリントアウト出来るまでの間、その美味しいというパウンドケーキを口に運んだが、3人の口には合わず、顔を見合わせてしまった。
確かにお店の物の様だ。
しずかと違って、丁寧に作っているし、素材にもこだわってる感じもする。
多分、技術は相当高い。
でも、甘味もお店のレベルなので、かなり甘く、それだけで、甘い物が苦手な3人は辛い。
そして、その味には、なんの個性も無いのだ。
ここまで個性っていうものは消せるのかというくらい、無個性な味がする。
しずかが、料理の味は性格が出ると言っていたが、これは、無個性な人と取ればいいのだろうか。
物凄く上手だとは思うのだが、工場の味がするのである。
とても全部食べきれる味では無かったが、手をつけてしまったので、ジュースで流し込んでどうにか食べ切った頃、写真が出来た。
オレンジ色の光は、以前越田が車内から撮った物とは違い、より大きく、そして、ボワーンとした光では無く、円錐の様な、くっきりとした形で、電車の横を斜めにかすっている様に見える。
尖った方が電車の方を向いており、攻撃している様に見え無くもない。
写真を見た亀一は、何かを思い出した様子で、
龍介に小声で呟いた。
「この形で思い出した。これ、スポックさんが持ってた冊子にあったんだ。」
「宇宙関係って事か?」
「うん。外出たら話す。」
龍介達は鳥肌を立てながらも、母親にもきちんと挨拶をし、漸く越田の家から出られた。




