泣きたいけれど…
帰りの電車でも、周囲に大注目で見られた龍介だったが、翌朝の土曜日という、家族連れの多い行きの電車でも当然見られ、小さな子とその母親の突き刺さる様な会話にショックを受ける。
「ママ、あの人葉っぱ着けてる…。」
「しいいー!聞こえたらどうすんの!
危ない人かもしれないでしょう!?
イケメンだけど、いい年して、葉っぱなんか頰っぺたに着けちゃって!
ええ、絶対危ない人よ!見ちゃダメっ!」
もう泣きたい。
昨夜は音楽祭前日だからと泊まりに来た真行寺に、亀一の言った通り、指を差されて、
「ざまあみろ、龍介。俺の気持ちが分かったか!」
と言われたし…。
「お前、真面目だなあ。
タンザワッシーが監視してる訳じゃねえんだから、剥がしちまえばいいものを。」
亀一に笑いながらそう言われ、涙目のまま答える。
「とは思うが、グランパにこの状態でイギリスまでファーストクラスで行かせた身としては、それはズルだから…。
ところで、監視と言えば、寅、どう?」
「また広がってるぜ。ほら。」
寅彦が画像を見せる。
確かに、昨日、先生達と付けた覆いよりも大きくなって、池がはみ出している状態になってしまっている。
隣の瑠璃が付け足した。
「今、画像を解析中よ。サーモグラフィーにかけると、池の下の方に熱源があるっぽいわ。」
「池の下の方に熱源…。マグマとかじゃねえよな?」
「調べた所、ここら辺の地中奥深くには、そういったものは無いわ。」
「なんだ、一体…。きいっちゃん、水質はどうだった?」
「妙だ。」
「本来なら、水たまりや池には無えもんて事?」
「そういう事。物は…。」
亀一が言いかけた時、幼稚園児くらいの、先程の親子連れとは別の子供が来て、龍介の前に立った。
「お兄さん。」
「な、なんだ…。」
「どおしてほっぺに葉っぱ着けてるの?」
あまりにストレートな問いに、亀一達は大爆笑。
龍介が真っ青になって答えあぐねていると、その子の母親らしきが走って来て、慌てた様子でその子を引っ張った。
「やめなさいってば!頭おかしい人なのよ!この人!」
更に爆笑され、龍介は悲しそうに目を伏せた。
子供を守る母の一言、あまりに痛烈。
学校に行ったら行ったで、
「どうしたんだ、それ!」
と明らかに心配ではなく、面白がっての質問攻めに遭いまくる。
赤松1人、真っ青な顔で、
「俺、頭殴ってねえよな?!」
と心配してきたのが、更に龍介を追い詰めた。
タンザワッシーが…とも言えないし。
「も、もう嫌…。剥がしたい…。」
「剥がしゃあいいじゃねえかよ。」
亀一が揶揄うように言うが、睨み付ける元気も無く、龍介は深く項垂れ、また笑いを誘った。
そして、本番。
龍様コールが捲き起こる中、亀一と舞台に上がり、椅子に腰かけた龍介だったが…。
「龍様あー!素て…き…。」
龍介ファンクラブも言葉を濁し、どよめく。
そして、波の様にざわつき、笑いが漏れる会場内…。
龍様ファンクラブの広報担当のまりもが、舞台の袖でカメラを構えながら、当然心の声全開で叫ぶ。
「どおしちゃったの、加納君!
イケメン台無しよ、それ!
なんで葉っぱが!?
これどうやってかっこ良く写真撮ればいいの!?
かっこ良くなんか無理じゃん!」
とうとう切れた龍介は、涙目でまりもに怒鳴った。
「だったら撮らなきゃいいだろ!義理諸々で剝がせねえんだよ!」
「はああ…。誰かからのプレゼントなのかあ…。
優しいのね、加納君…。
まさに捨て身の優しさね…。」
ー捨て身って…。俺はもう終わってしまったって事かよー!!
そして、会場に目をやる。
さっき空港から直行して来た龍彦、しずか、双子がヒーヒー言って笑っているのが見える。
ーああああ!もう嫌!
しかし、演奏しないで引っ込むわけにも行かない。
これが楽しみで音楽会に来てくれるという人もいるし、夏目も美雨を連れてわざわざ来てくれている。
ー夏目さん…。
見ると、龍彦達の後ろの席で美雨と肩を揺らして笑っている。
ー後で何言われるんだろうか…。
悲しみに暮れ、泣きたくなりながら、亀一と目を合わせ、演奏開始。
目を合わせる度に、亀一がニヤっと笑うのが悲しい。
今回は『影武者』という曲。
元は日本人のギタリストの曲だったが、それを2CHELLOSの2人が曲として完成させたもので、かなりの難曲だが、携帯会社のCM曲でも使われたので、認知度が高い方がいいだろうという事で、猛練習を重ね、なんとかここまで漕ぎ着けた。
龍介はチェロをドラムの様に叩きながら演奏という、実は主旋律を弾いて目立つ亀一よりも、ベース部分、低音部分担当している割にかなり忙しく、難易度も格段に違うのだが、今回はそのお陰で、取り敢えず演奏中は葉っぱの事は忘れられていた。
しかし、演奏が終わり、会場内がスタンディングオベーションとなり、拍手が鳴り止まない中、矢張り、まりもの心の声は龍介を追い詰めた。
「加納君、葉っぱが無ければ、本当にかっこいいのに…。葉っぱばっかり目に入って、演奏聞いて無かった気分。」
ストレスが溜まりまくっている龍介は、矢ッ張り涙目で怒鳴った。
「だったら、んな近くで見てんじゃねええええ!」
「だって、写真係なんだもん!」
亀一が必死に笑いを堪えながら言った。
「ほれ。退場するぞ。アンコールとか言われねえ内に。」
「はい…。」
なんとか音楽会も終わった。
龍彦達は加納家で待っていると言いながら、事情は真行寺と竜朗に聞いたらしく、面白そうに龍介を見て帰った。
笑いが止まらず、顔が筋肉痛だとか言っている美雨の横で、夏目は何も言わず、ただ笑顔のままバンと龍介の肩を叩いて帰って行った。
何か言われた方がまだ良かった気がする。
しかし、落ち込んでいる暇は無い。
龍介には生徒会長としての仕事がある。
龍介は一々笑われたり、面白そうに質問されながら、園芸部の聞き込みに行った。
例の池の件だ。
「確か、一週間前の雨の時に、あそこに水溜りが出来たんだよ。
でも、今まであそこに水溜りなんか出来た事ないからさ。
なんだろうとは言ってたんだけど、次の日、畑行った奴が、大きくなってるって言い出したんだ。
確かに、出来たばっかの時は直径30センチ位だったのに、翌日には50センチ位になってる。
妙だなとは思いながら見てたら、日ごと大きくなって行くわ、大きくなるスピードも速いわで、直径3メートル位になって来て、これはまずいと思って、目安箱に投書したんだ。」
「そっか…。」
話を聞いた龍介と鸞は、池を調べている亀一達の所に戻った。
「きいっちゃん、まさかとは思うけど、人間が掘ってるって事はねえよな?」
「無えな。このヘリんとこ見てみろ。
スコップの跡も何も無い。
蟻地獄みてえな感じで、中からどんどん下がり、広がってく感じだ。」
「深さは?」
「今、10メートル。徐々に深くはなって行ってる。
画像と合わせて計算した所、毎時10センチのスピードで広がり、深くなって行ってんな。」
「訳分かんねえな…。そういや水質は?」
「それも訳が分かんねえ。いわば毒。
ありとあらゆる科学物質や、プラスチックの素材なんかが混ざり合ってる。
しかし、この近隣に工場や、ゴミ処理場、不法投棄場などは一切無い。
又、元の工場が原因かと、他の土も調べたが、そんな物質は検出されねえ。
まさにここだけピンポイントに、公害認定が出そうな有害物質が出てる。」
「うーん…。そしたら、この畑の作物もやばいな。」
「と思って、葉っぱを頂戴して調べたら、お察しの通り、同じ物質が出た。」
龍介が指示を出す前に、鸞が携帯を出しながら言った。
「園芸部の人に食べないよう、連絡しておくわ。」
「ありがと、鸞ちゃん。ーそういや、瑠璃が熱源が下にあるって言ってたな。あれは?」
「その熱源なんだが…。動いてんだよ。」
「動いてる?どういう事?」
「分かんねえ。ゆっくりヌメヌメ動いてる。」
瑠璃が熱源の画像を出して、龍介に見せた。
確かに亀一の言う通り、蛇とか、そんな感じの地を這う動物の様に、ヌメヌメとゆっくり、池の底で動いている。
「気持ち悪いな…。生きてんのかな…。」
龍介が言うと、亀一が首を捻った。
「けど、水は猛毒だぜ?生物が生きられる環境じゃねえと思うが。」
「だよな…。
さっき、グランパに頼んで、自衛隊に来て貰って、この水を吸い出す手はずを整えた。
水吸いだして、熱源とご対面。
その上で、水溜り拡大の阻止を講じよう。」
時間が遅い掲載になってしまい、申し訳ありませんでしたm(_ _)m




