タンザワッシーの世界へ
真行寺が着替え、温まって、漸く普通に話せる様になったので、話を聞いた龍介達は、首が折れるのではないかという勢いで、3人同時に首を捻ってしまった。
「ーグランパは絵の世界に行っちまった、そして、このタンザワッシーは絵の世界から来たって事?」
「ん。」
龍介が聞くと、珍しく、無かった事にしない真行寺が、やはりおでこに葉っぱを付けたまま頷いた。
ー取らねえのかな…。あの葉っぱ…。もしかして、葉っぱの効力で騙されてたり、幻覚見せられてたりしてるんじゃ…。
化け狸から離れられない龍介は、思い切って聞いてみた。
「あの、グランパ…。なんで葉っぱ付けたままなの…?」
予想に反して、真行寺は嬉しそうに答えた。
「これはタンザワッシーが付けてくれたんだ。たんこぶがグングン良くなってるからさ。」
「え?薬なのか。」
「そうなんだよ。ほら。」
真行寺が葉っぱをめくって見せると、確かに痛そうだったたんこぶは、随分小さくなって、良くなっている。
「何故か水中でも剥がれなかったしな。治るまで付けておこうかと。」
ーグランパ…。いい感じの天然だぜ…。流石お父さんの父…。
かく言う龍介も、天然成分たっぷりな事に、本人だけ気付いていない。
「絵の世界ねえ…。行って見てみねえ事には分かんねえなあ…。」
龍介がそう呟くなり、タンザワッシーは龍介と真行寺を前足で抱っこする様に抱え込み、亀一達の前から消えてしまった。
「えええー!?どうすんだ!きいっちゃん!」
「どうするって、どうしたらいいんだよ、寅あ!」
「なんで行きと帰りと道程が違うんだよ!」
「知るかあ!んな事お!」
そこへ竜朗が真っ青になって、柏木を引き連れてやって来た。
「顧問どうしたって!?あれ!?龍は!?」
2人で、お前が言えと押し付けあっていると、竜朗が切れた。
「いいからさっさと言いな!」
仕方無く、亀一が話し始める。
「ええっと…。
真行寺グランパは、どうも異世界の絵の世界に連れて行かれた様で、タンザワッシーに大分親切にされ、恩を感じてしまったのか、タンザワッシーが何か助けを求めている様だけど、何言ってんだか全然分からないので、動物の言葉が分かりそうな龍に話をしようと、一度タンザワッシーに連れられて帰って来たんですが…。
龍が一回見ねえ事には分かんねえなあと言ったら、タンザワッシーが今度は2人共連れて行ってしまい…。」
「ええええ!?」
「す、すみません…。」
「うーん…。タンザワッシー…。絵の世界…。なんだか全然分かんねえな…。」
竜朗の眉間には、矢張りラオウより深い皺が刻まれ、ウンウン唸っていたと思ったら、泣き出してしまった。
「ええ…?先生…?」
慌てて2人で慰めるが、柏木が苦笑する程の落ち込み様だ。
「そんな訳分かんねえトコ行っちまって、帰って来んだろうなあ、2人共…。」
寅彦が自信なさ気に言った。
「帰って来ますよ。多分…。」
ガバッと涙目で顔を上げ、寅彦を見る竜朗。
「多分だあ!?んな事でどうすんだ、寅あ!まがいなりにもXファイル担当捜査官だろお!?」
「いい!?俺に言われたって…。」
竜朗はまたがっくりと肩を落とした。
「はああ…。不安だよお…。龍も顧問も居ないなんてよお…。」
竜朗から龍介と真行寺を取ると、こんな事になってしまうらしい。
笑いを必死に堪える柏木の横で、途方に暮れる亀一と寅彦だった。
龍介と真行寺は気絶から目を覚ますと、龍介が早速付近を見て回りたいとタンザワッシーに言った。
タンザワッシーは真行寺と龍介のダウンジャケットの襟を優しく咥え、背中に乗せて、歩き出した。
他の恐竜がタンザワッシーを見ると、声をかけて来ている。
矢張り、あおーんとしか言わないが。
「凄え人気者なんだな。」
龍介が笑顔で褒めると、心なしか、いそいそと歩くタンザワッシー。
真行寺がこの世界の終わりである、画用紙の端っこに来た時、龍介を突いてから、ある物を指差した。
「あ…。名前だ…。」
「多分、署名だろうな…。」
そこには、アルファベットで、AIKOと書かれてあった。
「あいこさん…。あいこさんて人がタンザワッシー達の、この世界を描いたのか…。」
頷いたタンザワッシーは立ち止まり、またあおんあおんと訴え始めた。
「あいこさんが描いてる事に関して、何か問題があんのか?」
龍介が聞くと、こくりと頷き、タンザワッシーがどこかに向かって歩き始めた。
ーうーん…。矢張り龍介には分かるのか…。
凄えな、俺の孫は…。
というか、龍彦にもこういう所あったな。
よく近所のゴンちゃんと話してたもんな。
なんか会話が成立してるって、飼い主が笑ってたよな…。
近所のゴンちゃんとは、二軒先の外飼いされていたコリーの事で、コリーにゴンちゃんというネーミングセンスが面白いなと思ったが、動物好きの龍彦は、学校の往き帰りによく話していた様だった。
真行寺が感心している間に、目的地に着いた様だ。
そこは、描きかけの状態だった。
恐竜が水辺に居るが、恐竜も描き上がって居らず、動き出していない。
そのせいなのか、木々が枯れ始め、水も干上がりかけている。
「あおん!あおん!」
「そっか。あいこさんが続きを描いてくれねえと、この恐竜も命を貰えない上、この辺りも寂れちまうと?」
タンザワッシーは激しく頷き、そこと続いている森にも連れて行ってくれたが、その森の木も枯れだしていた。
「このままにしておいたら、この世界全体に広がっちまうって事か…。」
真行寺が呟くと、タンザワッシーはより激しく頷き、そうだそうだと言いたげに、長い首を曲げて、真行寺に頬擦りした。
「じゃあ、あいこさん見つけ出して、続きを描いて貰わなきゃだな。」
タンザワッシーは龍介の言葉に頷いた後、木の枝を咥えて、絵を描き始めた。
タンザワッシーも、多少の絵心があるのか、小学校低学年レベル位の感じにはなっていて、何を描いているのかは分かる。
タンザワッシーは子供をいっぱい描いた。
人間の子供で、幼稚園の園服の様な物を着ている。
みんな笑顔だった。
「もしかして、お前がいるこの世界は絵本で、それをこの子達が楽しみに見てた?」
龍介が聞くと、あおん!と言って、頷いた。
「あいこさんは、幼稚園の先生かなんかなのかな。」
真行寺が聞くと、タンザワッシーは首を傾げた。
「でも、あいこさんが、この絵本を読んで聞かせてたんだろ?」
龍介のその問いには頷く。
「あいこさんて、どこに住んでるんだろ…。
大体お前、どうして丹沢湖に現れたの?
丹沢湖とあいこさんは何か関係があんのか?」
龍介が聞くと、タンザワッシーはあおんあおんと語りだしたが、いくら龍介でも、細かい話は分からない。
「ーんーと…。
兎も角、戻って、あいこさんを探して、続き描いてくれる様話して来るよ。
あいこさんは幼稚園の先生かどうかは分からねえけど、これを描いて、幼稚園で読み聞かせをしてた。で、丹沢湖に関係があるって事でいいんだよな?」
「あおん!」
イエスらしい。
龍介達は戻して貰う事になったが、真行寺の顔は暗い。
「グランパ?」
「いや、またあの冷てえ水中を通るかと思うと…。」
「そうだよな…。ウェットスーツは持って来られなかったしな…。」
言ってる側からタンザワッシーは2人を後ろ足で抱え込み、首を伸ばした。
「来るぞ!龍介!」
「ええ!もう!?」
矢張り次の瞬間には氷の様に冷たい水の中…。
ーどおして行きと帰りで道程が違うんだよおおおー!グランパの心臓が心配だあああー!
そして真行寺も心の中で絶叫していた。
ーぬおおおおおー!もうダメ!もう死ぬ!寿命が縮んだら、間違いなくこいつらのせいいいいー!!!




